第三章:元勇者の学園初日(3)
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「模擬戦?!」
イチが目を輝かせる。まだ会って一日も過ぎてないけど、こいつの性格は大体把握できた気がする。
「連続一対一の模擬戦だ。武器を落とす、降参する、あるいは転倒した時点で敗北。」
淡々とした説明。
教官は続いた。
「勝者はそのまま残り、次の挑戦者と戦う。敗者は即交代だ。」
「連続かよ……」
「地味にきつくない?」
どこか気乗りしない声も混じる。まあ、それもそうだろう。
このルールだと早い段階で模擬戦をしたものは自然と疲労が溜まっていく。
つまりは、早くやるほど不利になるわけだ。
ただ一人、イチだけは目を輝かせていた。
「おもしれぇじゃねぇか!」
木の大剣を握りしめ、今にも飛び出しそうな勢いだ。
そこで、ゲオルト教官が静かに続けた。
「なお。」
視線が再び集まる。
「男女別で模擬戦を行い、本日の男子・女子それぞれの勝ち残り者には、特別許可を与える。」
ざわり、と空気が揺れる。
「勝ち残った者は、迷宮の自由探索を行うことを認める。一人でもいいが、望めば本人を含めて六人まで同行を許可しよう。ただし、一年生ということもある。念のため教師の中で誰かが同行することになると思うが、行動の主導権はその者にある。」
一瞬、意味を測りかねる沈黙。
「……マジで?」
ハウゼンさんに聞いた話では、中等部一年に自由探索の許可が下りることは、まずないらしい。
知識と基礎訓練を積み、実地経験を重ねた上で、ようやく認められるものだという。
――だからこそ、この報酬は破格だった。
当然、迷宮を調べるという俺の目的も1年生の間は果たされそうにそうにない……と半分諦めて知識の習得に集中しようと思っていたのだが。
まさか、こんな風にチャンスが巡ってくるとは。
だが、やる気になっているのは俺だけではないらしい。
「よし、やる気出た!」
イチが拳を突き上げる。
完全に火がついた。
先ほどまでの気怠さは消え失せ、ほかのクラスメイト達の目が熱を帯びる。
探索者を目指す彼らにとっても、この話はかなりの食い気味らしい。
ゲオルト教官はそんな俺たちの反応に満足したような顔で頷いた。
「準備しろ。男子の部から始める。」
後は、どの順番で出るかが問題だが……
「最初はアベルマス・ウィドバーグ、お前からだ。」
何となく予想していた嫌な予感が当たったことで、小さくため息をついて前に出る。
そして俺の最初の相手は。
「はいはい!俺からやらせてください!」
「いいだろう。前に出ろ、イチ・ベルガ」
これもまた予想通りイチであった。
イチは自信満々な表情を浮かべて木の大剣を握りしめた。
「アベル、悪いが手加減しないぜ!」
「はしゃぎすぎて転ぶなよ。」
俺も木剣を握り構えた。
ゲオルト教官は準備ができた俺とイチの姿を確認して模擬戦の開始を宣言する。
「それでは、はじめ!」
ゲオルト教官の号令と同時に――
「うおおおおっ!」
イチが気合とともに地を蹴った。
思ったよりは速い。
大剣型の木剣を構えたまま、一直線に間合いを詰めてくる。単なる力任せではない。脚運びが安定している。踏み込みの瞬間、わずかに魔素の流れを感じた。
身体強化……か。
この年齢で、これだけ自然に魔素を巡らせているのか。
驚きはしたが、焦りはない。
振り下ろされる大剣。
砂を裂く音とともに、重い一撃が頭上から叩きつけられる。
俺は半歩、横にずれた。
鈍い衝撃が地面に伝わり、砂が跳ねる。
「ちっ、避けるなよ!」
続けざまに横薙ぎ。
これも深く踏み込んでいる。力は十分。速度も悪くない。
だが――直線的だ。
最小限の動きで間合いの外へ。
「おい! 逃げてばっかじゃねぇか!」
三撃、四撃。
重い一撃が続くが、いずれも空を切る。
イチの呼吸がわずかに荒くなる。
それでも勢いは衰えない。
「男なら正面から来いよ! それでも剣士か!」
……子供か。
思わず、苦笑が漏れた。
「分かった。」
次の振り下ろし。
今度は退かない。
真正面から、木剣を構えた。
ガンッ――!
