表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

宗盛記 二次創作SS置場

茂子姫リターン

作者: バカラ
掲載日:2026/02/02

常磐林蔵様が連載されている「宗盛記」の二次創SSです。

楽しむには「宗盛記」の知識が必須となります。

「読んでおいてほしい本編の話数」は下記となります。チェックいただければ幸いです。


宗盛記0068 平治二年改永暦元年一月 から

宗盛記0087 永暦二年一月 まで


【ご注意】

茂子姫の性格はたぶん本編と違います。

茂子姫が話さないのは仕様です。

祐泰はこんなに賢くないです。

永暦元年十二月某日 狩野荘 狩野茂子

宗盛様にお側仕えを断られた後、何もする気が起きず、鬱々しておりましたら、茂光お祖父様が来られました。

「茂子、宗盛様の好みがわかったぞ。宗盛様の護衛に付いている河津祐泰に聞いたのだが、宗盛様は入浴がお好みで、毎日のように入っておられる。家臣にも入浴を勧め、入らない者は遠ざけるとのことだ。どうも体臭が気になるらしい。」

入浴など月に一度ほどが当たり前ですのに。そう言えば伊東には温泉が湧いていましたね。

「これも祐泰に聞いたのだが、目鼻立ちがはっきりした細身の娘の方へ、フラフラと寄って行くそうだ。近づくとハッと我にかえって手を出すことはないそうだが、好みであることは間違いない」

都の流行りなのでしょうか。伊豆ではどうしても情報が遅れます。

「宗盛様の好みにあわせた上で、再度お側に置いていただけないか頼もうと思うのだが、どうだ」

伊勢平氏本家は超優良物件です。望むところです。

「しかし、情報不足のままでは、また失敗することも考えられる。」

敵を知り己れを知れば百戦危うからずと言いますものね。前回は勇み足でした。

「宗盛様は先日から京に上っておられ、祐泰は護衛の任を解かれている。そこで宗盛様対策の助言を求めたところ、快く引き受けてもらえた。」

一つ年下の祐泰はよく知っています。幼い頃は、本家筋の狩野荘によく来ていたので、一緒に遊んだものです。チョコチョコと後をついてきて可愛かったですね。いじめたりはしていませんよ。ほんとですよ。

「伊東に屋敷を借りた。毎日温泉に入り、祐泰の助言を受けるように」

わかりました。この任務、必ず成し遂げてみせます。


永暦元年十二月 初日 午前 伊東荘 狩野茂子

伊東荘に着きましたら祐泰が待っていました。

幼い頃の面影はありますが、私よりも背が高くなっています。生意気です。

「早速だが、まずは温泉に入ってもらいたい。手伝いの女房を用意したので指示に従うように。これはサイカチの鞘を煮出した水だ。髪ではなく頭皮を洗うように。」

いつもは米の研ぎ汁で髪を洗っていましたがそれではダメなのですね。頭皮が大事と。

「それと髪の毛だか、その長さだと乾くまでに時間がかかりすぎる。宗盛様が戻られるまでに成さねばならぬことが沢山あり、時間が足りない。幸い宗盛様は髪の長さには関心が薄い。誠に申し訳ないが切ってもらえないだろうか。」

連れて来た女房が祐泰に文句を言っていますが、任務達成が最優先です。バッサリ切りましょう。

「それと、白粉、ひき眉、お歯黒は不要だ。宗盛様も伊豆入りの当初はしておられたが、今は止めておられる。訳を聞くと、武家には不要、とのことであった。日焼けが心配だが、今は冬。大丈夫だろう。」

貴族ではなく武家ということですね。裳着以来、化粧をしない日はないので不安ですが頑張ります。

「あと、髪を何度も洗うことになるのでどうしても痛む。今までの櫛は汚れが付いているかもしれないので、使わない方がいい。母上に櫛を育てていただいたので、使ってくれ。」

