後編 第三章 母との約束の地へ / 第四章 約束の始まり
第三章 母との約束の地へ
次の日の朝、本当に桜は来た。向かっている途中に桜に聞いたが、うちのおばさんと桜は気が合うようで、桜が大学生になってから、たまに一緒にカフェに出かけるらしい。
博多駅には予定通り七時過ぎに着いた。叔父さんは朝早くは車がなくて、運転がしやすかったと妙に上機嫌で帰っていった。
「まずは、私の切符を買うんだよね?」
桜が意気揚々と僕に話しかけてきた。
「そうだよ。前は一枚買えば二人で使えたみたいだけど、今は一人でしか使えないんだって」
一八切符の話を聞いた時、父さんが言っていた。母さんと二人で一枚を使って乗っていたそうだ。窓口で切符を買ってホームに向かう。切符を買っていたら少し予定より遅くなってしまった。まばらだった駅の中は少しずつ人が多くなってきた。
ホームに向かっている途中で、朝食を買うためにコンビニに寄る。
「勇斗、何食べる?」
桜が自分が食べるパンを、選びながら僕に聞いてきた。
「僕はこれだよ」
僕は桜におにぎりを見せた。
「明太子?なんで嬉しそうなの?どこにでもあるじゃない」
桜は首を傾げた。
「姉ちゃん。違うよ。明太子おにぎりって僕が住んでいる地域ないんだよ」
「え、そうなの?」
「そうなの。だから楽しみだったんだ」
僕がよほど楽しみにしていたことがおかしかったのか、桜はクスクスと笑った。
ホームでおにぎりを食べていると電車が到着した。電車には人がたくさん乗っていたが、扉が開くと人が波のように出てくる。電車の中にはほとんど人がいなくなった。
「人がすっかりいなくなったね」
桜が珍しいものでも見るように呟いた。
「桜ネェちゃん、どうしたの?」
「ん、いつも電車に乗る時は、みんなと同じ方向に乗るから人が多いんだんよね。みんなと違う方向に行くってこんなに、人が少ないんだと感じただけ」
桜に言われて考えてみると、自分も毎日学校に行くときに満員バスに乗っているが、反対車線のバスはほとんど乗っていない。
「あぁ、そういうことね。確かにね」
「でしょ?」
僕らは顔を見合わせて少し笑った。
「最初の乗り換えは大牟田だっけ?」
電車に乗って、しばらくして桜が次に乗り換える駅を聞いてきた。青春一八切符は普通と快速電車しか乗れない。したがって乗り換えが必要になる。
「うん。それまでは乗っているだけだね。あのさ、桜ネェちゃん」
僕は桜がなぜ一緒に来たのか、どうしても知りたかった。
「何?」
「桜ネェちゃんが行こうとしてたのって、もっと普通の旅行だよね?こんな電車ばっかりしか乗らないので良いの?」
突然、桜にデコピンされた。僕は痛くはなかったが、なぜされたか分からずおでこを抑えた。
「別にいいの。この旅行はいつも行ってる旅行とは全く違うから、楽しみで仕方ないんだ、君は気にしないの」
そう言うと、桜は外の風景を見ながらコンビニで買った飲み物を飲み始めた。僕もそれから何を話して良いのか分からず、そこからしばらく言葉は出なかった。
乗り換えの駅では客がまばらで、僕らは比較的、簡単に乗り換える事ができた。
「もう乗換えはないんだよね」
僕はスマホの乗り換えアプリを確認する。
「熊本まではないよ」
「意外と簡単だね。そういえば、勇斗はなんでまっすぐ大分に行かないで熊本に行くの?」
「熊本城に行きたくてね、小学校の頃に母さんとたまに来てたんだ。地震があって、修復が終わったら一緒に来ようねって約束してたんだけど、そのまま死んじゃったから、高校出るまでにもう一回行きたいなと思ったんだ」
「おばさんがね。そうなんだ」
桜は母さんとも面識があって、よくみんなで遊んで笑っていた事を思い出した。
「うん。次は二人で来ようねって指切りしてそのまま」
あ、悲しい話題になってしまった。桜も何を言って良いのか分からず黙ってしまったみたいだ。僕はあわてて頭に浮かんだ言葉を口にした。
「あとは熊本の名物を食べにね」
「熊本の名物ね。そういえば気にしてなかったから調べてないや、何があるの?」
スマホで調べた名物を桜に見せてあげた。桜は楽しそうに見ながら、自分でも調べてみると言って、熊本に着くまでの短い時間で、何を食べるかで盛り上がった。熊本駅に着くと路面電車に乗り換えて移動したが、桜は始めてだったらしく、
「町中を電車が動いてる。車と同じ道路だね」
