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元勇者の迷宮探索者《ダンジョンシーカー》   作者: クロウィン
第三章:元勇者の学園初日
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第三章:元勇者の学園初日(2)

毎週土曜・日曜更新予定

祝日は追加更新あり

午前中は座学中心だった。


二限目は魔素理論基礎、三限目は迷宮構造論入門、四限目が歴史。


授業というものに慣れていないせいもあるのだろうが、それ以上に気になることが多すぎた。


天井で光を放つ魔素灯。


魔素投影装置に映し出される立体迷宮模型。


夏が近いというのに教室の空気を一定に保つ空気調整器エアーコンディショナー


千年前には存在しなかった技術が、今では当然のように教室に溶け込んでいる。


魔素を動力へ変換する理論。魔素核の共鳴効率。


――魔素革命。


文字としては読んだ。だが、こうして体系立てて説明されると、興味はあるのに理解が追いつかない。


黒板に描かれる魔素循環式。


理屈は面白い。魔素を式で扱い、効率で語るという発想は、俺の時代にはなかった。


だが数式が黒板に増えるたび、ようやく掴みかけた理解がするりと抜け落ちていく。


正直、全く頭の中に入らない。


気づけば、無意識に視線を横へ流していた。


隣ではニナが真剣な顔で板書を書き写している。……と思ったら、ふと何か思いついたらしく、説明そっちのけでノートの端に小さな落書きを始めた。


ころころと変わる表情に、思わず頬が緩みそうになる。


前の席のイチは背筋をぴんと伸ばして微動だにしない。意外にも真面目に聞いている――いや、あれは寝ているのではないか? 姿勢だけは立派だが、ペンは一度も動いていない。


