第六話 過去の真実
公開検証まで、あと五日。
リーシェは力の制御を磨きながら、ルシエルから少しずつ過去の話を聞いていた。
* * *
「ルシエル。ずっと聞きたかったことがあるの」
夜、暖炉の前でいつものように二人で過ごしている時、リーシェが切り出した。
「マルクスは、あなたと私の契約のことを知っていたの?」
ルシエルの表情が硬くなった。
「……ああ。知っていた」
「えっ」
「あの日——私が君と契約を結んだ日、マルクスはまだ若い神官だった。神殿の裏庭で私が君に力を授けるのを、物陰から見ていた」
リーシェは息を呑んだ。
「じゃあ、マルクスは最初から私が本物だって知っていて——」
「ああ。だからこそ、君を聖女に据えた。神に直接選ばれた聖女という権威を利用するためにね。だが——」
ルシエルが暖炉の炎を見つめた。
「君は思い通りにならなかった。マルクスは聖女を通じて貴族や王族に影響力を持ちたかったが、君は政治に利用されることを嫌がった。治癒の力は惜しみなく使うが、権力の道具にはならない。それがマルクスにとって邪魔になった」
「だから……私を偽物にして、言うことを聞く聖女と入れ替えた」
「セレスティアの家——ヴァレンシュタイン公爵家は、マルクスの古くからの協力者だ。娘を聖女に仕立て上げ、教会と公爵家で権力を分け合う算段だった」
リーシェの手が震えていた。
怒りではない。悲しみだ。
十年間、自分なりに精一杯やってきたつもりだった。朝から晩まで祈り、人々を癒し、神殿のために尽くした。それが「邪魔」だったなんて。
「リーシェ」
「……大丈夫。わかってた、薄々。私の価値は力だけだって。でも、せめてその力だけは認めてもらえてると思ってた」
「違う」
ルシエルの声が、はっきりと響いた。
「君の価値は力じゃない。私が君を選んだのは、力が強いからじゃない」
リーシェが顔を上げた。
「世界で一番優しい魂を持っていたからだ。それだけが理由だ。力は後からいくらでも与えられる。でも、魂の形は変えられない」
* * *
ルシエルは語った。
千年の間、地上を見守り続けた日々のことを。
人間たちが戦い、奪い、裏切り、それでも時々見せる善意のきらめき。ルシエルはそれを遠くから眺めていた。関わろうとは思わなかった。期待しても裏切られるだけだと知っていたから。
「でも、あの日——君が猫のために泣いているのを見た時、心が動いた」
ルシエルは苦笑した。
「神が心を動かされるなんて、おかしな話だろう。でも、そうだったんだ。それ以来、君のことをずっと見ていた。成長するにつれて、ますます優しくなっていく君を」
「見ていたなら……どうしてもっと早く助けてくれなかったの?」
リーシェは責めているのではなかった。純粋な疑問だった。
「……神が直接人間の世界に介入すると、世界の均衡が崩れる。だから私はずっと見守ることしかできなかった。でも処刑——君の命が奪われることだけは、絶対に許せなかった」
ルシエルの声に、かすかな震えがあった。
「均衡が崩れてもいいと思った。世界がどうなろうと、君を失うことの方が怖かった。——それは神としては、たぶん失格だ」
リーシェは言葉を失った。
千年を生きた神が、一人の少女のために世界の均衡を捨てた。
その意味が、リーシェにはまだ完全には
わからなかった。
でも、胸の奥が、どうしようもなく温かくなった。
「ルシエル」
「何?」
「ありがとう。助けに来てくれて。それから——
ずっと見守ってくれて」
リーシェがルシエルの手を握った。
ルシエルが少し驚いた顔をして——それから、幸せそうに笑った。
千年ぶりの、本物の笑顔だった。




