最終話:【ただの、Fランク冒険者】
俺の目の前に迫るのは、「死」という言葉ですら生ぬるい、絶対的な“無”。
創造神が放つ、存在そのものを根源から消し去る、純粋な破壊の概念。
(――なるほど。確かに、これは“神”の御業だ)
だが、俺は不敵に笑った。
神様、あんたは一つ、大きな勘違いをしている。
俺がこの世界に来てから、ずっと相手にしてきたのは、いつだって「理不尽」だったんだよ。
「【状態編集】」
俺は、俺自身のステータスに、たった一行を書き加えた。
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名前:リアン
状態:この世界における全ての事象、法則、概念、因果律からの絶対的な“独立”
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シュンッ。
世界を無に帰すはずだった破壊の波は、まるで幻のように、俺の体を素通りしていった。俺という“例外”に干渉できず、世界の果てで虚しく消滅する。
『なっ……!? なぜ……なぜ私の破壊がお前に届かない! 己の存在そのものを、世界の理から切り離したというの!? 馬鹿な! そんな芸当、創造神である私にすら……!』
女神が、初めて狼狽の色を浮かべた。
その顔は、理解不能なオモチャを前にした、癇癪持ちの子供そのものだ。
「おい、神様。あんた、さっき『この世界に飽きた』って言ったよな」
『……それがどうしたというの』
「奇遇だな。俺もだ」
俺は、まっすぐに女神を指さした。
「俺も――あんたみたいな“理不尽な神様”には、もう飽き飽きなんだよ」
俺は、最後の【状態編集】を発動させた。
ターゲットは、今まさに俺を殺そうとしている、この世界の創造主。
俺の眼前にだけ、女神のステータスウィンドウが開く。
そこには、神々しい称号と、絶対的な権能の数々が、星の数ほど並んでいた。
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名前:アストライア
称号:創造神、星を紡ぐ者、万物の母、終焉の裁定者……(他99+)
権能:森羅万象の創造、次元干渉、因果律操作、概念破壊……(他99+)
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俺は、その一行一行を、まるでパソコンの不要なファイルをゴミ箱に捨てるかのように、淡々と、無慈悲に、**【削除】**していく。
『な……に……を……? あ……わたしの、力が……神気が……ああ……ああああ……』
女神の体から、後光が消える。
銀河を宿した瞳から、星の輝きが失せていく。
宙に浮いていた体が、重力に引かれて、ゆっくりと……いや、無様に、地面へと落ちていく。
ドサッ、と。
泥と土にまみれて、一人の“少女”がそこにいた。
少し見栄えのいい服を着た、どこにでもいる、ただの人間。
その瞳には、もはや神の威光はなく、恐怖と混乱だけが映っていた。
「な……にして……。私に、何をしたのよ……!」
震える声で、元・女神が叫ぶ。
俺はゆっくりと彼女の前に降り立つと、その頭上から、静かに告げた。
「あんたがつまらないって捨てたこの世界で、普通に生きてみろよ。朝起きて、働いて、飯食って、夜は寝る。そういう“普通”を、死ぬまで味わえ。それが、あんたへの罰だ」
殺すより、消すより、それこそが、最高の“ざまぁ”だと思った。
「案外、悪くないぜ。そういう人生も」
前世の社畜だった俺は、心の底からそう思った。
元・女神は、その場でへなへなと泣き崩れた。
◇
こうして、世界を滅ぼそうとした神は、ただの人になった。
俺が『天聖門』に書き換えた空の魔法陣は、その後も輝き続け、大地を癒し、人々を祝福する、この世界の新しいシンボルとなった。
全てが終わった後。
「リアン!」
と、俺の名を呼ぶ声がした。
見れば、セラフィナが、泣きそうな顔でこちらへ走ってくる。
「……よかった。無事だったのね……! あなた、一体、何者なの……?」
俺は、いつも通り、面倒くさそうに頭を掻いた。
「さあな」
俺は、神を人間に堕とした。
もはや、この世界に俺を縛るものも、俺に敵うものもいない。
やろうと思えば、俺が新しい神になることだってできるのだろう。
だが、そんなのはごめんだ。
神様になるなんて、前世の社畜より面倒くさそうだ。
「俺は、ただのFランク冒険者だよ」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。
隣で、セラフィナの顔が、また茹でダコみたいに真っ赤になっている。
――こうして、後に神話として語られることになる、とある冒険者の物語は、静かに幕を閉じた。
伝説を残した男は、今日も今日とて、面倒くさそうに欠伸をしながら、平穏な日常(と、ちょっとだけ騒がしい恋の予感)を、満喫している。
【完】