つげの櫛に丁寧に椿油を染み込ませていますね。お礼を言わないと。

「櫛は俺が用意した安物だから気にしなくてもいい。」

そういう事ではないのですよ。


永暦元年十二月 初日 午後 伊東荘 狩野茂子

お風呂上がりに髪を乾かせていると祐泰が来ました。髪を乾かせている最中は御簾を上げておかなければならないのですが祐泰なので見られても良いのです。

「髪を切ったのか。ありがとう。」

女房が睨んでいますが、問題ないですよ。頭が軽くなってすっきりしました。

「明日からだが、痩せるためにまずは屋敷の周辺を歩いてもらう。」

最近は外をほとんど歩かないですね。

「その衣装では汚れるので小袖を用意した。明日からはこれを着て欲しい。」

あれ、これは新しい物のようです。色も柄も中々良いですね。京の流行でしょうか。


永暦元年十二月 初日 夕食時 伊東荘 狩野茂子

食事の時間のようです。いい匂いがしています。でも量が少ないですね。

「食事について説明する。穀類は少なめにして魚や肉を多めに出す。また、海藻も出すので必ず食べるように。」

魚は良いのですが肉は生臭くて嫌いです。海藻も苦手なのです。でも、この料理は美味しそうです。

「肉は血抜きをしているので生臭くないはずだ。宗盛様より頂いた、味噌、醤油、水飴、味醂、鰹節などの調味料を使っている。厨の雑色は調味料を扱ったことがないので俺が調理したが、国衙で習ったので問題ない。」

国衙の宴会で使われたと聞く調味料ですね。楽しみです。

「食事は朝、昼、夜の三食を出す。宗盛様がおっしゃるには、三回に分けた方が少量でも満足できるそうだ。また食べてすぐに寝ると太るとのことなので、夜は少なく、朝は多めにしている。」

宗盛様は何でもご存じなのですね。では、いただきます。


永暦元年十二月 二日目 午前 伊東荘 狩野茂子

お腹が空いて朝早くに目が覚めてしまいました。いえ、朝食のいい香りがしたからです。そうに違いありません。

「朝食をすませて、食休みを取ったら鍛錬を始める。今日は屋敷の周りを歩いてもらう。」

いよいよですね。祐泰も一緒に歩いてくれるようです。でも祐泰の鍛錬になるのでしょうか。

「俺は、荷物を背負って負荷をかけるので大丈夫だ。」

砂の入った叺を背負ってみせてくれました。亀さんみたいでした。


永暦元年十二月 三日目 午前 伊東荘 狩野茂子

昨日は、お昼まで歩くと足が震えて立てなくなりましたが、温泉にゆっくり入って、ご飯を食べて、たっぷり眠ると、すっかり回復していました。でも、今日は歩かないそうです。

