表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/20

第15話「好きだと認めたら」

中間テストまであと一週間。


休み時間の教室は、いつもよりざわついていた。


テスト範囲がどうとか、ノート貸してとか、そういう声があちこちで飛び交っている。


俺は自分の席でぼんやりしていた。


頭が重い。最近ずっとこうだ。

教室にいるだけで周囲のゲージが目に入ってくる。前の席。隣の席。廊下を歩く奴。


色と数字がちらちらして、こめかみの奥がじんわり痺れる。


——目を閉じた。少しだけ。

まぶたの裏に、さっき見たゲージの色が残っている。


緑の残像。消えない。

目を開けた。消えるまで待てなかった。


「天野くん」


顔を上げた。


片桐さんだ。隣のクラスの子が一緒にいる。


二人でにこにこしながら俺の机の前に立っている。


「ちょっと聞きたいんだけど」


「ん、何?」


「蓮見くんからヤマカケ上手いって聞いたんだけど、中間の数学どこ出ると思う?」


——悟。何を広めてんだ。


前に「この辺出そうじゃない?」って言ったら当たって、それを悟が「望すげー」って言いふらしただけだ。


悟に悪気はない。たぶん。


「二次関数の応用は絶対出るよ。あと、先生が授業中にやたら繰り返してた余弦定理の証明」


「え、証明出るの?」


「出そうだなって思うだけ。ヤマカケっていうか、先生の癖を見てるだけだから」


「すごい。——ありがとう! 助かる〜」


片桐さんのゲージ。テスト前で少し削れてるが健全な範囲。


「ありがとう」で微減。——いつものこと。


片桐さんたちが笑いながら去っていく。


——視線を戻す。


琴葉。


自分の席で、窓の方を向いている。いつものクールモード。


シャーペンを握って何か書いている——フリ。


ノートのページが進んでいない。


パキン。


シャーペンの芯が折れた。


琴葉が無言でノックして、芯を出す。


書く。


パキン。


また折れた。


琴葉が一瞬だけ——こちらを見た。


いや、こちらというか、さっきまで片桐さんたちがいた方を。


視線が合う前に逸らされた。


ゲージ。93%。いつもの教室より壁が薄い。


中間テスト前で教室がざわついてるし、遮断が弱まってるのかもしれない。


ストレスが高い日なのかな。

それ以上のことは、考えなかった。


◇ ◇ ◇


放課後。教室に残っているのは俺と悟だけだ。


悟が椅子を引きずって俺の机の前に陣取った。


背もたれに腕を乗せて、足を組んでいる。なぜか偉そうだ。


「なあ望」


「ん」


「お前さ」


「何」


「佐藤さんのこと、好きだろ」


——。


空気が止まった。


いや、止まったのは俺の中だけだ。


「……うるせえ」


悟が目を細めた。にやつきではない。真剣だ。


「『うるせえ』って。否定しないんだな」


「…………」


「認めろよ」


「……知ってたよ、そんなこと」


言ってしまった。


「とっくに」


自分の口から出た言葉に、驚いた——ふりをした。


驚いてない。知ってた。ずっと。


名前をつけられなかっただけだ。つけたくなかった。


好きだと認めたら——この目が余計にゲージを追うって、分かってたから。


「で、告白すんの?」


「……できない」


「なんで」


「……いろいろ、ある」


「いろいろ」


「いろいろだよ」


悟はしばらく俺を見ていた。


それから、表情が変わった。


「お前、目の下のクマすごいぞ」


「……寝不足なだけ」


「笑い方がなんか弱い。前はもっと適当に笑ってたのに」


「……そうか?」


「そうだよ。——無理すんなよ。マジで」


悟のゲージを見た。78%。いつもより低い。


——先にゲージを読んだ自分に、うんざりした。


「大丈夫だって」


「もうそれ二回目」


「……じゃあ三回目。大丈夫」


「説得力ゼロ」


悟はそれ以上何も言わなかった。


椅子を引きずって俺の横に並べて、座った。


スマホをいじりながら、ただ隣にいた。


何も言わない。何も聞かない。ただ、隣にいる。


——咲希姉さんが言ってたやつだ。


「一緒にいるだけ、黙って隣にいるだけ」


悟は咲希姉さんの言葉なんか知らない。


知らないのに、同じことをしている。


