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最終話「その感謝は、彼女にとって劇薬でした。」

朝の教室。


席に着く。鞄を机の横にかける。


窓から差す光が眩しい。


クラスメイトが挨拶を交わしている。先生が出欠を取っている。


いつもの朝。


——ゲージが見えない。


頭の上にバーがない。誰にも。田中にも、山口にも、窓際の女子グループにも。


田中が欠伸を噛み殺している。


山口が机に突っ伏して、寝癖がひどい。


窓際の女子グループが昨日のドラマの話で笑っている。


一人だけ眠そうに目をこすっている。


——前は、こんなの見えなかった。


緑。緑。ちょっと黄色寄り。緑。——頭の上の色しか見てなかった。


今は、顔が見える。表情が見える。全員、ただの「人」だ。


数値のない頭上は——ただの空間だ。

何もない。あったはずの場所に、何もない。


少しだけ、不安がよぎった。

咲希姉さんのときみたいなこと、気づけなくなるかもしれない。


でも——不思議と、大丈夫だ。


見えなくても、見てればいい。あいつがそうしてくれたみたいに。


「おー、望。今日はなんかスッキリした顔してんな」


悟が背もたれに手をかけて、俺の顔を覗き込んだ。


「……そうか?」


「うん。久しぶりにまともな顔」


「まともって何だよ」


「いや、ここんとこずっと死にかけの顔してたから。今日はちゃんと生きてる」


「……ハードル低いな」


「低くていいんだよ。生きてりゃ最高、ありがたや〜」


悟のゲージは——見えない。


でも、こいつが元気なのは分かる。声で。笑い方で。この軽さで。


◇ ◇ ◇


屋上。昼休み。


いつもの場所。いつもの壁際。


琴葉がいる。俺が隣に座った。肩が触れている。

もう離れない距離。


紙袋を差し出した。


「カレーパン、一個しか買えなかった。あとメロンパン」


「……争奪戦、負けたの?」


「一個は確保した。褒めろ」


「——よくやった。褒めてつかわす」


相変わらずのお姫さま。

ちょっとだけ照れる……そんな甘いやりとりなんて事にはならず、笑いそうになった。


琴葉の視線が、一瞬だけ紙袋に落ちた。

すぐ戻したけど、口がわずかに動いた。言いかけて、やめた顔。


——カレーパンの方がいいけど、俺が買ってきたから悪い、って思ってる。


カレーパンを二つに割った。半分を琴葉に差し出す。


琴葉が一瞬、目を丸くした。それから黙って受け取った。


メロンパンも二つに割って、半分ずつ。


カレーパンは温かい。カリカリしてて、中のカレーがスパイシーで。

いつもと同じ味のはずなのに、今日はやけにうまい。


メロンパンはメロンの味が全然しないけど、甘くて、悪くない。


琴葉は穏やかな顔をしている。風が髪を揺らしている。

目を細めて、カレーパンのくずを指先で払っている。


琴葉のゲージは——見えない。


その横顔に、数値が乗っていない。ただの横顔。


——綺麗だな。


前からそう思ってた。


でも今日は、それしか浮かばない。


「……何見てんの」


「カレーパン」


「もうない」


「……じゃあ、顔」


「は?」


「……見惚れてた」


……なんで言ったんだ、今の。耳が熱い。


琴葉が固まった。


それから、顔が赤くなっていく。耳から頬まで。


目を逸らした。


「……何それ」


「…………」


「……馬鹿」


でも、手が。そっと、俺の手に重なった。


指が冷たい。少しだけ震えている。


握り返した。


---


屋上の扉が、わずかに開いた。


茶髪。悟だった。


目が合った。一秒。


悟は一瞬だけ目を見開いた。


それから、手を合わせて、にっこり笑って、片目を閉じた。


——ありがたや。


そっと扉が閉まった。足音が遠ざかっていく。


琴葉は気づいていない。隣で目を閉じたまま、風に髪を揺らしている。


そうだな。有り難い。


オカンかお前は。でも、ありがとう。


◇ ◇ ◇


放課後。


二人で帰る帰り道。


夕暮れ。影が長い。並んで歩くと影も並ぶ。


琴葉は少し前を歩いて、少し待って、また少し前を歩く。


「……ねえ」


「ん」


「なんか変な感じ」


「何が」


「一緒に帰るの。まだ慣れない」


「……そうだな」


「屋上では普通なのに。帰り道だと変な感じする」


「……慣れるだろ」


「慣れるかな」


「慣れるよ」


「…………」


琴葉が少し笑った。素の笑顔。


胸の奥が、じわっと温かくなった。


——あいつが今何を感じてるか、分からない。


でも、それが少し楽しい。


「……ねえ」


「ん」


「明日も、たまたま会える?」


「……たまたまじゃなくて、会いに行く」


琴葉が立ち止まった。


振り返った。


顔が赤い。目が潤んでいる。


でも——笑っている。


一番好きな顔。


琴葉が前を向いて歩き出した。


でもすぐに、手が伸びてきて、俺の手を掴んだ。


今度は自分から。


握り返した。温かかった。


◇ ◇ ◇


「ありがとうは減らないから言い得」——そう言うじゃないか。


あれは嘘だ。減る。確かに、減る。


琴葉にとってそれは劇薬だった。


感謝を受け取るたびに、ゲージが削れていくのを、俺はずっと見てきた。


でも——今は、ゲージが見えない。


琴葉が今何パーセントなのか、もう分からない。


でも、笑ってる。手が温かい。隣にいる。


減ったかどうかなんて、もう関係ない。


……有り難い。


全部——有り難い。


ありがとう。


あとがき


人の心の余裕がゲージで見えてしまう男子高校生・望

人前では100%ゲージを崩さない女子生徒・琴葉


2人の物語を最後まで追っていただき、本当に「有り難う」ございます。


目の前の「人」を見るってなんだろう?人のどこを見て、どう理解しどう感じるのか。

そんなことを考えていた時に、目の前の人のステータスが一部でも見えたらどうなるのか。


それがこの物語を書き始めたきっかけでした。


目の前の人を見つめること、その答えはまだわかりませんし

答えが出るものでもないのでしょう。だからこそ、見つめ続ける。

続いていくものなんだと思います。


望と琴葉。2人の物語は一旦本編としては以上ですが、2人の関係はこれからも続いていきます。きっとお互い見つめ合い、時には自分自身とも向き合いながら素敵な関係を築いていくことと思います。


実はスピンオフ掌編も構想していたりしますので、お楽しみに。


★やレビュー、応援コメントが励みになります。

もしちょっとでも良かったな、と思ったら是非、お願いします。


それではまた、次の作品で。

ありがとうございました。

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Xより参りました。 この作品を読んで、まず強く感じたのは、これは単なる青春ラブストーリーでも、特殊能力ものでもなく、「人が人に救われるとはどういうことか」を、とても繊細に、そして誠実に描いた物語だと…
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