「今日は上半身の鍛錬だ。宗盛様の工夫の袋を使った鍛錬を行う。」

砂の入った拳大の袋を渡されました。結構重いです。祐泰は瓜ほどの大きさの袋を使っています。化け物です。

「今日はこれで行うが、だんだん重くしていく。まずは押し上げだ。」

肩で構えた手を頭の上まで上げます。二十回繰り返します。

「次は腹ひねり」

体を少し前に倒して腕を左右に振ります。

「そして、観音開き」

体を少し前に倒して、前で手を合わせてから左右に開きます。

「両手巻き上げ、片手巻き上げ、片手引き上げ、両手前方振り上げ」

祐泰の動きについていくだけで精一杯です。

「よし、今日はこれまでだ。明日からは歩行と上半身鍛錬を日替わりで行うからそのつもりで準備するように。」

昼食と夕食は手が震えて箸が持てないので、女房に食べさせてもらいました。少し恥ずかしかったです。


永暦元年十二月 八日目 午前 伊東荘 狩野茂子

今日は歩行の日です。一昨日は午前、午後と歩き通せたので、何か考えると祐泰が言っていました。亀さんはちょっと嫌なのですが。

「今日は、海岸を歩いてもらう。足元が不安定なので鍛錬になるのだ。草履だと脱げるかもしれないので、これを履いてもらう。」

糸鞋ですか。裸足でも良いのですよ。

「怪我をされてはたまらん。黙って履いておけ。」

そうですか、そんな困った顔をしなくてもちゃんと履きますよ。


久しぶりに海に来ましたね。あれは何ですか。

「あれは灯台だ。夜に火を焚いて船の目印にする。」

あちらは何ですか。

「あれは塩田だな。極秘なので見せることはできんが、今までの十倍の塩が取れる」

では、あちらは。

「砂鉄を選別するための施設だ。鉄穴流しと言うらしい。これも極秘だが鉄の生産量が五割増になった」

すごいですね。

「これらは皆、宗盛様のお知恵だ。あの方は今までの奪うだけの国司とは違う。知恵を授け、伊豆を豊かにしてくださる。」

確かにその通りです。ご飯美味しいです。

「宗盛様が伊豆に居られるのは二年だ。来年には京に戻られる。戻られた後、宗盛様のお知恵を維持できるかは判らない。」

大変じゃないですか。

「これは、茂光様や父上とも相談したのだが、宗盛様には何としても伊豆にお心を残していただかなければならない。そのためには何でもすると決まった。」

わかりました。私もその策の一つなのですね。頑張ります。


海岸を歩くと潮風が気持ちいいですね。祐泰が何かを拾って渡してくれました。

「宝貝だ。こんなに大きいのは珍しい。」

子宝と子孫繁栄のお守りですね。袋に入れて持っておくことにしましょう。

せっかくなので私も何か探してみます。波打ち際で半透明の石を見つけました。黄色い縞模様が入っていて綺麗です。祐泰に見せると瑪瑙だと言います。あまり珍しい物ではないそうなので、祐泰にあげることにしました。なんか変な顔をしていますが、要らなければ捨てても良いのですよ。


