第五話 揺れる王都
リーシェが力を取り戻した頃、王都は混乱の渦中にあった。
創世神の降臨という前代未聞の事件は、国中を揺るがしていた。
「偽聖女」として処刑されかけたリーシェが実は本物だった——その事実は、教会の権威を根底から覆すものだった。
しかし、大司教マルクスは倒れていなかった。
* * *
王宮の謁見の間。
「陛下、先日の出来事は何者かによる幻術でございます」
マルクスは国王アルベルト三世の前で、平然とそう言い放った。
「あの光景は邪術によるまやかし。リーシェが召喚した悪魔が神を騙った可能性が高いと、我々は結論づけました」
国王は渋い顔をしていた。
「しかし大司教よ、あの神威は本物だったという報告が——」
「恐れながら、騎士団の報告には感情が混じっております。冷静な検証が必要です。そのためにも、セレスティア様の聖女としての地位は維持されるべきかと」
マルクスの弁舌は見事だった。長年権力の座にいた男は、一度の失態で崩れるほど甘くはない。
だが——
「大司教の言葉を信じるわけにはいかないな」
謁見の間に、若い声が響いた。
第二王子レオン・アステリア。
赤銅色の髪に、鋭い琥珀の瞳。まだ十八歳ながら、王族の中で最も聡明と評される青年だった。
「私は独自に調査を行いました。セレスティア嬢が聖女に認定されて以降、神殿の治癒を受けた患者の回復率は六割低下しています。死亡例も出ている」
「それは——」
「さらに、セレスティア嬢の実家であるヴァレンシュタイン公爵家と、大司教の間で多額の金銭のやり取りがあったことも確認しています」
謁見の間に、どよめきが走った。
マルクスの顔色が変わった。
「第二王子殿下、根拠のない中傷は——」
「根拠ならここにある」
レオンが数枚の書類を差し出した。
「教会の会計記録の写しだ。改竄される前の原本を、心ある神官が保管していた」
* * *
その日の夜。
レオンは単身、王都の郊外を歩いていた。
リーシェの行方を追って情報を集めた結果、王都から半日の距離にある小さな集落の近くに、最近人が住み始めた一軒家があるという話を掴んだのだ。
森の中の小道を進むと、木々の間から温かい光が見えた。
小さな家。庭には季節外れの花が咲き誇っている。
——間違いない。
レオンが扉をノックしようとした瞬間、背後から声がかかった。
「何者だ」
振り返ると、銀髪の青年が月明かりの中に立っていた。
神威はなりを潜めているが、その瞳の奥に宿る力は隠しようがなかった。
「——創世神ルシエル」
レオンは膝をつこうとして、止めた。
「いや、まずはリーシェに会わせてほしい。王族としてではなく、一人の人間として話がある」
ルシエルがレオンをしばらく無言で見つめた。
「……リーシェ、起きてるかい」
家の中から、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「ルシエル、どうしたの? こんな時間に——あ」
扉を開けたリーシェが、レオンを見て固まった。
「レオン殿下……?」
「久しぶりだな、リーシェ」
レオンは穏やかに微笑んだ。
「無事で良かった。ずっと探していた」
* * *
暖炉の前で、三人は向かい合った。
レオンが手短に状況を説明した。マルクスが幻術説を広めていること。セレスティアの「奇跡」が失敗し始めていること。そして、教会の不正の証拠を集めていること。
「リーシェ、君の力が本物であることを公の場で証明してほしい」
「公の場で?」
「王宮での公開検証だ。セレスティア嬢と同じ条件で聖女の試験を行い、どちらが本物かを白黒つける。父上——国王の許可は取り付けた」
リーシェは不安そうな顔をした。
「でも、大司教が認めるかどうか……」
「認めざるを得ない状況を作る。民衆の前で、誰もが納得する形で決着をつける。それが一番確実だ」
リーシェがルシエルを見た。
ルシエルは腕を組んだまま、レオンを冷ややかに見ていた。
「私が力を見せればそれで終わる話だ。わざわざリーシェを危険な場所に連れ戻す必要はない」
「あなたの力で黙らせることはできるでしょう。でもそれでは、リーシェ自身が認められたことにはならない」
ルシエルの眉がわずかに動いた。
「……なかなか生意気な人間だな」
「お褒めいただき光栄です、創世神殿」
二人の間に、ぴりぴりとした空気が流れた。
「——私、やるよ」
リーシェが静かに言った。
「レオン殿下の言う通り、自分の力で証明したい。ルシエルに守ってもらうだけじゃなくて」
ルシエルがリーシェを見た。しばらく黙った後、小さくため息をついた。
「……わかった。ただし、何かあれば私が介入する。それだけは譲れない」
「うん。ありがとう」
リーシェが微笑むと、ルシエルは視線を逸らした。
レオンはその二人のやり取りを見て、静かに目を伏せた。