と物珍しそうに外を見ていた。そして熊本城についた頃にはすっかりお腹が減っていた。
熊本城はまだ修復中だったが、天守閣など入ることができ、どこか威厳があり僕は感動した。横にいる桜は写真を撮って楽しんでいた。桜が思い出と言って、僕達は熊本城が映るようにして写真を撮った。おぼろげだが昔、母さんと一緒に来た時もこうやって写真を撮ってた覚えがある。あの時にもまた来ようねって指切りしてたっけ。地震があってそのままになってしまった。子どもの頃は、たまに母さんと指切りしてたな。
「勇斗、小指を見てどうしたの?」
桜が不思議そうに僕を見る。
「何でも、ないよ。暑いからアイスでも買わない?」
何やら桜は腕組みして、一分ほど考えていた。
「魅力的だけど、お昼のラーメン食べてからにしよう」
「なんだ。そんな事考えてたの」
桜は頬を膨らませた。
「デザートは大事な事だよ」
僕は必死で笑いをこらえた。その後、僕達は熊本ラーメンを食べて大分に向かった。熊本ラーメンは博多ラーメンと同じ豚骨だったが、具材や麺が違いがあり美味しかった。
電車で景色を見ていると桜に声をかけられた。
「勇斗は進学するの?」
「そのつもりだよ」
「何かやりたいものでもあるの?」
「それが何もないんだよね。ただ行けそうな所に行こうとしている。ネェちゃんは大学行ってるんだよね。楽しい?」
桜からの答えは一瞬、間が空いた。
「楽しいは楽しいけどね。それだけかな。私も勇斗と同じ感じで、行けそうな所に行っただけなんだよ」
桜の反応は不思議だった。
「楽しいのは悪いの?」
「悪くはないよ。大学の周りも似ている人が多いから、就職も私は順調だったから決まったしね。でも友人の中にはやりたい事をやるために大学に行ったり、在学中に起業したりしてる人もちらほらいるからね。そんな人を見ていると、私は何もしてないなぁと最近感じてね。ハハハ、気にしないでね」
桜は窓から空を見つめる。桜の表情は少し寂しそうに感じる。桜は何を言ってるんだろうか?
桜の言葉の意味が分からないまま、電車が乗換の駅に到着した。乗換をすると桜は眠たくなったと仮眠を初めたので、この話はすることはなかった。
桜が寝ている間は本を読むことにしたが、桜のさっきの言葉が僕の頭から離れずにいた。
何もしてないとはどういうことだろうか?僕の周りは、大学に行くのが目的の人も多い。大学に行った後の事は特に考えていない人も多くいる。ただ漠然と遊べるものだと思っている。僕もその中の一人だった。進学してからの事を考えているうちに、寝てしまったらしく、桜に声をかけられた。
「勇斗。起きて、次の乗換じゃない?」
うっすらと目を開けると、何かに頭をのせているのを感じた。見てみると桜の肩だった。恥ずかしくなって慌てて頭を上げると、桜は悪戯っぽい顔をする。恥ずかしくて桜の表情をまともに見られず、顔をそらした。
その顔を見て満足したのか、桜は駅に着くと先に降りてしまった。次の電車を待っている間、二人はホームの椅子に座ることにしたが、僕はさっきの出来ことが気まずくて言葉がでない。
「ねぇ、勇斗」
突然、名前を言われビクッとしてしまった。
「な、何、姉ちゃん?」
声も少し裏返ってしまった。
「もしかしてさっきので、ドキドキしてる?」
見透かされるていたようで僕の顔は熱くなる。姉ちゃんはクスクス笑う。
「気にしないでよ。なにか用事?」
「ごめんね。さっきの話なんだけどさ」
「何もしてなかった話?」
「その事。あのさ、明日までにさ、二人で目標を見つけない?」
「二人で?」
桜は頷いた。
「お父さんにも言われてるんでしょ?やりたい事を考えろって。私は社会人になってからの、勇斗は大学生になってからの目標」
急に言われて、頭を巡らせたが言葉がでない。
「どんなに小さい事でも良いからさ。期限は明日の勇斗が飛行機に乗るまでね」
そこで電車がきた。桜は電車に乗ると、好きなドラマの話を初めて、大分までの時間はあっという間に過ぎていった。
第四章 約束の始まり
「着いたー」
桜が大きく背伸びをした。僕もつられて背伸びをする。普通列車だけで福岡から大分まではさすがに時間がかかった。福岡は八時にでたのにもう夕方になっていた。
駅から外に出ると、すでに祖父が車で迎えに来てくれていた。僕が来る事よりも、桜が来るのを祖父は楽しみにしていたみたいで、祖父は桜に質問を沢山していた。
家に着くと、祖母が玄関からでてきた。