永暦元年十二月 八日目 午後 伊東荘 狩野茂子

茂光お祖父様が伊東荘に来られました。

「茂子なのか。見違えたぞ。」

髪を切りましたし、化粧も落としていますからね。

「そうではない。体つきがほっそりして背筋も伸びている。頬もすっきりしたようだ。さすがは祐泰だ。」

そうです。祐泰はすごいのですよ。

「もっと近くで見せてくれ。」

お祖父様が近づいてきますが、なぜか後退りしてしまいます。

「うん?近くで見せてくれないか。」

さらに後退りして、祐泰の後ろに隠れてしまいました。

祐泰が笑って言います。

「茂光様。先に温泉に入られてはいかがでしょうか。あちらに用意させていただいております。」

お祖父様が温泉に行かれたので祐泰の後ろから出ます。

「臭いが気になるか。」

自分の臭いはわからないのですね。私も臭っていたのでしょうか。宗盛様に避けられたのも当然です。

「今は大丈夫だ。」

本当ですかね。


永暦元年十二月 九日目 午後 伊東荘 狩野茂子

今日は上半身鍛錬の日ですが、やり過ぎても良くないとのことで午後は時間があります。祐泰の妹の八重姫が訪ねてきたので遊ぶことにしました。祐泰も一緒です。

八重姫の宝物を見せてもらいました。宗盛様に頂いたという小さな食器の揃いです。膳まであります。ちょっと羨ましいですね。

祐泰も交えて、ままごと遊びをします。八重姫が母上、祐泰が父上、私は赤ちゃんだそうです。何をすれば良いのでしょうか。とりあえず、ばぶばぶ言っておくことにします。

「父上は遅いわね。」

「ただいま。帰ったぞ」

「お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」

八重姫がしなを作っていうので、吹き出してしまいました。

祐泰が苦虫を噛み潰したような顔をしています。

「夫婦物の様式美だとおっしゃって、宗盛様が教えられたのだ。家族が慌てるので面白がってやっているが、意味はわかっていないから大丈夫だ。」

次は私が母上役です。

適当に台詞を言うと、八重姫から駄目が出ました。宗盛様のおっしゃる通りに、ちゃんとしないといけないのだそうです。

思い切って襟元を少し開けて、科を作って台詞を言うと、祐泰の顔が赤くなりました。いけませんよ。こっちまで照れるじゃないですか。


永暦元年十二月 十日目 午後 伊東荘 狩野茂子

今日は午前は海岸を、午後は屋敷周りを歩きました。もう足が震えることはありません。

「明日からは別の鍛錬も行う。髀肉の嘆は知っているか。」

劉玄徳の逸話ですね。馬に乗らなくなって太腿に肉がついてしまったと嘆く話です。

「言い換えれば、馬に乗れば太腿の肉が落ちるのだ。」

たしかにその通りです。祐泰は賢いですね。でも小袖では馬に乗れないですよ。

「直垂を用意したので、明日はこれを着て欲しい。俺が着ていた物だが洗い張りをして仕立て直したから問題ない。」

祐泰の古着ですか。洗い張りまでしなくても良かったのに。

「そういう訳にはいかない。」

そうですかね。


永暦元年十二月 十一日目 午前 伊東荘 狩野茂子

今日は乗馬の日です。直垂を着て庭に出ると祐泰が馬を引いて待っていました。

「馬に乗ったことはあるか。」

狩野荘は伊豆一番の良牧なのですよ。裳着前はよく乗っていました。

「よろしい。では今日は引馬とするが、次回からは一人で乗ってもらう。」

乗馬も鍛錬に入れるのですね。

「歩行で一日、上半身鍛錬と乗馬で一日と考えている。上半身鍛錬は効果的だが、やり過ぎると腕が太くなる。」

祐泰の腕を見せてもらいました。太いです。力こぶを作ってもらいました。たくましいです。触ってみました。ガッチガチです。触り続けると隠されてしまいました。ケチです。


永暦元年十二月 十五日目 午前 伊東荘 狩野茂子

一昨日の乗馬で合格となったので遠乗りすることになりました。伊東荘から狩野荘に向かいます。伊東荘に来る時にも通った道なのですが、こんな道はなかったと思うのですが。

「宗盛様が作っておられる道だ。伊東から三嶋まで車が通る道を作る予定だ。」

宗盛様がですか。でも何のためでしょう。

「宗盛様は明言されていないので半分以上は俺の想像になる。東海道は箱根を通っているが道が険しく車を通せない。なので、東国からの荷は相模から伊豆沖を通って三嶋に運ばれる。この航路は冬場は風が強く舟が出せない日が続く。無理をして遭難する舟も多い。そこで、伊東に湊を作り陸路で三嶋に運ぶことを考えておられるのではないかと思う。」

でも、伊東から三嶋までは時間がかかりますよ。

「昨年の乱のおり、清盛様が熊野詣から急ぎ戻られたのは知っておろう。」

紀伊から雑色と共に二日で戻られたという話ですよね。大袈裟に伝わっているのではないですか。

「郎党の伊藤様に確認したが事実だ。昨年の上京の際に、その秘密を見た。宗盛様は荷を満載した車を馬に引かせ、並足で歩かせることができる。」

それが真ならば三嶋までは一日です。

「茂光様、父上以外にも、北条様、天野様もご覧になっている。道が通れば人と物が動く。物が動けば富が生まれる。父上は倉庫を建て始めた。茂光様は馬を増やす準備をされている。北条様、天野様は宿泊施設と休憩場所を整備されている。」

道はできるのでしょうか。

「宗盛様からは種々の便利な工具を貸していただいているが、それだけではない。道普請の人夫の顔を見ただろう。目の色が違う。みんな知っているのだ。自分たちが作っている道が伊豆の明日であることを。子供達の未来であることを。必ず道はできる。」

そうなのですね。でも、これだけのことに気がつく祐泰は賢いですね。

「宗盛様が賢いのだ。あの方は三国一の知恵者だ。俺は必死で喰らい付いているだけだ。」

それでも、ついていける祐泰は、やっぱりすごいと思うのですよ。


永暦二年一月 二十日目 午後 伊東荘 狩野茂子

狩野荘から、宗盛様が明日、国衙に戻られるとの連絡がありました。

お祖父様、伊東様、祐泰は国境まで迎えにあがるとのことで先に出ます。

「後からゆっくり来て、国衙で待っていてくれ。」

大丈夫ですかね。やり残したことはないですかね。

「宗盛様の好みに合っている。綺麗だよ。」

綺麗といってもらえて嬉しいけれど、祐泰に褒めてもらっても駄目なのですよ。


永暦二年一月 二十日目 夜 国衙近くの屋敷 狩野茂子

明日に備えて、国衙近くの屋敷に入ります。

早くに床についたのですが、色々考えてしまって眠れません。

祐泰に貰った宝貝が入った守り袋を抱いて眼を閉じます。


私は知っています。

私の食事のために漁に出てくれた漁師を

私の食事のために山で猟をしてくれた家人を

私の入浴を手伝ってくれた女房を

私の着物を洗ってくれた雑色を

私は知っています。


私は知っています。

祐泰が用意した櫛は宗盛様の職人に無理を言って入手したことを

祐泰が夜明け前から毎朝の食事を用意してくれたことを

祐泰が国衙の厨に頼み込んで調味料を調達していたことを

祐泰が私の小袖用の反物を用意してくれたことを

祐泰が毎日の私の様子を見て鍛錬の計画を立ててくれたことを

祐泰が私の馬の世話をしてくれたことを

祐泰が...

祐泰が...