何て器用な寝方をするんだ、と妙なところで感心してしまう。


さらに視線を巡らせる。


真剣に聞き入る者、眉間に皺を寄せる者、小声で囁き合う者。 窓際で光を浴びながら笑ったり、悩んだり、退屈そうに欠伸を噛み殺したり。


……平和だな。その姿が眩しく感じる。


ふと、そんな思いがが浮かんだ。


千年前、人類はいつ襲ってくるかも分からぬ魔族や魔獣に怯えていた。


あちこちで戦が続き、毎日のように多くの人が女神のもとへ還っていた。


そこに、子供も大人もなかった。


生きるためには、誰もが必死になるしかない時代だった。


――俺も、同じだ。


元々、俺が魔王に挑んでいた頃の年は、二十八歳。


十年以上戦場を渡り歩いてきたはずの自分が、今は机に座り基礎理論に頭を悩ませている。


奇妙だ。


けれど、その若さの熱量に目を細めている自分もいる。


――気づけば四限目が終わり、頭の奥がじわりと重くなっていた。


剣を振るうより、未知の理論を理解しようとするほうがよほど疲れる。


これを毎日かと思うと、少しだけ遠い目になりそうだ。


「アベルくん、お昼食べに行こ!」


鐘の音と同時にニナが立ち上がる。


「学園の食堂、まだ行ったことないでしょ?」


「おう、俺も案内してやる!」


イチも勢いよく立ち上がった。


さっきまで寝ていたはずなのに、どこからそんな元気が湧くのか。


勢いに押されるまま立ち上がる。


廊下には食堂へ向かう生徒の流れができていた。その波に混ざり、俺も歩く。


学園の食堂は広く、天井が高い。長いテーブルが整然と並び、魔素灯が柔らかな光を落としている。


「朝と夜は寮だけど、お昼はここなんだよ!」


ニナが得意げに言う。


配膳口では魔素加熱器が鍋を温めていた。炎ではなく、淡い光で均一に熱を通している。


「今日はアルム牛の煮込みと、夏麦パンだって!」


湯気を立てるアルム牛の煮込み。こんがりと焼き色のついた夏麦パン。季節野菜のスープ。


見た目からして違う。


「ずいぶん……ちゃんとしてるな。」


思わず漏れた本音に、イチが胸を張る。


「探索者のための学園だからな!アルム牛は体力つくって評判なんだぜ?」


皿を受け取り席に着く。


「……美味しい。」


口に入れた瞬間、自然と声が漏れた。


アルム牛の肉は柔らかく、噛めば旨味が広がる。 夏麦パンは温かく、指で押せば弾力が返ってくる。 スープは素朴な味付けだが、それがよく合っている。


――温かい料理を、温かいまま食べられる。


誰かと同じ卓を囲み、その場で湯気の立つ料理を口にする。


それが、こんなにも落ち着くとは思わなかった。


旅の食事は保存肉と固いパンがほとんどだった。 腹を満たせれば十分。味など二の次。


今目の前にあるのは、味を楽しむための食事だ。


千年という時間は、迷宮だけでなく生活そのものを変えている。


周囲では笑い声が弾む。 皿の触れ合う音、冗談に上がる歓声。


少し圧倒されるが、完全に場違いでもない。


ニナが当然のように隣に座り、イチが向かいに陣取る。


「午後は体力鍛錬かな?私、苦手なんだよね。」


「体力は資本だぜ?まあ、ただ走るだけなら退屈だけどな!」


「アベルくんは?体動かすの得意そうだよね。」


「ふふふ。アベル!俺の目は誤魔化せねぇぜ!きっと凄腕に違いない!」


当人の俺を置き去りにして話が進んでいく。


まあいい。 今はこの料理を味わうほうが大事だ。


「へぇ、イチくんそういうの分かるんだ?」


「当然だ! 俺とアベルはもう親友だからな!」


「えっ、それなら私も親友になる!」


「だめだ! アベルの親友は俺だけだ!」


「ずるい! ねぇアベルくん、私も親友でいいよね?」


何を競っているんだ、この二人は。


「……会って半日も経ってないだろ。」


「「時間は関係ない!」」


見事に声がハモった。


やれやれ、本当騒がしい子達だ。


けれど――その騒がしさが、どこか懐かしい。


小さく息を吐きながら、俺は再びパンを口に運んだ。


悪くない。


そう思いながら、美味しい食事を堪能する時間を過ごした。


うん。やっぱり美味しいな。





・ ・ ・





昼休みが終わると、午後は実技科目に移った。


着替えに向かうニナを見送ったあと、俺たちも訓練着に着替え、指定された場所に移動した。


この時代の服はどこか馴染まない感じがあったが、この訓練着は動きやすさを最優先に作られているらしい。


軽く、締めつけも少ない。かなり気に入った


