勇者様、レベルを上げてから来てください! 魔王様、私を溺愛しないでください!
「勇者様、レベルが足りません」
わたしは門を閉めた。
目の前の青年は王都から支給された粗悪な剣を腰に帯びている。鎧は鉄板をてきとうに打ちつけただけ。豪華絢爛な城の割に、国の命運をかけた勇者には質素倹約がモットー。まだ布団の方が『今日は私が守ります』と言う顔をしている。
こちらに歩いてくる姿を見ていたが、周囲への警戒心がなさすぎる。ちょっとそこの八百屋まで、みたいなノリで来ないでほしい。
おそらく、この勇者、王の城を出て一直線で来たにちがいない。脳筋か、効率重視か、RTAでもやってるのか。
「おい、門番そこを通せ! 俺は王に言われてきたんだぞ!」
未経験大歓迎の酒場のバイトじゃないんだ。王は軽々しく勇者を雇わないでほしい。
「まずは南の洞窟に巣食う毒蜘蛛を倒してきてください」
「なんでそんなこと門番風情に言われなきゃならないんだ! 俺は勇者だぞ!」
「勇者でも、です。倒れた勇者様を教会に運ぶの私なんですよ」
面倒な訪問者を追い払って一息つく間もなく別の勇者が現れた。勇者は揃いも揃って暇人なのだろうか。その時間をなぜレベル上げにあてないのだろう。面倒なのか。わかる、各地を回るのは時間もかかるし、お金もかかる。特にお金。
せっかくなら、元がとれるくらい育ってから来てほしい。
とりあえず、次の勇者も追い返そう。
本日二人目の暇人、もとい、勇者は竜の牙から作られた剣に、聖者の祈りがかけられた鎧を身につけている。
先ほどの訪問者と比べると段違いだ。
でも、まだ早い。
「門番のお嬢さん! あなたを解放するためにもここを通していただく!」
「はぁ?」
「魔王の居城に行って帰らなかったものは少なくない。彼らの嘆きに耳を傾けたあなたは、ここで経験の足りない冒険者を追い返しているのだろう。その心は美しい!」
拳を握り語る勇者。
彼の脳内には涙なしでは語れない感動巨編が幕を開けたのだろう。
「私が魔王を倒してあなたを連れ帰ろう。王から賜る金銀財宝であなたを幸せにしてみせる!」
私は観客ではない。入場を止める側だ。
勇者を持て余していると、彼は飛び上がり門を越えて行った。
ウィングブーツ履いてるの見逃していた。
急いで追いかければ、屋敷手前の前庭で倒れ伏す勇者。彼は開幕早々舞台から退場させられたようだ。完全にモブだ。
そのそばで佇む男は、困惑した顔で勇者を見下ろしている。うっかり勇者劇場の観客をさせられたのだろう。
同情しながらも、私が気になるのは彼らの間に無造作に転がる剣。何度も斬りかかっては、弾き返されたにちがいない。
「……魔王様、手を抜いたでしょ。来訪者は一撃で倒してください」
「手加減むずかしいんだよ。キミが殺すなって言うから。キミはケガしてない?」
「してません、はい、どいてどいて。もらえるもんもらいますよ」
「ヨカッタ」
「なにがです?」
「キミがぶじで」
「……それより、上級魔法薬、全部使われてるんですけど。旅の羽石も壊れてる! これじゃ、売れないじゃないですか」
勇者の近くには教会印の瓶が数本落ちている。魔王様が出会い頭に勇者へ衝撃波をぶっぱなってくれていれば、魔法薬は手付かずで残っていたと思う。
どうせ律儀に口上を聞いていたのだろう。そんな律儀さは朝食代にすらならない。
何か他に売れるものはないだろうか。
「君、良家の子女のわりに手癖悪いヨネ」
「倒れた勇者を村の教会まで送るのもただじゃないんですよ!? レベル低いと駄賃をいただいても赤字です。だから強くなってから来いって言ってるのに」
なんでわざわざ門前で追い返してると思っているんだ。こっちはレベルを上げやすいように各所にモンスターを派遣しているのに。