私は知っています。


だから私は宗盛様のお側においていただかなけれならないのです。


永暦二年一月 二十一日目 午前 国衙 狩野茂子

いよいよ宗盛様にお会いします。

今日の衣装は小袖にしました。お仕事に来るのだという姿勢を見せた方が良いという祐泰の意見です。

懐に宝貝の入った守り袋を忍ばせます。

祐泰が迎えに来ました。

「完璧だ。最後にこれを襟元につけて欲しい。タチバナの皮を絞った物だ。」

良い香りがします。普段は香を焚いていたので何か忘れているような心もちでふわふわしていましたが、これで落ち着きました。


お祖父様、伊東様、北条様、天野様、他、在庁官人の方と共に宗盛様のもとに向かいます。祐泰が後ろに付いてくれるので心強いです。

お祖父様が宗盛様に挨拶をされます。

「京からのご到着お疲れ様でございます。また、赴任二年目の年初にあたり、おめでとうございます。我ら国人一同、宗盛様の差配に感謝しております。」

宗盛様が頷いて答えられます。

「昨年は皆の助力により、大過なく伊豆の国を運営することができた。今年も引き続き協力いただきたい。」

「つきましては、我らよりお願いごとがあります。こちらにおります孫娘の茂子を我らが忠義の証として、お側仕えとして置いていただきたく、お願いいたします。」

お祖父様と一緒に頭を下げます。

宗盛様がふらふらと近づいて来られます。いい感じです。

お近くに来られて手を伸ばされました。いよいよです。

ところが突然ビクッとして、何かに気がつかれた様子で慌てて戻られました。

「茂子姫についての申し出は誠にありがたい。茂子姫を見れば、私のために努めてくれたことはよくわかる。しかし、私はこの年末に京に戻らねばならない。茂子姫を側に置いても幸せにできないのだ。ただ、其方たちの懸念はよくわかった。そのために・・・」

えっ、断られてしまった・・・

誰かの叫び声が聞こえます。

祐泰・・・

私はそのまま意識を失いました。


気がつくと、部屋で寝かされていました。そばに祐泰がいてくれます。

「気がついたか。屋敷に戻るか。」

うなづいて身を起こします。祐泰が隣を歩いてくれますが、悲しくて、申し訳なくて祐泰を見ることができません。

「気にするな。宗盛様にも努めたことは認めていただけたではないか。」

認めていただくだけではだめなのです。お側に置いていただかなければいけないのです。

宗盛様も甘いのです。

武家の女は、家の都合で嫁ぎ、子を産み、家の都合で離縁され、子を残して帰り、また都合で嫁ぎ、子を産み、離縁されて戻り、そして子を産めなくなれば尼寺に入るものなのです。

