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第11話  レシュノルティア―招待状



 私の男友達第一号の辰巳さん――じゃなくて奏とは、喫茶店で会うと話すだけの関係。

 男友達なんて大げさで、男とか女とか関係なくてようは友人なんだよね。人見知りする私は女友達も両手で数えられるくらいだし、その中で親しいのも数人で、奏は親しい友人の分類にはいる。

 喫茶店に行くと必ず話しかけてきてくれて――なぜか他の人と一緒の時は話しかけてこなくて、一人の時だけなんだけど――暇を見つけては話し相手になってくれる。


「喋ってて大丈夫?」


 そう聞くと必ず、振り返ってカウンターにいるマスターを見て肩をすくめる。


「大丈夫ですよ。でも……そんなに気になるのなら、早番の日にお茶して頂けますか?」


 薫るような笑顔でお茶に誘われて、私はくすりと笑う。


「コーヒー飲みに来ているのに、またお茶するの?」


 笑って言うと、奏は首を傾げてそうですね……と口の中で呟き。


「では、また夕飯を一緒に食べに行きましょう。今度は居酒屋なんてどうですか?」


 完全に大酒飲みと誤解されていることに苦笑して、眉尻を下げる。

 私には同い年だからと言って下の名前で呼び捨てにさせて敬語もやめさせたのに、奏は相変わらず敬語で話しかけてくる。だけどその話し方は、わざと敬語にしていると言うよりは元からそういう喋り方なのか、職業柄沁みついてしまった喋り方に思えて、嫌な気はしなかった。

 そのくせ――


「れい? 聞いていますか?」


 名前はしっかり下の名前で読んでくるから、照れくさくて困ってしまう。


「あっ……うん、聞いてるよ。えっと、奏はいつ早番なの? 私は夕方空いてるのはね……」


 言いながら、誤魔化すように鞄から手帳を取り出して八月のページを開いて絶句する。


「あー……」


 苦笑した私の頭の上から、奏がテーブルの上に広げた手帳を遠慮がちに覗きこんで来る。

 今日は八月二十三日で、残りの八月はびっしり予定が埋められている。まず明日から五日間は連続でバイト、二十九日はサークルの日でサークルが終わってから実家に帰ってこっちに帰って来るのは三十一日の予定。


「予定つまってますね」


 手帳から視線を上げた奏に言われ、頷く。

 夏場はとにかくバイト三昧で忙しい。週一回サークルもあるし、課題も少ない訳じゃないから、バイトから帰ってくれば夜は勉強しなければならない。逆に言えば、自分次第でいくらでも時間は作れると言うことで……