「ニンゲンって周りの話聞かないもんネ。帰れって言っても帰らなかったキミみたい」
一緒にしないでほしい。
じろりと見れば魔王様は大人しく口を閉ざした。
「せめて、地方の特産品とか持ってると王都で高く売れるのに」
慣れた手つきで勇者の装備品をはいでいく。
「あっ、お金は意外と持ってますね。装備を揃えないタイプか。装備品は売ると半値になるのでお金の方が嬉しいですね」
すぐ近くから視線を感じた。
「何にこにこしてるんですか魔王様」
「キミがうれしそうでボクもうれしいヨ」
「誰のせいでこんな苦労してると思ってるんですか! ……魔王様、どうして、こんなところに居を構えたんですか、もっと閉ざされた北の大地とかに城建ててくださいよ」
だから、八百屋感覚で来られるのだ。せめて日帰りできないところ希望だ。
「そんなこと言ったって、後からニンゲンがやってきたんだヨ」
口を尖らせている魔王様。
「なんで追い払わなかったんですか?」
「溶岩の研究が楽しくなって。終わったらうじゃうじゃ増えてた。すごいネ、ニンゲン」
虫のように言われた。
「……ちなみにどれくらい研究したんですか」
「うーん、100年もないヨ?」
「それだけあれば増えます! めちゃくちゃ増えますから! 1人いたら30人に増えると思ってください」
「えっ、ニンゲンは1人で繁殖できたっけ?」
「言葉のあやです!」
だめだ、人間への理解が城の裏手にいるスライムレベルだ。むしろ、見る回数を考えるとスライムの方が詳しいかもしれない。
それからしばらくして、三人目の勇者が現れた。今日は夏場の蚊のように勇者が入り込んでくる。
三人目の勇者は、魂に救済を与える教会の神父そのものだった。
話を聞かないのは残念ながら一人目二人目と同じだ。勇者に必要な適性なのだろう。
「かわいそうに、あなたともあろう方が魔王に心まで奪われてしまったのか。その思い、わたしが今断ち切ろう」
「いや、だから、自分の意思でっ――!」
白刃が迫る。
速い。
今までの勇者とは違う。避けられない。
あっ。
ミスリルソード、高い。
その瞬間、白い閃光が視界を覆い、激しい音が鳴り響いた。
「ごめんネ、これボクのなんだ。傷つけないで」
地に伏す勇者。
「…………魔王様」
「うん、なに?」
とろける笑顔を向けてくる。
「…………ミスリルソード、折れてるんですが」
「ゴメンネ。キミの血の匂いしたから焦っちゃって」
だからと言って、世界が誇る最高攻撃力の剣を破壊しないでほしい。せっかくの東の塔修繕費。
「いまからとってくる?」
「いらないです、魔王様あれ眩しくて苦手でしょ」
「キミがほしいならガマンするヨ」
手がもげても『5年すれば生えてくるヨ』という魔王様。多分この人には口内炎感覚なのだ。
さすがに罪悪感に駆られる。
魔王様は私を抱き抱えたまま器用に勇者の懐をあさる。人のことを言えないじゃないか。
「女神の秘薬! ナイスです魔王様! 売ったら西門の修繕費になります」
「ダメ、キミが使うの。ニンゲンはすぐ死んじゃうカラ」
「これくらい大丈夫です、ほっといたら治ります」
「ダメ、ボクが心配なの。キミにはいつまでも元気にいてほしいカラ、ネ?」
覗き込んでくる魔王に小さくうなずいた。
「……分かりました。それにしても女神の秘薬持ってるなんて。頑張って育てた甲斐があります! 次は何を持ってきてくれるでしょうか」
「……もう勇者なんて来なくていいヨ」
魔王様は、私が金銀財宝欲しさに豪華絢爛な城に戻るのだと、いつまで経っても思っている。
ここにいるために金策に走ってるというのに。
頬ずりしてくる魔王様の肌はひやりとしている。心地よいその肌に身を委ねた。




