第二話 迷宮での初めての一歩
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この物語は、ゲーム廃人フリーター → 異世界転生 → 迷宮の最深部スタート という無茶ぶりから始まります。
主人公・篠宮カイは、
ゾンビのようなアンデッドの身体
説明書なしのチートスキル《不死再生》
安物の初期装備でラスダン生活
という、誰が見ても「詰み」な状況から生き延びようと足掻いていきます。
今回はその第2話「迷宮での初めての一歩」。
いきなり現れたスライム相手にすら敗北寸前、ようやく気づいたのは「自分が死なない身体」だという事実。
まだ戦い方を知らない主人公が、イメージトレーニングから再起を図ろうとする……そんな回になっています。
異世界転生・チートスキル・迷宮探索ものが好きな方はぜひお付き合いください!
湿った石の匂いと冷たい空気が肺を刺した。
篠宮カイは背を壁に預け、荒い息を整えながら自分の手を見下ろす。
――灰色。
細身だった指は節くれ立ち、爪は黒く尖っている。照明もない迷宮の闇の中でも、嫌でもその異形が目に入った。
「……うわ、マジでゾンビ手じゃん。ホラー映画なら真っ先に焼かれるタイプ。」
苦笑いで恐怖を紛らわせる。だが心臓は鈍い鼓動を刻み、全身を巡る血流はどこか冷たい。
人間ではない。もう戻れない。
それでも――不思議と死の実感はなかった。
恐怖より先に「現実感」が遅れて押し寄せてくる。
「落ち着け、落ち着け……。ゲームだと思え。俺のアバター、ちょっと見た目が悪いだけ。そういうことにしとこう。」
そう呟いて深呼吸し、手に持つ黒い端末へ視線を移す。
スマホに酷似した「マギ・デバイス」。
画面をスワイプしてもアプリはなく、浮かぶのは複雑な紋様とステータス画面だけ。
《固有スキル:不死再生 文明構築 防御極振り パリイ》
「……いやいや、あるのは分かってんだよ。でもどうやって使うんだこれ。」
タップしても、声に出しても反応はない。まるで説明書のないゲームを渡された気分だった。
仕方なくデバイスを握りしめたまま歩き出そうとして――カイはふと立ち止まった。
「……あれ?」
さっき「ポケットに突っ込む」と自然に思ったのに、探してみればデニムの感触はどこにもない。
苦笑いで恐怖を紛らわせつつ、自分の服装に目をやる。
着ているのは現実で着ていたTシャツでもパーカーでもなく、まるで墓場から這い出たゾンビのような衣服だった。
布地はところどころ破れ、縫い目は解けかけ、濡れた血か泥のような黒い染みが斑に残っている。
袖口や裾はぼろぼろに裂け、風に揺れるたびにほつれ糸が垂れ下がった。
腕には錆びついた鉄片を無理やり巻き付けたようなガントレット、脚を覆うズボンも麻布が腐食したかのようにざらつき、ところどころ穴が空いている。
足元のブーツは革がひび割れ、片方は底が半分剥がれかけていた。
ポケットを探しても、当然ながらデニムのような収納はなく、腰には小さなポーチがぶら下がっているだけだった。
「……あ、俺ゲームキャラのコスプレしてんのか。しかも安物装備。」
自嘲まじりに呟いてみても、ガントレットの冷たさが現実感を強めるだけだった。
足元には薄く水が溜まり、踏み込むたびにチャプチャプと音を立てる。
天井は高く、ひび割れた岩の隙間から水滴が一定のリズムで落ちてくる。苔が繁殖しているのか、ほのかに緑色の光が散っており、通路全体が薄暗い蛍光を帯びていた。
耳を澄ませば、ぽたり、ぽたり、と水滴の落ちる音が心臓の鼓動と重なり、不気味なリズムを刻んでいる。
「……迷宮の最深部って、もっと宝箱とかボス部屋っぽいの想像してたんだけどな。」
冗談を口にしてみても、声は湿った空気に吸われるように消えていく。
その孤独感がかえって現実感を強め、ようやく「ここで生き延びなきゃならない」という実感が胸に広がった。
足元の水面が揺れたかと思うと、半透明の塊がずるりと這い出してきた。
ゼラチンのように脈動し、内部の赤黒い核がぬめぬめと光る。
「……スライム? いや、ゲームと全然違う、キモッ……」
思わず後ずさる。だがスライムは容赦なく跳ね上がり、カイの腹部に直撃した。