幸せなんて関係ないのです。家の役に立てれば本望なのです。

「そんな悲しいことは、言ってくれるな。」

涙が溢れてきます。懐の守り袋を取り出します。

こんなもの何の役にもたたないのです。川に向かって投げ捨てます。

祐泰にすがって泣き続けます。

祐泰の努力を無駄にしてごめんなさい。力不足でごめんなさい。


永暦二年一月 二十二日目 午前 国衙近くの屋敷 狩野茂子

すっかり日が昇ってから目が覚めました。

昨日はよく覚えていませんが、祐泰に連れて帰ってもらったようです。

屋敷内は何やらバタバタして慌ただしいのですが、お祖父様も屋敷の女房達も事情を知っているのでしょう。そっとしてくれています。

ぐずぐずと身支度していると、祐泰が来ました。

三嶋神社で急遽奉納相撲を行うことになったので見に来て欲しいといいます。

気が進まないので断るのですが、強引です。

最後には、「このひと月、世話しただろう。」とまで言います。

根負けして同行することにしました。


いつものとおり、祐泰と歩きます。申し訳ない気持ちは残っていますが、仕方ないかなという気持ちも出てきました。

なにより、祐泰が認めてくれていたのです。他にも何かできたのではと思うことは、祐泰に失礼です。


「奉納相撲は宗盛様が催される。十六人が参加し、勝った者が次に進む勝ち残りだ。」

四回勝てば一番ですね。

「最後まで勝ち残れば、望む物をいただけるそうだ。」

馬ですかね。刀もいいですね。祐泰ならば宗盛様の工夫の物を欲しがりそうですね。ところで誰が強いのですか。

「宗盛様の郎党の巨勢秀次様だな。相模の俣野景久様も強いらしい。」

祐泰はどうなのですか。

「俺は宗盛様達と鍛錬し始めて、自分の弱いところに気がついた段階だからな。まだまだこれからだ。」

そうなのですね。世の中は広いです。 


永暦二年一月 二十二日目 午前 三嶋神社 狩野茂子

三嶋神社に入ると、沢山の人が集まっていました。祐泰とは境内に入った所で別れます。

「俺は用意をしてくる。場所は確保しているから雑色に付いていくように。」

社殿の前に四角く白砂が敷き詰められています。ここで相撲を取るようです。宗盛様や在庁官人の方は、社殿を背に白砂の前に座っておられます。雑色に付いていくと社殿の反対側の最前列に案内されました。宗盛様が真正面に居られます。特等席じゃないですか。


神楽奉納の後、宮司様が進み出られます。

「相撲人の準備が整いました。これより奉納相撲を取り行います。相撲人これへ。」

直垂の上から犢鼻褌(とうさぎ、当時のまわし)を締めた相撲人が左右に分かれて座ります。普通は上半身は脱ぐのですが、寒いですからね。

祐泰は一番後ろです。私がぐずぐずしていたせいならば申し訳ないです。


宮司様が相撲人を呼び出されます。

「そなた宗盛様郎党、巨勢秀次様。こなた天野荘、天野遠景様。」

祐泰が強いと言っていた宗盛様の郎党の方ですね。巨勢様が天野様の襟と袖を持たれると、すぐに投げが決まって巨勢様が勝ちました。

「そなた相模国人、俣野景久様。こなた仁田荘、仁田忠行様」

俣野様は背は低いのですが、どっしりとした下半身をしています。立ち会い激しく当たって、仁田様がふらついたところで投げ捨てました。強いです。


相撲を見ていて、いくつか気がつきました。

白砂を撒いているだけだと思っていましたが、少し掘って砂を入れているようです。投げられても怪我をしないためだと思いますが、相撲が長くなると足を取られてもつれる人がいます。普段から海岸を歩いていれば大丈夫ですのに。

足を取られるのを嫌ってか、みんな、すぐに組み合います。組み合う際には、犢鼻褌か腕、首を取るのですが直垂を着ているので襟や袖を取る人もいます。破れそうに思うのですが丈夫ですね。


「そなた河津荘、河津祐泰様。こなた相模国人、土肥実平様。」

祐泰の最初の取組です。

祐泰はゆっくり近づき、犢鼻褌を取ってしっかり組み合います。そのままじっとしていましたが、うん、と気合を入れると相手がころんと転がりました。勝ったのはよいのですが地味ですね。


取組が進み、4人が勝ち残りました。

巨勢秀次様、俣野景久様、北条時政様、祐泰です。

祐泰が勝ち残って嬉しいのですが、何か変なのです。

巨勢様の相手が簡単に負けます。自分から転んでいるようにも見えます。次は俣野様と相撲されますので、しっかりと見ることにしましょう。


「そなた巨勢秀次様。こなた俣野景久様。」

立ち会いで巨勢様が襟と袖を持たれます。俣野様は犢鼻褌を取ろうとしますが手が届きません。そこで首を抱えようとした時、体が浮き上がって、こてんと転がりました。やっぱりおかしいです。


「そなた北条時政様。こなた河津祐泰様。」

祐泰が、北条様にゆっくり近づいていきます。犢鼻褌を取ろうとしますが北条様が祐泰の襟と袖を持たれたので取ることができません。代わりに北条様の襟と袖をとると、またじっと止まってしまいました。しばらくして気合を入れると北条様が転がりました。やっぱり地味です。


巨勢様と俣野様との相撲を見て、違和感の理由がわかりました。巨勢様の相手は、きっとわざと負けているのです。忖度しているのです。

今回の奉納相撲は宗盛様が催されたものです。その奉納相撲で宗盛様の郎党が勝ち残って賞賛される。様式美というものです。それであんなに強い俣野様もころりと負けたのです。そうに違いありません。理由がわかったらすっきりしました。次は祐泰です。ちゃんと負けるのですよ。