イチの後を追って到着したのは、校舎裏一帯を占める大規模な訓練区画だった。中心には円形に整地された白砂の演習広場がある。


その外周には、周回できる帯状の道が幾重にも巡らされていた。


走り込み用のものだろう。


既に何人かの生徒がその上を走っていた。


訓練場そのものは、俺の時代にもあった。


だが、ここまで整然と区画分けされ、複数の組が同時に使っても交わらないよう設計されたものは見たことがない。


観覧席のような段差も広く取られ、武器棚や的も十分すぎる数が揃っている。


中等部の生徒が一斉に実技を行っても、まだ余裕がありそうだ。


広場には俺たちのクラス以外の生徒も大勢いるが、窮屈さなど微塵も感じない。


すごいな。


それが率直な感想だった。


「あ、アベルくん!イチくんも!」


一足先に到着して友達と談笑に花を咲かせていたニナが俺たちを見るなり大きく手を振った。


何というか、ニナに尻尾があれば、今ごろ大きく左右に揺れていただろう。


ニナと合流してちょうど授業開始の鐘がなる。


……そういえば、今まで気にしてなかったけど、学園のどこにも鐘らしきものは見えないのに、どうやってなっているんだ、これ。


後でニナ辺りに聞いてみるとするか。


「では、基礎体力鍛錬から始める。」


号令をかけたのは、鍛え上げられた体躯の中年の教官。


銀髪混じりの短髪に鋭い眼光。


迷宮再構築の初期探索に参加していたという、重騎士ゲオルト教官だ。


教官用の訓練着は今にも彼の筋肉ではち切れるのではないかと思うくらい窮屈そうな感じにはまっていた。


人の筋肉とはああも肥大に、そして強靭なまでに固くなれるものだったのか。


鎧などなくてもその体は既に鎧そのものといっても過言ではないだろ。


「周回走。外周を十周。自分の限界を見誤らないように。では、始めろ。」


合図と同時に、生徒たちが一斉に走り出す。


砂を踏む音。靴が地面を打つ規則的な衝撃。


最初は余裕のあるペース。


だが、ただ走るだけでは物足りない。


自然と、足運びが変わる。


これは単なる持久走ではなく、歩法の鍛錬だ。


歩幅を一定に保ちつつ、着地の角度を微調整する。踵からではなく、足裏全体で地を捉える。重心は低く、ぶれないように。


踏み込み、引き足、体重移動。砂の感触を確かめながら、一歩ごとに軌道を整える。


――あの時代、師匠から教わった歩法。


剣とは腕で振るうものではない、と師匠はよく口にしていた。


剣を習い始めた頃は理解できなかったが、今なら分かる。


腕の力だけで剣を振るうのは、剣術とは呼べない。それならハンマーのような鈍器を振るった方が効果的だ。


間合いを測るのは脚。均衡を保つのは腰。動きの中心を定めるのは体幹。


脚と腰を正しく使えば、腕の力に頼らずとも、より少ない力で、より鋭い一閃を放てる。力任せに振るう剣は重いだけだ。だが、全身の連動が噛み合えば、刃は自然と走る。


今になって思い返して見ても、あの頃の師匠の指導は本当に容赦のないものだった。


形が崩れれば容赦なく叩かれ、体力が尽きたら正体不明の物を食わされ、また修練の続きをやらされる日々。


挙句の果てには夜に夢で再現するほど身体に刻まれた。


……いかんいかん。また余計な事を考えて体のバランスを崩せるところだった。集中しよう。


呼吸は四拍で吸い、四拍で吐く。腕振りは最小限に抑え、肩の力を抜く。


ただ走っているように見えて、その実、間合いを詰め、踏み込みの威力を高めるための足を磨く。


周回を重ねるごとに、徐々に差が開いていく。


イチは前方集団にいる。呼吸はやや荒いが、まだ笑っている。


「ははっ、まだまだいけるぜ!」


無駄に元気だ。


その横を、獣耳を揺らした数人の獣人族(ビースト)の男子生徒が駆け抜ける。


「うおおおおっ!」


明らかに指定周回数を超えている。 教官が額に手を当てた。


「……体力が有り余っているのは結構だが、俺は十周といったはずだ。回数の競争ではない。」


一方で、後方では顔色を失っている生徒もいる。 四周目の終わりには足取りが不安定になり、五周目でほとんど歩きに近くなる者も出た。


膝に手をつき、肩で息をする。 今にも倒れそうだ。


ゲオルト教官は冷静に周回数を減らす指示を出す。


「無理はするな。倒れては意味がない。」


学園の生徒は探索者の卵だ。将来探索者として期待されている優秀な者たち。


ただ、戦闘面とかそういうものばかりが探索者のすべてではない。


だから基礎体力が足りない生徒もいるみたいだ。