鈍い衝撃が全身を突き抜け、肺の空気が一気に押し出される。
「がっ……は……!」
呼吸が乱れ、背中が石畳に叩きつけられる。
起き上がろうとするが、身体は重く、反射的に出した拳はゼリーを叩くように沈むだけだった。
爪は鋭いはずなのに、力の入れ方も分からず、ただ無駄に表面を引っかくだけ。
スライムは何度も跳ね、カイの胸や肩を打ち据える。
石畳に叩きつけられるたびに視界が揺れ、頭の奥で警報のような鼓動が鳴った。
濡れた石の冷たさが背中にまとわりつき、肺が潰されるような息苦しさに視界が滲む。
「や、やべ……ほんとに死ぬ……!」
骨が折れてもおかしくない痛み。
なのに――致命的な感覚は来ない。ただ、ひたすら苦しく、痛く、逃げ出したいのに動けない。
必死で体をよじり、なんとかスライムの体当たりを外す。
濡れた床に転がり、咳き込みながら壁際まで這い下がった。
「……っはぁ……はぁ……っ……なんで、まだ動ける……?」
胸は押し潰されるほど痛い。腕も脚も震えている。
けれど、立てないほどではない。血は出ていない。折れていると思った骨も、違和感はすぐに消えていく。
ただ「不思議と死なない」という違和感だけが残った。
――結局、スライムは動きを止めず、じわじわと近づいてくる。
逃げなければ。戦うことなんてできない。
震える脚に力を込め、カイは闇の奥へと駆け出した。
「……クソッ、俺、マジで雑魚モンスターにすら勝てねぇのかよ!」
自嘲にも似た叫び声が、湿った通路に響いた。
その背中を追うように、迷宮の闇が深く広がっていった。
どれほど走ったか分からない。
喉は焼けつき、肺は悲鳴を上げ、足は鉛のように重い。
それでもついに、追いかけてくる水音が遠ざかり、静寂が戻った。
カイは壁に背を預け、ずるずると崩れ落ちる。
荒い息を繰り返しながら、胸に手を当てて驚いた。
「……痛く、ない?」
さっきまで何度も叩きつけられ、潰れそうだった胸骨。
肩も腕も全身が痣だらけのはずなのに、皮膚に触れても腫れはない。
息苦しさはあるが、血は出ていない。折れていると思った骨も、まるで夢だったかのように違和感が消えていた。
「……これ、回復魔法? いや、誰もいねぇし……」
自分でも説明がつかない。
だが確かに、致命的なダメージが跡形もなく消えている。
「……まさか、《不死再生》って……」
胸の奥で鈍く刻まれる鼓動が答えを告げているようだった。
死なない。少なくとも、常人なら即死の衝撃でも、自分は立っている。
その事実に、背筋がひやりとした。
しかし気づいてしまったからといって、戦えるわけではない。
さっきのスライムの動きを思い出すと、体が自然に震えた。
――跳ねて、ぶつかってくる。
反射的に拳を突き出したが、手応えはなかった。
爪の使い方も分からない。どう動けばいいのかも分からない。
「……イメトレでもしてみるか……」
息を整えながら、カイは目を閉じた。
頭の中で、スライムの突進をかわす自分を想像する。
タイミングを合わせ、爪を振るう。
イメージの中ではうまくいくが、現実で通じる保証はない。
それでも――ただ怯えているよりはマシだ。
次に遭遇したとき、せめて一発はまともに反撃できるように。
湿った闇の中、篠宮カイは不格好な姿勢のまま、ぎこちない戦闘のイメージを繰り返していた。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
第2話では、
初めての敵=スライムとの遭遇
ボコボコにされながらも「死なない身体」に気づく
それでも戦えない自分に苦悩し、必死にイメージトレーニングを繰り返す
という流れを描きました。
いわゆる「異世界チートもの」ですが、序盤は無双ではなく、努力と試行錯誤で少しずつ強さを掴んでいく主人公を書きたいと思っています。
次回・第3話では、再びスライムとの戦闘が待ち受けます。
果たしてイメトレ通りに動けるのか、それとも再び敗北してしまうのか――。
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今後も「不死スキル × ゾンビ主人公 × 迷宮サバイバル」という異世界転生の新しい形をお届けしていきますので、ぜひよろしくお願いします!




