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そう、そこにいたのは小さな子供。見た目は五歳くらいだろうか。
ただ、明らかに自分とは異質な人種であることは分かる。何故なら桜色の髪に、ダックスフンドみたいな特徴的な耳をしているからだ。しかも良く見れば、臀部近くには尻尾のようなものも生えている。
ここが日本ならコスプレでしかないと疑いは持たなかっただろうが……。
(ホントにいるんだな、ケモミミ族)
まさかファンタジー世界において、エルフやドワーフなどと同列になるほど有名な獣耳を持つ、いわゆる獣人種。こんなすぐに出会えるとは思っていなかった。正直ちょっと興奮している自分がいる。
「ていうかこの子、この状態で生きてるのか?」
まったく動きがない上に、樹液っぽいものの中に埋もれているので呼吸とかどうなっているのか分からない。そこはファンタジーだからと言われればそれまでだが、とりあえず次なる指示を確認する。
「……触れたらいいだけ、か」
そう書かれていたので、指示通りに右手で僅かに触れてみた。
すると樹液の塊が一瞬輝き、ドロドロと溶け出し始めたのである。そして解放された子供を見つめたまま日映は止まっていた。
(さて、この後はどうすればいいんだ?)
裸というわけではないし、全身が濡れているわけでもないのでケアは必要なさそうだが、果たして本当にまだ生きているのか。
「…………温かいな」
恐る恐るではあるが、その艶めいた白い肌に触れてみると、プルンと柔らかい触感と同時に温もりが伝わってきた。つまりこの子は間違いなく生きている。
「はぁ……しょうがない」
さすがに自分が解放したこともあり、このまま放置はできずに、その小さな身体を横抱きにして持ち上げ、上のフロアへと戻った。
椅子に子供を座らせ、必要かどうかは定かではないが、自分の上着(学校のブレザー)をかけてやる。
本の続きを読むと、この子供についての情報が記載されてあった。
この子の名前は――イジュ。両親はすでに他界し、一人だったところを記述者が保護したという形らしい。それはこの子の両親に頼まれたということもあるが、この子の今後を思うと不憫でならなかったからだという。
それはこの子――イジュがその身に秘める力が原因であり、その力は様々な者たちにとって利用価値が非常に高い。それこそ思うままに操れば、世界の支配を目論めるくらいに。
(……なるほど。このイジュって子の力は、汚い大人にとっては垂涎ものってわけか。よくある話ではあるが……)
実際にそういう物語は多々ある。だから別に驚きはしない。特にこの世界はファンタジーなのだ。有り得ないと思えるような現象だって引き起こせる力があるはず。それをイジュは所持している。だからその力を利用したい。別段珍しくないパターンだ。
特に子供は純粋故に何色にも染まりやすい。幼い頃から、自分を絶対的な存在だと植え付けることができれば、意のままに動く傀儡の出来上がりだ。
事実、地球の歴史でも、まだ幼子だが、その生まれから所持している権力を身勝手に利用し、国家を思うままに支配してきたなんて話もあるくらいだ。
(仮に不老不死を得ることができる能力なんてあったら、そりゃ群がってくる連中は後を絶たないだろうな)
とまあいろいろ考察はできるが、あんな不可思議な場所に保護されている時点で、イジュが特別な存在なのは明らかだろう。
(〝あの子〟が生きてれば、ちょうどこのくらいの子になってただろうな)
スヤスヤと穏やかに眠るイジュを見て、胸に込み上げてきた想いとともに痛みが走る。
気持ちが沈みそうになったところで頭を振って本の続きを読む。
そうしてしばらくイジュについて書かれた文言を呼んでいると、微かに呻き声みたいなものが聞こえてきた。
見ると、椅子に寝かせていたイジュが苦悶の表情を浮かべていたのである。
咄嗟に額に手を当てるが、熱発したわけではなさそうだ。
「悪夢でも見てるのか……?」
そう当たりをつけた日映は、イジュを再び抱き上げ、その背を優しく擦ってやる。
「大丈夫ですよ。怖いものはここにはありませんから」
すると、うなされていたイジュの顔色が良くなり、再び穏やかな寝息を立て始めた。そうして椅子にまた座らせようとしたが、ギュッと小さな手で服を掴まれてしまっていた。
「これは……困ったな」
力尽くで外すこともできるが、その衝撃でまたうなされるのは勘弁だ。仕方なくイジュを抱えながら本を読むことにする。
(…………なるほど。この子は随分と辛い運命に振り回されてきたらしい。それにこれかも……)
チラリとイジュの愛らしい寝顔を見る。そしてその額に、何かを隠そうとしているかのように巻かれている包帯を。
ここに書かれていることが真実かどうかなど確かめる術はないが、それでも何となくだが偽りは無いように思われた。それはここに書かれた文言から、確かに伝わってきたからだ。
――イジュに対する優しさが。
それはもしかしたら愛情と呼ばれるものなのかもしれない。確実なのは、記述者自身が、心の底からイジュを想っていること。
だからこそ真実が記載されているのだと日映は感じ取ったのだ。




