序章
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魔族――
人類が歴史を刻むより遥か以前から、この世界に存在していた天敵。
人類史とはすなわち、魔族との戦いの歴史である。
そう断言できるほどに、人類は幾世代にもわたり、魔族との抗争と戦争を繰り返してきた。
その魔族の頂点に立つ存在――魔王。
曰く、百の顔を持つ者。
曰く、千の魔導を操る者。
曰く、万の軍勢を一夜で灰に帰す者。
曰く、無限に等しき魔族を生み出す者。
その首を落とせば、魔族は滅び、世界には平和が訪れる。
そう信じて、人類は有史以来、数多の国家の軍勢と勇者、英雄たちを送り込んできた。
しかし、そのすべては失敗に終わった。
――だが今、この瞬間。
人類史上最強と称される勇者――アベルマスとその仲間たちは、誰一人として成し遂げられなかった魔王討伐という偉業を、成し遂げようとしていた。
・ ・ ・
勇者アベルマス一行が魔王との戦闘を開始してから、三度目の夜が訪れた。
「見事だ、勇者よ。余をここまで追い詰めたのは、お前が初めてだ。」
喉奥深くに勇者の剣を突き立てられながらも、魔王は燃えるような紅の瞳を愉悦に細め、微笑を浮かべていた。
かつて魔王城と呼ばれた場所は、すでに戦いの余波によって瓦礫と化している。
魔王の肉体は無数の傷に刻まれ、満身創痍。
それでもなお倒れぬのは、彼が最強の魔族にして人類最大の敵だからに他ならない。
もっとも、勇者もまた無事ではなかった。
左腕は肘から先を失い、左目は潰れ、右脚は本来あり得ぬ方向にねじ曲がっている。
鎧は砕け散り、全身は裂傷と血に塗れていた。
三日三晩続いた死闘により、その消耗は魔王以上と言っても差し支えなかった。
そして何より――
勇者を支え続けた、かけがえのない仲間たちは、すでに魔王の手によって命を奪われている。
残ったのは、アベルマスただ一人。
それでも彼の瞳は、絶望を知らぬ炎を宿していた。
「だが、その身ではもはや生きられぬだろう。哀れだな、勇者よ。」
愉快そうに語る魔王に、アベルマスは自嘲気味に笑う。
「そうだろうな。自分でも、生きているのが不思議なくらいだ。女神の加護がなければ、とっくに仲間たちの後を追っていた。」
だが――
燃え尽きぬ闘志を瞳に宿し、彼は魔王を睨み据える。
「それがどうした、魔王。人類の未来のために――何より、先に女神のもとへ旅立った仲間たちのためにも……」
力は、もう残っていない。
それでも。
「共に逝け、魔王ォォォ!!」
残された命の火を振り絞り、剣を振り抜く。
首が断たれ、地に転がる。
肉体は蒼く光る粒子となって崩れ去っていく。
人類最大の敵、魔王討伐。
ついに成就した、歴史的瞬間だった。
その光景を最後に、勇者アベルマスは力尽きて倒れ伏す。
痛みは、もはやない。
むしろどこか温かい。
「やった……」
「皆……俺が、やったぞ……」
涙は出ない。
それでも彼の心は、深く、深く泣いていた。
『約束は守った。だが……生きて帰るという約束は、守れそうにない。』
限界を超えた肉体。
命が尽きるのは時間の問題だった。
『まあ……お前たちなら、許してくれるよな……』
やがて女神のもとへ辿り着けば、仲間たちは何と言うだろうか。
怒るか。笑うか。
きっと、その両方だ。
『ああ……今、行く……』
そうして人類を救った勇者は、誰にも看取られることなくその生涯を終え――
――そのはず、だった。
「見事だ、勇者よ。」
『――は?』
あり得ない。
確かに首を落とした。
その身を構成する根源魔素が世界へ還るのを、この目で見た。
「だが、お前たちは知らぬ。真なる絶望を。すべてが無意味であるという事実を。」
振り向けば、再生する魔王の姿。
絶望が胸を貫く。
すべてが、無意味だったのか。
「終わりではない。お前が斬ったのは過程の一つに過ぎぬ。」
静かな声だった。
魔王はゆっくりと、再生したその身を揺らしながら、勇者を見下ろす。
「始まりだ、勇者よ。これは――次の段へ至るための契機に過ぎぬだ。」
魔王の手が伸びる。
触れた瞬間。
肉体ではない。 もっと根源的な何かが、引き裂かれる。
声にならぬ悲鳴。
「だからこそ……見たいのだ。真なる絶望に足掻く、貴様の姿を。」
黒き球体が二人を包み込む。
やがてそれが消えたとき――
そこには、何も残っていなかった。
【魔王の魂の消滅を確認。―――試練迷宮の生成を開始します。】
そして、世界は一変した。
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