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元勇者の迷宮探索者《ダンジョンシーカー》   作者: クロウィン
第一章:迷宮《ダンジョン》で発見された少年
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第一章:迷宮《ダンジョン》で発見された少年(3)

毎週土曜・日曜更新予定

祝日は追加更新あり

教師陣も無言のまま戦闘態勢を整え、その後に続く。


やがて巨大な扉が開かれた。


そこにあったのは――全身を無惨に斬り裂かれ、消滅寸前の迷宮の主、骨の王(ロード・スケルトン)


「な……これは……!」


そして、その主から根源魔素を奪い取るかのように佇む、もう一体の魔獣だった。


長いローブを纏った影のような体躯。


周囲を漂う巨大な収穫鎌サイズ


顔を覆う、不気味な骸骨の仮面。


疑う余地はない。


魂を刈る者(グリム・リーパー)……!? 馬鹿な、幽霊系統の最上位種が、なぜこの等級の迷宮に……!」


言葉が終わるより早く、魂を刈る者の巨大な鎌が、空間を裂いた。


「ぬるい!」


ハウゼンの放った一撃が, 死神の鎌を強引に弾き飛ばす。


――ガギィィィンッ!


鼓膜を震わせる金属音が, 聖堂内に響き渡った。


魂を刈る者の一撃は、ハウゼンの大剣によって軌道を逸らされ、それ以上進むことはなかった。


奇襲こそ受けたものの、クロフォードを含む教師陣はいずれも優秀な迷宮探索者(ダンジョンシーカー)である。


即座に反撃へと移った。


「申し訳ありません、学園長! まずは動きを封じます! 天上に在します女神ネミセアよ、不浄なる魂を縛る光を――ホーリーバインド!」


「援護します!」


「重騎士に幽霊系最上位種とは、相性最悪だな……!」


前衛に立つ重騎士ゲオルトが盾となって進路を塞ぎ、後衛のエルフの弓手、レイラが根源魔素(マナ)を込めた矢で援護する。さらに神聖司祭であるクロフォードが聖属性魔法で拘束を試みた。