――十周目。


俺は一定の速度で走り続けた。


呼吸は乱れない。鼓動も安定している。


身体は覚えている。


二十年近く、剣を振るい続けた肉体だ。この程度で揺らぐはずがない。


十周目越えて生徒たちが休みを取っている所に向かう。


「……ほう。」


ゲオルト教官の視線がわずかに細まる気がした。……俺が気づかないうちに何か余計なことでもしたんだろうか。


イチが隣に並ぶ。


「……はぁ……はぁ……お前、顔色変わってねぇじゃねぇか。」


「そうか?」


「そうだよ!」


ニナは既に芝生に座り込み、休みを取っている。多分6周目辺りではもう休憩していたからなのか、今は元気そうだった。


「アベルくんとイチくん!お疲れ様!アベルくんすごいね!全然つらくないみたい。」


「そうか?」


「そうだよ!」


さっきイチともやっていた気がするやり取りを交わしながら俺たちはニナの隣に腰を下ろした。


「あ、これ飲んでいいよ!」


「おお、サンキューな。」


「ありがとう。」


ニナから受け取った水筒で喉を潤しながら、視線を正面に戻す。


まだ走っている生徒たちは数人残っている。


日差しの下、汗に濡れた髪が光る。


若さの勢いと、純粋な体力差。その両方がはっきりと見える光景だった。


やがて全ての生徒たちが走りを終えて、全員の呼吸が落ち着くことを確認してゲオルト教官が手を叩く。


「よし、次だ。各自、得意そうな武器を選ぶように。」


武器棚には木剣、槍、弓、杖、そして――俺が見たことのない形状の武器が整然と並べられていた。


短く、片手で扱えそうな金属製の器具。握りの部分が湾曲しており、手のひらに収まる形状をしている。先端には小さな筒状な形をしていて、下部には指をかけるための細い弓状の部品が突き出していた。


……なんだ、あれは。


近くの札を見ると「訓練用魔素銃」とある。


この時代になって新しくできたものであることは確かだが、その外見だけを見てどうやって武器として機能しているかはよくわからなかった。


そんなことを思っているうちにも、数人の生徒がその訓練用魔素銃というやらを選び持ち出す。


ニナもその一人だった。


興味はある……が、今は俺も武器を選ぶとしよう。


俺とイチは木剣が並ぶ棚へと移動する。


一口に木剣といっても、その長さや幅は実にさまざまだ。


短剣型から大剣型まで、用途別に細かく揃えられている。


「フフフ。やはり、男ならこれしかねぇ!」


イチは自分の背丈ほどもある大剣型の木剣を抱え上げ、不敵な笑みを浮ぶ。


俺も、普段朝の鍛錬に使っている長さに近い一本を選び取る。


これは……


握った瞬間、わずかに眉が動いた。


ただの木ではない。内部に芯材でも仕込まれているのか、実剣に近い重量配分が再現されている。重心の位置まで意識されているらしい。


となると、イチの大剣も同様の造りだろう。


「おお、けっこう重いなこれ! でも俺にかかればこんなもの――!」


そう言いながら豪快に振り上げ、危うく隣の生徒にぶつけかけていた。


「馬鹿者!振り回すな!」


即座に教官のお叱りの声が飛んだ。


「す、すみません!」


……まったく。


だが、その無邪気さに悪意はない。


ああいうところが、どうにも憎めないのだ。


ゲオルト教官は全員が武器を手に取ったことを確認して、言い放った。


「本来はこの前と同様、各々の武器の扱い方の訓練を行う予定だったが。」


そこで、ゲオルト教官の視線は、俺に向けられた。


「今日は編入生もある。親睦を深めるがてら、俺から提案をしよう。」


生徒たちの間に困惑の色が広まった。そんな空気を気にも留めず、ゲオルト教官は相変わらず俺に視線を向けたままだった。


「ウィドバーグ。」


低く呼ばれる。


「はい。」


「学園長から聞いている。剣の腕が立つようだな。」


ざわ、と周囲の空気が揺れた同時にクラスメイト達の視線が集まる。


……なぜか、学園長の名が出た瞬間、一部の生徒の視線がわずかに変わった気がした。


そういえば、朝から妙に敵意を含む視線を感じていたが。


ゲオルト教官は俺を見て、一度だけ口元を緩めた。


……何だろう。嫌な予感がするのだが。


「そんなウィドバーグの腕前の確認を兼ねて――模擬戦を行うとしよう。」

面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。

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