鈍い衝突音。
衝撃は思ったより重い。
腕だけで受ければ痺れていただろう。
だが、腰を落とし、踏み込みの力を地に逃がす。
全身で受け、そして――流す。
刃筋をわずかにずらし、大剣の軌道を逸らす。
「なっ――」
力を殺され、勢いのまま大剣が地面に深くめり込んだ。
砂に突き刺さった刃。
抜こうとするイチ。
だが、既に体重は前へ乗りすぎている。
俺は一歩踏み込み、刃の背を足で軽く踏みつけた。
「っ、ちょ――!」
踏み込みの延長で、イチの前足を払う。
強くはない。
ほんの少し、重心をずらすだけ。
体勢を崩したイチの身体が前へ流れる。
どさり、と砂の上に転がった。
大剣はその手を離れ、砂に半ば埋もれる。
静寂。
次の瞬間、周囲がざわめいた。
「……くそっ、負けた!」
砂の上に転がったまま、イチが天を仰いだ。
一瞬だけ、本気で悔しそうな顔をする。
だが――
「ははっ! やっぱアベル、すげぇな!」
次の瞬間には、もう笑っていた。
立ち上がり、砂を払うと、ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる。
「完敗だ! ほら、握手だ!」
差し出された手。
……切り替えが早い。
清々しい、と素直に思った。
「いい勝負だった。」
そう言って、その手を握る。
力強い握力。
悔しさもあるだろうに、それを引きずらない。
悪くない。
むしろ、こういう相手は嫌いではない。
イチが戻ったのを確認してから、ゲオルト教官が声を張り上げた。
「次だ。前に出たい者はいるか?」
一瞬の間。
そして、一人の男子生徒が立ち上がり、俺の前へと歩み出る。
俺は姿勢を正し、木剣を握り直した。
「はじめ!」
号令が響いたのは、こちらの列だけではない。
隣の区画では、女子生徒たちもそれぞれ木剣や短杖を構え、すでに模擬戦を始めていた。甲高い掛け声と、木剣が打ち合う乾いた音が重なり合い、演習場全体が一気に熱を帯びる。
・ ・ ・
模擬戦はそのまま続いていく。
二人目、槍使い。
三人目、双剣使い。
一撃の重さはある。動きも決して悪くない。
だが、まだ粗が目立つ。
間合いを読み、力の流れを受け流し、隙に最小限の反撃を入れる。
武器を弾き、足を払う。
体勢を崩す。
それだけで十分だった。
体力に問題はない。
呼吸も大きくは乱れていない。
報酬がかかっている以上、手を抜いているわけではない。
だが、本気でもない。
真剣勝負ではないという事情もある。
それ以上に――やはり、どこか大人げない気がするのだ。
いくら姿が若返っていようと、中身は変わらない。
自分より年下の少年たちに、全力で打ち込むのは少し気が引けた。
四人目、五人目。
模擬戦を重ねるうち、不意に脳裏をよぎる。
あの時代。
戦場で、剣を握ることを強いられた少年兵たち。
『勇者様、僕たちを鍛えてください!』
目を輝かせて食らいついてきた姿。
拙い剣筋。
それでも必死に強くなろうとした少年たち。
……懐かしいな。
気づけば、六人目が地面に座り込んでいた。
さすがにこちらも呼吸がわずかに深くなる。
周囲のざわめきは、先ほどより明らかに強い。
「六連勝……?」
「まじかよ……」
木剣を軽く振って砂を払う。
「ふう……」
六人目が退くと、進んで名乗り出る生徒はいなくなったようだった。
その時。
「……ふん。」
静かな鼻息とともに、一人の少年が歩み出る。
陽光を受けて輝く金髪。
翡翠色の瞳が鋭く光る。
整った顔立ちと、どこか芝居がかった立ち居振る舞い。
その立ち姿には、自信と、わずかな傲慢さが漂っている。
細身の木剣を肩に担ぎ、顎を上げてこちらを見下ろした。
「確かに腕は立つようだな、アベルマス・ウィドバーグ。」
声音は堂々としているが、どこか誇張めいている。
「認めてやろう。貴様は強い。次はこの我――ラミアール・フォン・クルーマンが相手をしてしんぜよう。」
……やはり、貴族か。
だが、不思議と不快ではない。
態度が大きいというより、その振る舞いが妙に板についているのだ。
「キャー!ラミアールくん!」
「素敵ー!頑張って!」
「こっち向いて!後、結婚してー!」
一部の女子生徒から黄色い声援が飛ぶ。
その姿に男子生徒達からは舌打ちの音が聞こえた。
どうやら、このラミアールって奴は女子ウケがいいらしい。
まあ、外見を見ると納得だが……
「え、ええい!騒ぐでない!気が散る!」
先ほどまでの威厳はどこへやら。
顔を真っ赤にして慌てる様子に、女子生徒たちから再び黄色い声が飛び、周囲から小さな笑いが漏れる。
……なるほど。
女性への耐性はあまりないみたいだ。だが、その姿こそが彼が人気者である所以だと感じた。
少しつつけば、面白い反応が返ってきそうだ。
「……コホン。お見苦しいところを見せたな。失礼した。」
咳払いで無理やり体裁を整えるラミアール。
「いや、別に構わないけど。……結婚するのか?」
「君まで何を言うのだ!?ええい!教官、開始の合図を!」
ころころと表情が変わる。やはり反応が面白い。
「はあ……賑やかだな。まあいい。それでは――はじめ!」
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