風
「ねえ、啓輔。私たちって似たもの同士のカップルよね。」
日曜日の夜、久しぶりに2人の予定が合ったので、啓輔と美鈴はオシャレなレストランでのデートを楽しんでいた。
「まあ、人前で仕事をするっていう点では似てるよな。」
カプチーノをすすりながら啓輔は答える。
「ただ、僕はフィギュアスケート選手で美鈴はオペラ歌手だろ。そう思うとあんまり似てはないんじゃないか?」
美鈴はショコラを頬張りながら、反論する。
「そんなことないわ。お客さんは私の声にも、あなたがくるくる回るのにも感動するじゃない。」
くるくる回るって、もっとましな表現は無いのか。内心で苦笑しつつ啓輔は言う。
「まあ、お客さんに感動を与えるという点では似ているのかもな。僕も美鈴のコンサートに行って、君の
声に感動して好きになったわけだし。」
突然の暴露に顔を赤らめる美鈴。
「あら、そうだったの。実は私もあなたの演技を見てあなたのことを好きになったの。」
「そうだったのか。なんかうれしいな。気が合うんだよな、美鈴とは。好きな作家は瀬尾まいこだろ。好きな映画も同じだったし。やっぱり似たもの同士だな。僕たちは。」
お互いに照れ合う2人。あたたかくゆったりとした空気が2人の間を包む。
「でもね、似たもの同士っていうのそういうことで言ったんじゃないの。」
「じゃあ、どういうことなんだい?」
「私たちは2人とも風が必要なのよ。」
面白い表現を使うな。それにちょっと気になる。啓輔は尋ねた。
「どういう意味なんだい?」
得意げに答える美鈴。
「私が風鈴であなたが風車っていうことよ。」
一瞬、ハッとする啓輔。
「面白いな。確かに、美鈴は風鈴のようにきれいな音色で聞く人の心を癒すし、僕は風車みたいにくるくる回って見る人を楽しませる。」
私の言ってることをすぐに理解してくれる。そんな頭のいいところも好き。とは、恥ずかしいので口には出さない。
「そうよ。私たちの似ているところってね、風がないと何もできないところなのよ。」
「そうだね。風がないと風鈴はならないし、風車は回らないな。じゃあさ、僕たちにとっての風ってなんなんだい?」
啓輔の問いに美鈴は答える。
「お客さんよ。いくら、私たちが良いパフォーマンスをしたって評価や歓声をくれる人がいないとやる気がでないでしょ。」
「それじゃあさ、僕と結婚してくれないか。」
唐突なプロポーズに戸惑う美鈴。
「ちょっと待ってよ。それじゃあさ、の意味がわからないわよ。」
真剣な目で語る啓輔。
「僕は一生君の観客でいる。君は一生僕の観客でいてくれ。そうすれば、よぼよぼの老人になっても、1人の観客がいることになるだろ。たとえ、1人でも、わずかでも風が吹いていれば、かすかに風鈴は鳴るし、ゆっくりでも風車は回る。」
「啓輔・・・。」
見つめ合う2人。不意に啓輔がポケットから小箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
「何?これ?」
「開けてみて。僕は本気だよ。まじめに君と結婚したいと思っている。」
美鈴が小箱を開けるとそこには指輪が入っていた。思わず涙をこぼす美鈴。
「ありがとう。ほんとにありがとう。」
泣きながら、指輪を指にはめる美鈴。
星のきれいな夜、おしゃれなレストランで2人は結ばれた。風車と風鈴。似た者同士の2人はいつまでも風を送り合い続けることができるのだろうか。
以前書いた話と若干リンクしてます。この話を気にいられたら、探してみてください。