抵抗する間もなく、ハウゼンの根源魔素を纏った大剣が、魂を刈る者の身体を両断――するはずだった。


「……これは……」


カン、とまるで金属同士が衝突するような甲高い音が響き、刃は途中で弾かれた。


鎌ではない。少なくとも視界には存在しない。


代わりに浮かんでいるのは、黒い球体状の何か。


明らかに尋常の物質ではない。


ハウゼンの一撃は、かつて第七等級と評された探索者のものだ。現役を退いた今なお第六等級相当と目されるその斬撃を受けてなお、表面上は傷一つない。


常識的な防御ではあり得なかった。


ハウゼンは即座に思考を切り替えた。


背後から迫る気配に反応し、瞬時に跳躍する。


空間を裂く収穫鎌が、先ほどまで彼が立っていた場所を薙いだ。


無意識の癖で顎髭を撫でながら、眉をひそめる。


「どうやら、ワシの知る魂を刈る者とは少々別物らしいな。」


その瞬間、魂を刈る者はクロフォードの拘束を振りほどき、距離を取った。


「……ほう?」


まるで状況を観察しているかのような動き。


魔獣らしからぬ挙動だった。


魔獣に意志はない。


存在するのは、人類に向けられた破壊衝動と殺意のみ。


それ以外の行動原理は観測されたことがない。少なくとも、今の今までは。


「ええ、本当に……一から十まで常識外れですね。」


クロフォードが吐き捨てるように呟く。


この個体は、遭遇した瞬間から異例の連続だった。


まず、本来の迷宮の主、骨の王を斬り伏せ、その根源魔素を吸収していたこと。


魔獣同士が殺し合う例は、記録にない。


ましてや、倒した相手の根源魔素を奪うなど前代未聞だ。


魔獣は食事を必要としない。


その肉体は根源魔素で構成され、大気中の魔素を取り込み存在を維持しているとされる。


そして迷宮とは、この世界でもっとも根源魔素濃度の高い場所。


にもかかわらず、魔獣が魔獣を襲い、更にはその魔素を奪うなど、有り得ない話だ。


目の前の存在は、まさしくイレギュラーの塊だった。


「さて、どうする……」


ハウゼンは片手で大剣を構えたまま、もう一方の手で顎髭を撫でる。


推定等級は第四等級。


本来であれば、第四等級探索者の一団なら問題なく討伐可能な相手だ。


たとえイレギュラーな挙動や未知の能力を有していようと、その戦闘等級そのものが大きく跳ね上がるわけではない――少なくとも現時点の観測では、そう判断できた。


だが躊躇がある。


討てるかどうかではない。


討った“後”が読めないのだ。


下手に刺激すれば、この異常がさらなる異常を呼ぶ可能性もある。


しかし放置は論外。


イレギュラーであるという一点だけでも危険であり、何より生徒たちの安全を脅かす存在だ。


しばしの睨み合い。


その均衡を破ったのは、魂を刈る者のほうだった。


唐突に背を向け、後方の壁へと高速で移動する。


「壁に突っ込む気……いや、壁ではない!」


そこにあったのは、本来最下層には存在しないはずのもの。


()()()()()()()だった。


迷宮の階層構造は、生成時から決して変化しない。


それが大陸共通の常識であり、疑われたことすらない前提だった。


だが今、その前提がいとも容易く覆されようとしている。


「……追うとしよう。」


「本当、どうなってやがるんだよ……!」


クロフォードと教師陣は苦々しい表情を浮かべながら、先頭を進むハウゼンの後に続いた。


逃走する魂を刈る者の背を追いながら、クロフォードはあり得たかもしれない未来を想像し、冷や汗を滲ませていた。


『もし学園長が同行していなかったなら……この異常にも気づかず、生徒たちをそのまま投入していたかもしれない……』


結果として最悪は回避されたとはいえ、それは単なる幸運に過ぎない。


ほんの僅かな歯車のずれで、惨劇は現実になっていた可能性がある。


優秀とはいえ、まだ若い生徒たちだ。 経験も実力も、あの魂を刈る者に対抗するには決定的に足りない。


高等部の生徒であっても、運が良ければ逃げ延びられるかどうか。


中等部ならば――全滅は免れなかっただろう。


グロリスに赴任して五年。これほど胃を締めつけられるような緊張は初めてだった。


それでも、生徒に何か起きるよりは自分の胃に穴が開くほうがまだましだ――クロフォードは本気でそう思っている。


そんな内省をしている間に、階段を下りきったハウゼンたちは小さな扉の前で足を止めた。


迷宮の主が待つ最下層へ通じる扉は、通常、他の扉よりも巨大であることが多い。


だが今、目の前にあるそれは、人ひとりが通れる程度の大きさしかなかった。


新たに生じた最下層という異常事態に照らせば、あまりにも“普通”すぎる扉だった。


「奴はここに入ったようですね……」


万全の警戒を維持したまま、ハウゼンはゆっくりと扉へ近づく。


「入るぞ。」


慎重に扉を押し開ける。


現れたのは、さほど広くない小部屋。


部屋の中央に、黒い球体が浮かんでいた。


それは、先ほどハウゼンの一撃を受け止めた“あの黒球”と酷似している。


だが――明らかに大きい。


先ほどは人の拳二つ分ほどの大きさだったはずだ。それが今では、この小部屋の大半を占めるほどに膨れ上がっている。


そしてその前に、魂を刈る者が跪いていた。


両膝をつき、頭を垂れ、両手を地に差し伸べる。


魔獣というよりは――まるで王へ忠誠を捧げる臣下のような姿だった。


「……何をしている。」


誰の問いでもない。 だが答えは、次の瞬間に示された。


魂を刈る者が、自らの得物で胸を切り裂く。


迷いはない。


裂けた胸へと腕を差し込み、何かを引きずり出す。


その内側から、淡い光が部屋を照らした。


それは――核だった。


濃密な根源魔素が凝縮された、結晶のような塊。


魔獣を構成する最重要部位。 人類があらゆる技術や生活基盤においてエネルギー源として利用しているもの。


魔素核(マナコア)


それを失った魔獣は、自らの姿を維持できず、やがて塵となって世界へ還る。


魂を刈る者は、その核を自らの手で掴み取ると、恭しく掲げた。


その姿には痛みも恐怖もない。


表情など本来あるはずもない。だがその所作には、確かな歓喜が宿っているように見えた。


それは――奉納。


「……捧げているのか。」


異常だ。あまりにも異常すぎる。


『ワシらは……一体何を見ている?』


誰一人動けない。ただ、啞然とその光景を見つめることしかできなかった。


黒球が、わずかにうごめく。 まるで脈動するかのように。


掲げられた核は、ゆっくりと闇へ吸い込まれていく。


触れた瞬間、核は音もなく溶け、闇の内部へ消えた。


同時に、魂を刈る者の肉体が崩れ始める。


その身が完全に塵と化すその瞬間まで、魂を刈る者は恍惚としているかのように見えた。


部屋に残ったのは、脈打つ黒球のみ。


ゴゴゴゴ……!