「そなた巨勢秀次様。こなた河津祐泰様。これにて本日の結びの一番となります。」

すると、巨勢様が直垂を脱がれました。上半身は裸です。祐泰が、にやりと笑ってこちらも直垂を脱ぎます。だめですよ。巨勢様が襟と袖を持てなくなるではないですか。


背は祐泰が頭半分ほど高いです。二人は両手を頭の高さに上げ、両手を掴みあって力比べを始めました。二人の腕、胸、肩、背中が膨れ上がります。巨勢様の体は立派ですが、祐泰はさらに勝ります。毎日、鍛錬しているのですから当然です。でも、だめなのです。勝つのは巨勢様なのです。祐泰は負けなければならないのです。


突然、巨勢様が頭突きをしました。祐泰の鼻柱にあたり、一瞬くらっとしたようです。卑怯です。巨勢様は犢鼻褌を取って投げを打つ体勢になります。祐泰が巨勢様の首に腕を巻いてこらえます。

こらえてはだめなのです。負けなければいけないのです。巨勢様が勝つのです。宗盛様の郎党なのです。忖度しなければならないのです。官位を持っておられるのです。投げられなければならないのです。だから、だから


「祐泰、勝って」


祐泰が足を巨勢様の足の内側にかけて反り返りました。巨勢様が背中から落ちます。


祐泰が勝ってしまいました。


永暦二年1月 二十二日目 午前 三嶋神社 狩野茂子

祐泰が勝ってしまい、みんなざわざわしています。

宗盛様が立ち上がられました。

「一番は河津祐泰だ。見事であった。最後の技は、皆、知らぬようだ。技の名を披露してほしい。」

「私が作った技ですので、河津掛けと呼んでいます。」

「河津掛けだな。良い名だ。」

宗盛様に勝ちを認めていただきました。さすがは宗盛様です。懐が深いです。

「勝ち残った河津に褒美をだそう。何か望む物はあるか。」

「では、宗盛様にお願いがあります。宗盛様は伊豆の民の光明です。願わくば京に戻られましても、伊豆を心に留めていただきますようお願い申し上げます。」

「あいわかった。また昨日の在庁官人の挨拶と申し出にも深く感じ入った。ここで改めて皆に伝える。父上にお願いし、伊豆を私の知行国にしていただいた。伊豆は宗盛の心に常にある。」


宗盛様が、伊豆を心に留めると宣言してくださいました。それに、昨日の申し出も感じ入ったと言ってくださいました。

私の、いいえ、祐泰の努力が報われて、感無量です。


「しかし、これらはすでに決まっていたこと。河津には褒美を出さねばならない。他に何か望む物はないのか。」

「欲しい物はありますが、宗盛様よりいただける物ではありません。」

「ならば、河津が手に入れるために、最大の助力をしよう。」


宗盛様からいただくことができなくて欲しい物って何でしょうね。刀でも馬でもいただけますよ。官位ですかね。


祐泰がこちらを振り返ります。雑色から何かを受け取ってこちらにきます。こちらには何もないですよ。境内の外にあるのですかね。


祐泰が私の前に立って、雑色から渡された物を差し出します。投げ捨てた守り袋ではないですか。それと祐泰にあげた瑪瑙です。紐を通して首から下げられる様になっています。


「私の妻となって共に生きてほしい。諾ならば守り袋を受け取って、瑪瑙は改めて渡してほしい。」


祐泰が、じっと見つめています。

私は・・・、

私は・・・、


永暦二年一月 二十二日目 午後 三嶋神社 巨勢秀次

「やっと終わったな。上手くいってよかった。」

宗盛様が声をかけてこられました。

「茂子姫を引っ張り出すために、半日で用意したのですからね。大変でした。宗盛様の円匙があったからできましたけれどね。」

「みんな参加してくれて盛況だったな。」

「祐泰の求婚のためのお祭りだとわかって参加してくれて、遺恨がなかったのも良かったですね。」

「勝っても良いのだろうと言っていた者もいたが、あれだけ力の差があれば納得するだろう。」

「押さえつけて動けないようにしておいてから、相手の息が上がったところで投げてましたからね。相当に腕力の差がないとできない芸当です。」

「秀次も無双していたじゃないか。」

「襟と袖を取りましたからね。直垂を補強してくれた女房達にも感謝です。そのままだと破れてしまったでしょう。」

「襟と袖を使った攻防は初見だったろうからな。そういう意味では俣野はさすがだったな。」

「すぐに首を取りにきましたからね。崩しが効いたので勝てましたが次はだめでしょう。」

「北条もさすがだな。」

「あれは、そのまま組めば同じことになるので、一か八かでしょう。祐泰が俺達と鍛錬していることは知っていたでしょうから、上手くいけば儲け物と考えていたのではないですか。」