帰り際、悟が立ち上がりながら一言だけ。


「じゃあな」


それだけだった。


◇ ◇ ◇


翌日。昼休み。


屋上。


琴葉がいつも通り壁際にいる。俺が隣に座る。弁当を広げる。


いつもの距離。いつもの場所。


何も変わっていないはずなのに、全てが違う。


琴葉が卵焼きをつまんで、口に運んだ。頬が動く。


「……なに見てんの」


「たまたま」


「たまたま凝視してた? 怖いんだけど」


「…………」


琴葉がふっと笑った。


——反則だ。昨日までと同じ笑い方のはずなのに。


焼きつけたい。この笑顔を。数値抜きで。ただの笑顔として。


なのにゲージの色が視界にちらつく。


——振り払う。今だけは。


風が吹いた。琴葉の髪が揺れる。


「見すぎなんだけど」


「……悪い」


「謝るくらいなら最初から見んなよ」


声に棘がない。むしろ楽しそうだ。


琴葉が俺の弁当箱を覗いた。


「……あんた、また残してんじゃん」


「……腹いっぱい」


「嘘。最近ずっとそう」


素の目でこっちを見ている。


「目の下、やばいよ」


「……寝不足」


「……ふーん」


信じてない目。でも追及はしてこない。


——そういうところだ。


ぼんやりした。頭の芯が重い。


風が心地いい。隣が心地いい。


——少しだけ目を閉じた。


体が傾いた。


「——っと」


自分で戻そうとした。


その前に、頭を掴まれた。


「ちょっと横になりな」


ぐい。


「——は?」


「寝不足なんでしょ。寝ろ」


「いや——」


「うるさい。動くな」


膝の上。


近い。琴葉の顎が見える。首筋。風で揺れる髪。


頭が真っ白になった。


ゲージ? 知らない。数値? 知らない。


脳のリソースが全部持っていかれている。


「…………」


「…………」


風の音だけ。


「……寝ろって言ってんだけど」


上から声が降ってくる。少し、震えている。


「……無理だろ」


「知らない。目、閉じろ」


——閉じようとした。


その前に、顔の上に何か乗せられた。


「……弁当箱?」


「目隠し」


俺の弁当箱だ。


残りが入ったまま蓋を閉じて、そのまま顔に乗せてきた。


……こういうところだ。こういうところが——


ゲージが消えた。

いつもの残像もない。


まぶたの裏にこびりついていた緑が、嘘みたいに静かだ。


代わりに——卵焼きの匂いがした。


中に残ってる、さっきの。少しだけ、腹が鳴りそうになった。


膝の温度。布越しの体温。風。


琴葉の呼吸——少し、速い。


ゲージが見えない。見なくていい。


頭の芯の痺れが、少しだけ溶けていく。


——少し、眠ったかもしれない。


目を開けた。


弁当箱が退けられていた。


琴葉の顔が、すぐ上にあった。見下ろしている。


——耳が赤い。


反射的にゲージを見た。


跳ねていた。


トクン、トクン。小さく上がって、小さく下がって。


80前後を、脈みたいに揺れている。


ストレスの揺れじゃない。


こんな動き方、見たことがない。


視線で気づかれた。


「……起きたなら、どけ」


琴葉が俺の頭をそっと持ち上げて起こすと、ぱっと離れた。


横を向いている。耳も首も赤い。


「……サンキュな」


「……別に。寝不足のやつが隣でぶっ倒れたら迷惑」


「……そっか」


「そう。迷惑。——それだけ」


全然それだけじゃない顔をしている。


弁当箱を手に取った。


さっき残した分。卵焼きと、ご飯が少し。


ぱぱっと口に放り込んだ。入る。普通に入る。


琴葉がちらっとこっちを見た。


すぐ逸らしたけど、口元が少しだけ緩んでいた。


チャイムが鳴った。


琴葉が立ち上がった。先に階段に向かう。振り返らない。


——と思ったら、扉の前で一瞬だけ。


こっちを見た。何か言いたそうな顔。


でも何も言わずに行ってしまった。


——さっきの、ゲージの揺れ方。

意味を考えようとして——気づく。


膝の温かさの方が、ゲージの残像より強い。


初めてだ。そんなの。


——階段を降りるとき、一瞬だけ視界が白くなった。


手すりを掴んだ。すぐ戻った。


……大丈夫。たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