第四話:【ラスボスは、神】
魔王軍の宣戦布告。
それは、ギルドの冒険者ごときがどうこうできる、生易しいものではなかった。
王都上空に開いた血のように赤い魔法陣――『魔王門』から、この世の終わりとばかりに、おぞましい魔物の軍勢が溢れ出してくる。
「ぎゃああああ!」
「防衛線を突破されたぞ!」
街は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
騎士団の剣は空を切り、冒-険者たちの魔法は、無限に湧き出る魔物の波に呑み込まれていく。
ギルドマスターのボルガンが振るう戦斧も、セラフィナが放つ炎の槍も、焼け石に水。誰もが、死と滅びを覚悟した。
その、あまりに絶望的な光景を、俺はギルドの屋根の上から、頬杖をついて眺めていた。
(あー……、うるせえなぁ……)
叫び声、爆発音、建物の崩れる音。
前世ではパワハラ上司の怒声でしかなかった騒音が、今世では世界の悲鳴だ。
どっちも、俺の安眠を妨げるという点では大差ない。
(さっさと終わらせて、昼寝でもするか)
俺は大きく伸びをすると、空に浮かぶ巨大な『魔王門』に意識を集中させた。
そして、スキル【状態編集】を発動。
‐‐‐-‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名称:古代召喚魔法陣『魔王門』
属性:混沌・魔
効果:魔界と繋がり、魔王軍を無尽蔵に召喚する。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
(なるほど。こいつが元凶か。じゃあ……)
俺は、そのステータスを、俺の都合のいいように、サラサラと書き換えていく。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名称:超古代祝福魔法陣『天聖門』
属性:神聖・光
効果:天界と繋がり、地上にいる全ての生命体に【超回復】と【祝福】の光を降り注ぐ。魔属性の存在は即時浄化・消滅させる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
編集完了。所要時間、0.2秒。
次の瞬間、世界は劇的に変貌した。
空を覆っていた血のように赤い魔法陣が、一瞬で、黄金の輝きを放つ神々しい紋様へと変わる。
そして、その『天聖門』から降り注いだのは、魔物の軍勢ではなく――どこまでも温かく、優しい光のシャワーだった。
『ギシャアアアアアアアアアア!?』
光に触れた魔物たちは、まるで闇が朝日に溶かされるように、断末魔の悲鳴と共に浄化され、一匹残らず消滅していく。
逆に、傷ついていた騎士や冒険者たちの傷は瞬く間に癒え、疲弊しきっていた体力や魔力も全快していく。
「な……なんだ、これは……」
「傷が……癒えていく……力が、みなぎってくるぞ……!」
地獄から天国へ。
あまりに唐突な逆転劇に、誰もが呆然と、空に浮かぶ黄金の門を見上げていた。
街は、歓喜の渦に包まれた。
――その、歓喜の真っただ中。
一人の“女”が、黄金の門から静かに舞い降りてきた。
銀河を閉じ込めたような瞳。神々しいまでの美貌。
俺をこの世界に転生させた、あの女神だった。
パチ、パチ、パチ、と彼女は拍手をした。だが、その顔に笑みはない。
瞳は、絶対零度の氷のように冷え切っていた。
『お見事。私の“玩具”にしては、上出来すぎるわ』
「……何の用だ」
『ええ、そうね。もう茶番は終わりよ』
女神は、まるでゴミを見るような目で、歓声を上げる人々を見下ろした。
『この世界、飽きちゃったの。争いも、進化も、停滞して……あまりにつまらない。だから、一度全部更地にして、新しいおもちゃで遊ぼうと思って。あの魔王は、そのための“お掃除屋”だったのだけど……あなたはその掃除屋すら、掃除してしまった』
その言葉に、俺は全てを理解した。
こいつが、この世界の本当の敵。
退屈しのぎに、世界を創り、そして壊す、最悪の“ラスボス”。
『さあ、楽しかったでしょう? ユニークスキル【状態編集】。それは私が創った、世界を破壊するための最強の権能。もう役目は終わったわ。返しなさい、リアン』
女神が俺に手をかざす。俺からスキルを奪い取り、俺ごとこの世界を消滅させるつもりなのだろう。
だが――俺の脳内に、初めて聞く無機質なシステム音声が響いた。
《権限エラー。スキル【状態編集】の所有権は、使用者リアンに永続的にアサインされています。譲渡および剥奪は不可能です》
「!」
女神の目が、初めて驚愕に見開かれた。
『……ありえない。創生の女神である私から、被造物が権能を奪うなど……!』
「悪いな。あんたが作った玩具は、どうやら、あんたの手を離れたらしい」
俺がニヤリと笑うと、女神の表情から、ついに神々しさが消え失せた。
代わりに浮かんだのは、純粋な殺意と、屈辱に歪んだ憎悪。
『――ならば、良いわ』
世界の空気が、凍る。次元が、軋む。
『権能ごと、塵になるまで、消し潰してあげる』
女神が指を振るう。
それは、星すらも砕くであろう、純粋な“破壊”の概念そのものだった。
世界の理不尽の頂点に立つ、本物の神が放つ、終焉の一撃。
最後の“ざまぁ”の相手は、どうやら、俺をこの世界に呼んだ神様、ご本人らしい。