次の瞬間、迷宮全体が震動した。


空間を満たしていた根源魔素が、狂ったように流動を始める。


「……迷宮再構築の前兆?」


クロフォードの声が硬くなる。


いや――違う。


この部屋に満ちていた根源魔素は、吸い込まれるようにあの黒球へ流れ込んでいる。


迷宮の振動はさらに激しさを増した。


クロフォードには、それがまるで迷宮そのものが悲鳴を上げているかのように感じられた。


黒球がさらに脈打つ。 まるで心臓のように。


やがて部屋内の魔素が極限まで薄くなり、迷宮の振動が収まったと思った瞬間――それは起きた。


闇が圧縮され、形を変える。


黄金に輝く装飾を持つ箱へ。


それは――


主の贈り物(ゴールデン・ギフト)……?」


人ひとりが収まる大きさの、黄金装飾の箱。


だが箱と呼ぶには形状が異質だった。


縦横の比率からして、むしろ。


「……棺?」


エルフの弓手レイラの何気ない一言で、クロフォードは違和感の正体を悟った。


黒球は痕跡を残さず消失し、棺だけがそこに残る。


ハウゼンはゆっくりと近づいた。


「が、学園長!」


思考が追いついていなかったクロフォードが慌てて引き留めようとするが、ハウゼンは片手を上げて制した。


「ワシが開ける。即応できるよう構えよ。」


教師陣は渋々と戦闘態勢を整える。


そして、ゆっくりと蓋が開かれた。


中に横たわっていたのは――一人の少年だった。


『誰だ、この少年は。』


此度の迷宮の異変。その果てに現れた少年の姿に、ハウゼンは最大限の警戒をもって観察する。


年齢は十五前後。


黒髪は艶を失っているが、手入れを怠っていたというよりは長く眠っていた者のそれに近い。


額にかかる前髪はやや長めで、整えれば端正に映るだろう顔立ちを半ば隠している。


鼻筋は通り、輪郭は無駄のない線を描く。


派手さはないが、整っていると言って差し支えない外見だ。


肌には血色があり、規則正しく上下する胸が、生きていることを示している。


年齢のわりに鍛えられた肉体。筋肉のつき方に無駄がない。日常的に身体を酷使してきた者の張りがある。


だが――武器を握ってきた者の手、という印象とも違う。


剣士ならば剣士の、槍使いならば槍使いの痕跡があるはずだ。掌の特定部位に生じる硬い繭、柄を強く握ることで刻まれる偏った摩耗、指関節の微細な変形。


そうした“積み重ねの癖”が見当たらない。


かといって、武器に触れたことがない柔らかな手でもない。


皮膚は薄く硬化し、力を込めれば即座に応じる強度がある。


鍛錬の気配はあるのに、その経路が読めない。


その不自然さが、ハウゼンの胸に小さな棘のような違和感を残した。


『何より――』


この少年から感じられる根源魔素が、どこか異質だった。


濃度が異常に高いわけではない。荒れ狂っているわけでもない。暴走の兆候もない。 むしろ波は穏やかで、静かに澄んでいる。


だが、その“澄み方”が不自然だった。


通常、人の根源魔素には必ず揺らぎがある。


感情や思考、呼吸のわずかな乱れに応じて微細な波が生じるものだ。


しかしこの少年のそれは、まるで意図的に均された水面のように滑らかで、外界と接しているはずなのにどこか閉じている。


何が違うのか明確には言えない。だが“普通ではない”という感覚だけは、確かにある。


強さや量の問題ではない。質だ。


根源魔素そのものの在り方が、わずかに――しかし決定的に、人のそれと噛み合っていない。


と、その思考が続くよりも早く――


ゴゴゴゴ……!


再び、そして先ほどよりも激しい地響き。


今度こそ本物だ。


迷宮内の根源魔素が狂ったようにざわめく。


――正真正銘の迷宮再構築の前兆。


再構築を終えたばかりの迷宮が、再び動き出そうとしている。


「クッソ! 本当になんなんだよ!」


「愚痴を言っている暇はありません! 急ぎましょう!」


「学園長、その少年は私が!」


教師たちは慌ただしく部屋を後にする。


その後を追いながら、ハウゼンは重騎士ゲオルトに背負われた少年を見つめた。


前例なき迷宮の異変。そして、正体不明の少年。


『これが、さらなる厄介事の前触れでなければよいがな。』


※面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。

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