第二話:【ステータス、豆腐】
黒天竜が光の粒子となって消え去った後。
俺、リアンは欠伸をしながら冒険者ギルドの扉を開けた。目的は一つ、討伐報酬の受け取りだ。
「……」
「……」
シン……と、あれだけ騒がしかったギルドが、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。全ての冒険者の視線が、恐怖と、畏怖と、そして少しの好奇を混ぜた色で俺一人に突き刺さる。
(うわ、めんどくさ……)
前世の社畜根性が染みついた俺にとって、注目を浴びるなんざ苦痛でしかない。
さっさと金を貰って帰ろう。そう思った矢先、カウンターの奥から、ドワーフ族特有のがっしりとした体躯の男――このギルドのマスター、ボルガンが血相を変えて飛び出してきた。
「き、貴様……いや、リアン君! ちょっと奥に来てくれたまえ!」
有無を言わさず、ギルドマスター室に連行される。
ボルガンはゴクリと唾を飲み込み、震える声で尋ねた。
「単刀直入に聞こう。……君は、一体何者だ? あの黒天竜を、どうやって……? あの状況、ハッタリや小細工でどうにかなるレベルでは断じてなかったぞ!」
(そりゃまあ、ステータスを書き換えただけだからな……)
説明するのも面倒だ。俺が「小石を投げたら死んだ」と事実を告げると、ボルガンの額に青筋が浮かぶ。
「ふざけるのも大概にしたまえ! こちらは街の存亡がかかっていたのだぞ!」
ドガァン! と、その時。
ギルドマスター室の扉が、乱暴に蹴破られた。
「ボルガン! 黒天竜を討ったという小僧はどこにおるか!」
現れたのは、やたらと派手な装飾の服を着て、垂れた目と突き出た腹が不快感を煽る、絵に描いたような俗物デブ。この街の領主、グルーマン子爵だ。
「子爵様! なぜここに……」
「とぼけるな! 貴様のギルドがSランク冒険者でもない雑魚を使い、偶然にも竜を仕留めたという報告が入った! そいつが使った古代の魔道具は、この私が管理するのが筋であろう!」
ああ、なるほど。手柄と、俺が使った(と勘違いしている)アイテムの横取りか。あまりのテンプレ展開に、逆に感心するぜ。
子爵は俺を値踏みするように睨めつけると、フンと鼻を鳴らした。
「なんだ、こんなガキか。おい、小僧。お前が竜を倒すのに使った魔道具を差し出せ。そうすれば、我が騎士団の末席に加えてやらんでもないぞ?」
高圧的な態度。俺が断ることなど微塵も考えていない、王者の風格(笑)だ。
俺はスキル【状態編集】を、子爵に向けてそっと発動させる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:グルーマン・ド・ヴァイユ
称号:強欲の豚、税金泥棒
状態:不倫中、軽度の痛風
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
(うっわ、役満じゃねえか……)
俺はわざとらしく、深いため息をついた。
「嫌です」
「な……に……?」
「あんたみたいな胡散臭いデブの下で働くなんて、冗談じゃないんで」
子爵の顔が、みるみるうちに豚レバーのような色に変わっていく。
「き、貴様あああ! この私を誰だと思っている! 無礼にもほどがあるぞ! 者ども、こやつを捕らえよ!」
子爵の後ろに控えていた重装騎士たちが、一斉に剣を抜く。
ギルドマスターのボルガンが「お、おやめください!」と慌てて間に割って入った。
「子爵様! ギルド内で冒険者に手を出すことは規則で……!」
「黙れドワーフ! 私の命令が聞けんのか! 私が纏うこの【ミスリル魔光鎧】は、並大抵の攻撃など通用せんのだぞ! この小僧が何をしようと、傷一つつかんわ!」
子爵はそう言って、自分の着ているキラキラした鎧を、ドヤ顔で叩いてみせた。
なるほど。あれが奴の自信の源か。
俺は再び【状態編集】を発動。ターゲットは、その鎧。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名称:ミスリル魔光鎧
防御力:25,000
材質:最高級ミスリル銀、魔光石
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
(へえ、確かに一級品だな。……まあ、関係ないけど)
俺は、そのステータスを、チョイと書き換えた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名称:ただの豆腐
防御力:1
材質:遺伝子組み換え大豆(昨日の特売品)
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
編集完了。所要時間、0.08秒。
「はーはっはっは! どうした小僧! 私の鎧を見て恐れ慄いたか!」
高笑いする子爵に、俺は憐れみの目を向けた。
「なあ、あんたの騎士さんよ。その鎧、本当に硬いのか? ちょっと突いてみなよ」
「な、何を……」
騎士の一人が、俺の言葉に戸惑いながらも、子爵の命令で、持っていた槍の柄で子爵の胸当てを軽く「コン」と突いた。
――その瞬間。
ぐにゃり。
最高級ミスリルで作られたはずの鎧が、まるで熟れた柿のように、ぐにゃりと歪み、無残にひしゃげた。
「「「「…………え?」」」」
騎士も、ボルガンも、そして鎧を着ている子爵本人も、何が起きたのか理解できていない。
騎士がもう一度、今度は恐る恐る指で鎧を突いてみる。
ぷに。
その指は、まるで湯葉を突き破るかのように、ズブリと鎧にめり込んだ。
そして、鎧は形状を保てなくなり、ドロドロ、べちゃべちゃと崩れ落ち、床に白いペースト状の何かをぶちまけた。後には、派手な下着一枚になった、醜いデブが一人。
「ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
子爵は悲鳴を上げると、腰を抜かし、泡を吹きながら気絶した。
静まり返るギルドマスター室。
ボルガンは、床に散らばった“豆腐だったもの”と俺の顔を、信じられないものを見る目で見比べている。
「……リアン君」
「はい」
「……君のランク、特例でSにしようと思うのだが」
「いえ、結構です。Fランクの方が、目立たなくて楽なんで」
俺はそう言い残し、気絶したデブと呆然自失のギルドマスターを部屋に残して、廊下に出た。
すると、廊下の壁に寄りかかって、Aランクパーティ『紅蓮の獅子』の美少女魔術師、セラフィナが待っていた。
「あ……」
俺の顔を見るなり、彼女は顔をカッと赤らめ、俯いてしまう。
そのステータスを覗いてみれば、【状態:心臓バクバク、リアンが気になる(好意)】の文字。
(うわ、一番めんどくさいのが残ってた……)
どうやら俺の平穏な異世界ライフは、まだ当分、始まりそうにない。




