第三話:【スキル対象、お前のズボン】
ギルドの廊下。俺の目の前には、Aランクパーティ『紅蓮の獅子』の美少女魔術師、セラフィナ。
その顔は、まるで茹でダコみたいに真っ赤だ。
(うわ、めんどくさ……)
前世じゃ女っ気ゼロの社畜だった俺に、美少女とのコミュニケーションなんざ、黒天竜を素手で倒すより難易度が高い。
「あ、あのっ……!」
セラフィナが、蚊の鳴くような声で口を開いた。
「こ、この前は、その……ご、ごめんなさい! わ、私たちのリーダーが、あなたに無礼なことを……!」
「ああ、あの称号(笑)のやつか」
「(笑)!? ……そ、そうじゃなくて! 別にあんたの実力を認めたわけじゃないんだからねっ! た、ただ、助けてもらったのは事実だし、その、お礼くらいは、って……」
出たー! これが噂に聞くツンデレか!
面倒だが、ちょっと面白い。俺がニヤニヤとその様子を観察していると、廊下の角から、聞き覚えのある不愉快な声が響いた。
「セラフィナ! こんなFランクの雑魚に何の用だ!」
現れたのは、もちろんあの男、ゼイド・ランスター。俺を見るなり、その目は嫉妬と憎悪の炎でギラついている。
「覚えてろよ、リアン! あの竜の一件は、貴様が何か卑怯な魔道具を使っただけだ! 俺がそれに気づかなかったのが運の尽き……。だが、もう騙されん!」
「ゼイド、やめて! 彼に助けてもらったんでしょう!?」
「うるさい! 俺はこいつを認めん! おいリアン! 俺と決闘しろ! 今ここで、どっちが本物か、はっきりさせてやる!」
うわ、こいつまだ懲りてなかったのか。
称号(笑)の男は、俺が受けるのが当然とばかりに、腰の剣に手をかけている。
周りの冒険者たちも、面白そうに遠巻きにこちらを見ている。
(はぁ……。なんでこう、面倒事が好きな奴ばっかりなんだ……)
だが、ここで断ってもしつこく絡んでくるのは目に見えている。
俺は、わざとらしくため息をついた。
「いいぜ。ただし、一撃だ。一撃で俺に触れられなかったら、お前の負け。二度と俺に絡むな」
「上等だ! 一撃どころか、塵も残さん!」
◇
場所はギルドの訓練場。
噂を聞きつけた野次馬で、周りは黒山の人だかりだ。
「見とけよ、リアン! これがAランクの実力だ!」
ゼイドは剣を構え、膨大な魔力を練り上げ始めた。剣先が真紅の光を帯び、空間がビリビリと震える。
「俺の奥義……【紅蓮新星】! 全てを焼き尽くす、一撃必殺の剣だ!」
おお、なんかカッコいい。
野次馬たちも「あれはゼイドの必殺技だ!」「直撃すればSランクモンスターですら無事では済まんぞ!」と盛り上がっている。
だが、俺は欠伸を噛み殺しながら、静かにスキルを発動した。
【状態編集】。ターゲットは、ゼイドが今まさに放とうとしているスキル、そのもの。
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スキル名:紅蓮新星
効果:炎を纏った超高速の斬撃を放つ。
対象:敵対者
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なるほど。確かに強力そうだ。
だが、俺の前では無意味。俺は、その「対象」の部分を、ちょいと書き換えた。
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スキル名:紅蓮新星
効果:炎を纏った超高速の斬撃を放つ。
対象:術者が履いているズボン
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編集完了。所要時間、0.05秒。
「くらええええええええ!」
絶叫と共に、ゼイドが俺に向かって突進してくる。
彼の剣が、紅蓮の輝きを最大に放った、その瞬間。
シュバッ! ビリビリビリーッ!
ゼイドの剣は、俺に届くことなく、虚空を斬った。
いや、違う。彼の剣閃は、目にも留まらぬ速さで、彼自身の腰の辺りを薙ぎ払っていた。
「「「「………………え?」」」」
訓練場の全員が、固まった。
ゼイドの動きが、ピタリと止まる。
そして、彼が履いていた高級そうな革のズボンが、まるで鋭利なカッターで切り刻まれたかのように、縦横無尽に切り裂かれ、ハラリ、と下に落ちた。
後に残されたのは、真っ赤なハート柄のパンツ一丁で、必殺技のポーズのまま固まっている、Aランク冒険者の哀れな姿だった。
「……………」
「……………」
「…………ぷっ」
誰かが、噴き出した。
それを皮切りに、訓練場は、今日一番の爆笑に包まれた。
「ぶははははは! なんだ今の!」「ハート柄! ダセェ!」「奥義で自分のズボンを切り刻むとか、新しすぎるだろ!」
「あ……あ……ああ……」
ゼイドは真っ赤な顔でわなわなと震えると、
「うわあああああああああああん!」
と、ガチ泣きしながら訓練場を走り去っていった。
俺はセラフィナに向き直る。彼女は、顔を赤くしたり青くしたりしながら、プルプルと震えている。
「……ああいうバカとつるむのは、やめとけ」
それだけ言い残して、俺は野次馬たちをかき分け、その場を去った。
これで少しは静かになるだろう。そう思った、矢先だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
突如、空が暗転した。
昼間のはずなのに、世界が真夜中のような闇に包まれる。街中の人々が空を見上げ、悲鳴を上げた。
王都の上空に、巨大な、血のように赤い魔法陣が広がっていたのだ。
そして、世界そのものを震わせるような、おぞましい声が響き渡った。
『聞け、矮小なる人間どもよ。永き眠りの時は終わった』
『我が主、魔王ザルガード様が目覚める。貴様らの時代は、ここで終わりだ』
絶望的な宣言。それは、この物語が、単なる冒険者の“ざまぁ”劇では終わらないことを告げる、破滅の序曲だった。