「今日はバイト休みだから大丈夫だけど、奏は今日は早番じゃないよね?」


 基本、奏は一日通しで仕事で、早番は週に一回あるかないかだった。


「ええ、今日は違うので終わるのは二十一時すぎると思います」


 渋い顔で言う奏に、今日を逃したらしばらく予定が合わないことを察する。


「いいよ、二十一時すぎでも。その頃、また来るよ」


 私は言いながら腕時計にちらっと視線を向け、空になったコーヒーカップをソーサーに置く。


「そんな遅い時間に悪いですよ……」

「大丈夫だよ」

「そうですか……?」


 へらっと笑った私を、奏は怪訝そうに眉根を寄せて、はぁーっとため息をつく。


「じゃあ、オーナーには伝えておきますから少し早めに来て店内で待ってて下さい。外で待たれるのは心配で落ち着きませんから」


 奏の心配症に、そんな心配しなくても子供じゃないんだから大丈夫なのにって思う。


「うん……」


 上目使いで奏を見ていると、奏の瞳がきらっと鋭く光る。


「あっ、うん、わかった。そうするから」


 慌てて同意する私を見て、奏は瞳から威圧感を消して尋ねる。


「ところで、れいは何のバイトをしているんですか――?」

「ごめんっ!」


 奏の声に被さって、私は叫ぶ。腕時計を見ながら慌てて反対側の椅子に置いていた鞄に手を伸ばして立ち上がる。


「もう、ちょっと行かないと……これから用事がるから、また後でね」


 私は慌てて会計を済ませてお店を飛び出した。



  ※



 今日は課題を一緒にやるために七海や学科の友達と学校で会う約束をしていて、学校に行く前にコーヒーだけ飲みにお店に寄ったのだった。

 みんなとの待ち合わせは十三時なんだけど、その前に七海と学食でランチを食べる約束をしている。

 待ち合わせの十二時まであと十分しかなくて、私は早足で学校に向かう。

 八月のお盆を過ぎてから少しずつ涼しくなると思ったら、残暑が厳しく日中も夜も、汗ばむ暑さだった。

 照りつける太陽から顔を隠すように額に腕を当てて校門をくぐり、まっすぐ伸びる並木を抜けて学食に入る。

 すでに七海は来てて、全面ガラス張りの窓側の席に座っている。私に気づいて手を振る。


「れい! ここ、ここ」

「ごめん、遅くなって」

「ちょうどでしょ。お昼買いに行こうか」


 七海は学食の壁掛け時計を見てにくすりと笑う。席から立ち、食堂入り口にあるショーケースと券売機の方へ向かう。

 夏休み中は本当は食堂も休みなんだけど、この時期は補講があって食堂も空いている。

 私は椅子の上に鞄を置いて財布だけ取りだすと、七海と一緒に券売機に向かう。


「課題終わりそう?」


 日替わりランチや定番のAランチ、Bランチが並んでいるショーケースに視線を向けながら七海に聞かれ、私は肩をすくめる。


「やってはいるけど、バイトが忙しくてなかなか……」

「例の夏場限定のバイト――まだ続けてるの?」

「うん」


 頷いて券売機にお金を入れてボタンを押す私の横で、七海は呆れ半分、感心半分でため息をつく。


「よく続くね、それにぜんぜん焼けてないのが私には不思議でしょうがないよ……」


 券売機から出てきたお釣りを取るためにしゃがんだ七海に視線を向けて肩をすくめる。七海も同じようにし、二人で受取カウンターへと向かう。


「それよりさ……」


 食券をカウンターに出した七海がちらりと私を見て遠慮がちに言う。


「先輩とどうなったの?」


 私だけに聞こえるような小さな声で七海が言う。

 学食には私たち以外にもちらほらと人がいる。話が聞かれる程側にいる人はいないけど、七海は気を使って、秀先輩――じゃなくて先輩と言った。

 私も七海も、食堂のおばちゃんが出してくれた日替わりランチのトレーを受け取って、席の方に視線を向けて歩きながら小声で話す。


「う……ん……」


 躊躇いがちに言葉を切った私に、七海はちらっと視線を向けてから、静かに席に座る。



 七海には合宿の次の日にメールで秀先輩とどうなったのか聞かれたけど、会った時に話すと返信をしていた。

 合宿中に告白するという私の決意を知っているし応援してくれて、バスを降りた私と秀先輩が一緒に歩いて行くところを見ていた七海は、とても気になっているみたいだった。

 失恋した――なんて言いにくいけど、ちゃんと言わなきゃいけないよね。


「実はね……」


