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第12話  レシュノルティア―コーヒープリンス



 駅でみんなと分かれた後、側の本屋に少し寄ってからアパートに戻り、二十時四十五分くらいにカフェ・ブルーベルに向かう。

 最初は夕飯の約束だったけど、遅い時間になったし、二十一時まで仕事をしている奏は当然夕方くらいに休憩が入っていてその時にすでに夕飯を食べているだろうと思う。だけど、食べないでいてくれてるかも……と思うと夕飯を食べていいのか迷って、結局食べなかった。

 お店の中に入ると、閉店間際なのにお客さんがまだ残っていた。奏を探して店内をぐるっと見回すけど見当たらなくて、どうしようと立ちつくしていると、側にいた短い髪をつんつんと立てた店員さんが近づいてくる。


「申し訳ありません、お客様。まもなく閉店でラストオーダーは終了してしまったんですよ」


 奏と同じくらい背の高い店員さんを見上げて、緊張で背中がピシピシする。お客として来たのなら、別に緊張なんてしないで注文できるのに、今はお客として来た訳じゃないから人見知りで緊張して上手く話せなかった。


「あの……えっと、かなっ……辰巳さんの……」


 男の人と話す時はだいたい七海が間に入ってくれるから、こんな風に男性と話すのはすごい久しぶりで、余計意識して目を見れなくなる。

 自分でも何が言いたいのか分からなくなって、かぁーっと顔を赤くして俯くと、店員さんが「ああ……」と言う。


「奏にお客が来るって言ってたの、君のことかな?」


 顔を指さして聞かれ、慌てて頷く。


「君、れいちゃん?」


 店員さんは顎に手を当てて言う。私がもう一度頷くと、彼は私の頭からつま先まで見て「ふ~ん」って言っていたずら少年のような顔でにやっと笑う。

 そんな風にじろじろ見られたら居心地が悪くて、視線を落とす。


「奏は今お得意さんの接待でちょっと出てるよ。奥で待たせるように言われてるから、こっち。おいで」


 お得意様の接待――? 喫茶店の従業員でそんなのがあるの?

 疑問に思いながらも、手招きされて私は慌てて店員さんの後を追った。



 案内されたのは、従業員用の控室で、壁側に縦長のロッカー、中央に簡素な作業テーブルが置かれている。

 テーブルの横に置かれたパイプ椅子の一つに座ってしばらくすると、廊下からがやがやと話声が聞こえて、開かれた扉にぱっと顔を上げると男性が二人入ってきて、一気に体がこわばる。

 入ってきた男性も、中に私がいるとは思わなかったみたいで目を見開き、片眉を上げてとんっと扉にもたれかかる。


「君、だれ?」


 二十代後半くらいの男性に聞かれて、私は慌てて立ち上がる。


「あの……っ」


 その時、さっき案内してくれた店員さんがロッカールームに入ってきて、緊張した空気を破るように手を振って私と男性の間に入って来る。


「あー卯月さん、この子は奏のお客さんだよ。ちょっかい出すととばっちりが俺に来るからやめて下さいよ」


 からかうような口調で卯月さんと呼んだ男性に言う。


「へー、奏の客ね……」


 そう言って卯月さんも私を品定めするように上から下まで眺めて、くすっと笑うの。

 わー、なんだかすごく居心地悪い……

 体を縮めて、すとんっと椅子に座る。すると、もう一人――卯月さんの後ろにいた高校生くらいの男の子がロッカーに向かいながら言う。


「奏さんのお客さん? 珍しいね、奏さんに女性のお客さんなんて。でもさ……」


 そう言って、天使のような可愛らしい笑顔でにこりと笑って。


「俺達、これから着替えるんだけど」


 言いながらロングエプロンの腰ひもをするすると解いて近くの椅子にかけ、こっちを振り返ってシャツのボタンに手をかける。


「そこにいて着替えを見るつもり?」


 その言葉にはっと立ち上がる――っ

 ここは従業員のロッカールームで、この三人が従業員で仕事が終わって着替えに来たことに気づいて、私は慌てて鞄を胸の前に抱きしめて部屋を飛び出した。

 閉まる扉の中から、くすくすという笑い声が聞こえる。からかわれたんだって気づいたけど、その時には顔から火が出そうなほど真っ赤になっていた。

 はぁーっと大きなため息をついて、客席の方で待っていようと歩き出した時、声をかけられてぱっと顔を上げる。


「れい? 客席にいないと思ったら、こんなところでどうしたんですか?」


 見上げると、そこには奏とオーナーがいた。


「えっと、ロッカールームで待ってるように言われたんですけど、従業員の方が着替えるみたいなので……」


 尻すぼみに声を小さくして言うと、奏とオーナーが顔を見合わせて眉間に皺を寄せる。


「あいつ……」


 顎に手を当てて奏が低い声で唸る。

 どうしたのだろうと見上げるとオーナーと視線があって、オーナーが苦笑いして肩をすくめる。


「奏は君が来たら従業員ロッカーじゃなくて客席で待たせるように言っていたんだよ」


 その言い方が、手違いじゃなくてわざと私をロッカーに行かせたと聞こえて、目を見張る。

 入り口で声をかけてきて従業員ロッカーに案内してくれた男性を思い出す。

 あの人――

 卯月さんって従業員の人から庇ってくれたから良い人だと思ってたけど、ロッカーに案内したこと自体がわざとだったの!?

 私にちょっかい出すととばっちりが自分に来るとか言ってたのに、私がロッカールームにいれば他の従業員に絡まれるって分かってて私を連れていったの……!?

 ひくりと頬を引きつらせて、後ろの従業員ロッカーをちらりと振り返る。

 扉越しに、三人の男性の声が聞こえてきてぎゅっと眉根を寄せる。

 七海いわく――ここの従業員はみんなイケメンだって言うけれど、なんだか性格が意地悪な人が多い気がして、ますます男性が苦手になりそうだった。




―人物紹介―

卯月うづき はじめ

カフェ・ブルーベルのイケメン従業員、二十七歳

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