「祐泰は凄い体になっていたな。背中に鬼の顔ができていたぞ。」

「握力も相当なものです。手がまだ痺れていますよ。」

「茂子姫と鍛錬していたそうだからな。姫を見ると日々鍛錬していたことがわかる。」

「茂子姫様はお変わりになられましたね。宗盛様の好みの姿になっておられたではないですか。申し出の時にふらふらっとしておられましたよね。」

「姫の後ろにいた祐泰を見なければ危なかったな。本人は気がついていなかったかもしれないが、凄い顔だった。うっかり手を取っていたら、殴られたかもしれん。まあ、つかい減りはしそうにないから、頑張ってもらおう。」


三島市観光協会HPより抜粋

三嶋大社

住所:静岡県三島市大宮町2丁目1−5

祭神:大山祇命おおやまつみのみこと)積羽八重事代主神つみはやえことしろぬしのかみ

末社:天乃手力男神あめのたぢからおのかみ

ご利益:商売繁盛、交通安全、大願成就、子孫繁栄、子宝祈願、安産祈願、恋愛成就、結婚成就、夫婦円満、ダイエット

授与品:宝貝お守り、瑪瑙お守り

社殿:本殿・幣殿・拝殿、三つの建物が連なる複合社殿。

土俵:平宗盛奉納相撲に由来する四角の土俵。社殿前に設置

河津掛けの碑:土俵脇に設置

祭事:三嶋大社奉納相撲祭(1月) 県指定無形文化財 前年結婚した、または、今年結婚するカップルが参加する。男性が土俵にて4人抜きした後に、女性に宝貝入り守り袋を渡し、代わりに瑪瑙のネックレスを受け取る。

茂子姫が幸せになるエピソードが書きたかったのですが、いかがだったでしょうか。


突然、相撲が始まって違和感がある方へ。

以下の、裏設定がありますが、どうしても本編に入りませんでした。ヘタクソで申し訳ありません。


茂子姫気絶後の出来事

祐泰が宗盛にくってかかる。

・茂子姫は、宗盛様の好みの姿になるように努めた。

・弱音を吐かなかった。

・周りの気遣いに、「きっと側に置いてもらうからね、応援してね。」と感謝する、心優しい人である。

・それをあっさり切り捨てるとは、宗盛様は情を解さないのですか。

北条がボソッと言う。

「祐泰。お主、茂子姫に惚れているな。」

祐泰が、ビクッとして止まり、ギリギリと擬音を立てながら、北条を向く。

「そんなことはありません。私は茂子姫が宗盛様に選ばれる様に努めただけです。」

北条が続ける。

「そうか、ならば我が息子の嫁に請うことにしよう。茂子姫が少し年上だが姉さん女房は良いものだからな。」

天野もニヤニヤしながら続ける。

「儂も、側女としたいなあ」

土肥も続く、「俺も、俺も」

祐泰が叫ぶ。

「宗盛様がお側に置かれないならば、私が求婚します。」

一同「どうぞ、どうぞ。」

「えっ。」

宗盛が締める。

「よし、明日、三嶋神社で奉納相撲を行う。勝者には宗盛が望みの物を与えることにしよう。馬でも刀でも官位でも、もちろん茂子姫への求婚権でもよいぞ。巨勢も出るように。祐泰は、茂子姫を必ず連れ出すんだぞ。」

「土俵は景経、巨勢、祐泰が相談して、景経が責任者となって作るように。ああ、相撲は忖度なしでガチで行うように。求婚までの障害は高い方が燃えるからな。」

一同「応!」

祐泰、「どうしてこうなった。」orz


参考:

平安時代の土俵の様子

https://www.sumo.or.jp/KokugikanSumoMuseumDisplay/wrap20180619/


直垂を着て相撲を取るイメージ図 当麻蹴速

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E9%BA%BB%E8%B9%B4%E9%80%9F#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB%3ANomi_no_Sukune_Wrestling_with_Taima_no_Kehaya_LACMA_M.84.31.87.jpg


茂子姫は、満功御前を想定しています。詳しくは下記をご確認ください。

満功御前

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%8A%9F%E5%BE%A1%E5%89%8D


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