 ランチに視線を落したまま、あの日秀先輩と話したことをすべて伝え、ゆっくりと視線を上げて向かいに座る七海を見る。


「……ということで、失恋しちゃいました」


 眉尻を下げて笑うと、七海が眉根を寄せて私をじぃーっと見据える。


「そっか、上手くいくと思ってたんだけどな。でも……その割には元気ね、れい」


 心配そうに私を見る七海に、苦笑する。

 コロッケを食べて箸を置き、手を組んで窓の外に広がる青空を見る。


「うーん、直後はね、すごくショックだったし悲しかったけど、いろいろあって気持ちの整理がついたの」

「ふーん……すっきりした顔してるものね」


 七海が澄んだ瞳で私を見つめ、くすりと笑う。


「告白も、無駄じゃなかったみたいね」


 その言葉に、えっと七海に視線を向ける。


「れいさ、合宿の前に言ってたでしょ。気持ちを伝えるだけでも私には大進歩だって、この恋で成長出来たらいいって」


 頬杖をついて喋る七海が、口元を綻ばせる。称賛するように目を細めるから、なんだか心がくすぐったくなる。

 だけど――


「そうだね……」


 私は微笑み、七海を見る。

 初めての恋――秋になったら秀先輩は引退してしまい、そうしたら接点はなくなり会うこともなくなってしまう。それが嫌で告白を決意して。

 結果は振られちゃったけど、気持ちを伝えることが出来ただけでも私にはすごいことなんだ。

 望んでいた答えは貰えなかったけれど、秀先輩がただの後輩よりももっと親しく私のことを思ってくれていたことが分かっただけでも――無駄なんかじゃなかった。

 一瞬で私の心のしこりを解きほどく言葉を言ってしまう七海のことを、正面からまっすぐに見る。なんて良い友達をもったんだろう。

 私はおもわずにこにこしてしまい、怪訝に私を見る七海の視線に気づいて、ランチを食べて誤魔化した。

 私がランチを食べ始めたのを見て、七海も箸を持って味噌汁を飲み。


「で、どうするの?」


 お椀を置いた七海に聞かれ、私はきょとんと首をかしげる。


「どうするって……?」

「秀先輩のことだよっ!」


 びしっとお箸で指されて、たじろぐ。


「先輩のこと……?」


 いまいち何を言われているのか理解していない私に気づいて、七海が大きなため息をついて話しだす。


「振られて、気持ちの整理がついたって言ってたけど、諦めるの? ってか諦められるの? もっと積極的に行ったら、これから好きになってもらえるかもよ?」


 あらためて聞かれて、私は少し考えてから自分の気持ちを正直に話す。


「秀先輩のことは……まだ好きだよ。振られても気持ちは変わらない……」

「なら――っ」


 ぱっと顔を輝かせて七海が急かすように言うから、私は首を横に振る。


「でも、両思いになって付き合いたいとか、そういうのはないの。先輩は私のこと妹みたいな存在って言ってくれて、引退しても時々会えるなら、それでいいの」

「それって辛くない……?」


 七海に聞かれ、私は考えて肩をすくめる。


「分かんない、辛いかもね。でも、秀先輩を好きな気持ちはそんな簡単に消えないと思うから、今はこの状況で満足だよ」

「れいの言うことも分かるけどさぁー、見込みがない恋は諦めたら? そう言う時は新しい出会いとかがあれば吹っ切れるんじゃない?」


 七海がそう言うのは私のことを心配してくれてだって分かるけど、私は恋とかそんなに興味がないっていうか、いまはこの気持ちを抱えるだけで手一杯だからなぁ。

 私は苦笑して。


「そうかなぁ……」


 って、曖昧に相づちを打った。



 昼食後、図書館に行き桃花ちゃんなどの学科の友達四人と合流して課題をやる。お喋りしたり参考本を探したりして、あっという間に閉館の十七時になってしまった。

 みんなで駅に向かって歩きながら、七海が私の予定を聞いてくる。


「れい、来週の水曜日って予定空いてる?」

「来週って三十一日? ……なら空いてるかな?」

「予定でもあるの?」


 曖昧に答えた私に、七海が片眉を上げて聞く。


「ううん、二十九日から三十一日まで実家に帰る予定なんだ」

「三十一日には戻って来るんでしょ? ならちょうどいいわ。夜、予定明けといてよ」

「ん? うん、いいよ」


 ちょうどいい――って言葉になにか引っ掛かるけど、私は頷いて三十一日は早めにこっちに帰ってくることを決めた。




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