「二人共、よく来たね。桜さんも疲れたろ。先にお風呂にでも浸かりなさいな」
「お気遣いありがとうございます。そしたらお言葉に甘えて、お風呂いただきますね」
僕らはそれぞれ別の部屋に通された。僕は少しホッとした。桜と一緒だったら、ドキドキして眠れなかっただろう。
居間に行くと桜はお風呂から上がり、祖父とお酒を飲み始めていた。その様子を見て、祖母がこっそり教えてくれた。
「あの人ったら若い人と飲むのが久しぶりで、なんだか由香が帰ってきた気分になってるみたい。勇斗とも久しぶりなのにね」
由香は母の名前だ。そういえば母が生きてた頃は父と良くお酒を飲んでたっけな。
食事の後、お風呂に入って居間に戻ってみたが、桜は祖父とまだお酒の話で盛り上がっていたので、先に自室に戻ることにした。
時間を確認するとまだ九時前だった。僕が住んでいる地域では、この時間はまだ車の音や人の声が聞こえる。しかしここは静かだった。街灯の光も少なく、地元とまるで違っていた。僕は窓際に座って外を見た。空には月と星しかなく、なんだか吸い込まれそうな気になってくる。
「目標か・・・」
そういえば自分でこれがしたいっていう目標を決めた事がない気がする。高校と今回の受験は行けそうな所を探した。これがしたいって気持ちで選んでない。耳を済ますと虫の音が聞こえる。子どもの頃に来た時は、気づきもしなかったな。
外を眺めていると、コンコンと扉の音が聞こえてきた。開けると桜が立っていた。
「どうしたの?」
僕の質問に彼女はなんとも言えない表情をして答えた。
「ちょっと良い?」
「良いけど」
桜はゆっくりと部屋に入る。片手にはビールを持っている。
「お礼が言いたくてね」
お礼?何か感謝されることはあったかな?。
「ここらへんは涼しいね」
桜に言われ気付いたが、冷房を付けないで窓を開けているがそれだけで涼しい。
「そうだね。地元の夜はまだ冷房いるしね」
「福岡もだよ」
桜は嫌そうな顔をする。桜は縁側に座った。僕にも横に座る様に促す。僕は促されたまま座った。桜は暗い空を見上げながらゆっくりと話し始めた。
「昨日の空港の事なんだけどね、彼氏だったんだ。一つ年上の」
桜はビールを一口飲む。静かに話す桜を見て、僕はドキドキしてしまう。
「向こうは就職で北海道に行っちゃってね、久しぶりに合う予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったんだ」
桜はもう一口ビールを飲んだ。桜が話をしなかったら、辺りは虫の声しか聞こえない。
「電話を切った後、ラインが来てね。遠距離は無理なんだって」
桜は寂しそうにビールの缶を見る。僕はじっと桜を見つめる。
「結構好きだったからショックでね。どうすればいいか分からなくてさ、勇斗に再会して、旅行に誘ってもらって結構助かったんだ」
桜は僕の顔を見る。僕はお酒で頬が赤らんでいる桜を見て、心音が早くなるのを感じる。
「ありがとうね。勇斗」
桜はニコと笑った。何を言って良いのか戸惑っていたら、桜はすくっと立った。
「言いたかったのはそれだけ、おやすみなさい」
桜は自室に戻っていった。明日はどんな顔で会えば良いのか分からず、桜が出ていった扉をしばらく見ていた。
次の日の朝、桜は普通に話しかけてきた。
「おはよう。今日は何時に福岡に着くの?」
僕は平常心を装いながら桜の質問に答えた。
「一八時の飛行機だから、それまでに戻る予定だよ。どっか寄りたい所ある?」
桜は少し考えると、何かを思い出した顔をする。
「大分といったら中津唐揚げだね。食べに行こうよ」
唐揚げか、名物で出てたな、あまり唐揚げには興味がなかったから、頭に入ってなかった。すぐに調べて見ると途中の駅におすすめの店があった。
「途中の駅みたいだから、ここでお昼ごはんにしよう」
「やった。決まりだね」
その後、祖父に駅まで送ってもらった。祖父母は僕達が来たのが嬉しかったらしく、また来るように言ってくれた。何なら、桜一人でも良いとも言っていた。
僕達は電車の中で、唐揚げの店はどこが良いかで盛り上がって、結局は店を数件回ることに決めた。駅に着くと時間の許す限り回った。電車に乗る頃には僕達はお腹いっぱいになって笑いあった。この旅行も後は福岡に帰るだけになった。
桜はまた窓から外を見ていた。
一緒に窓から外を見ながら、今回の旅行の事を考えた。今回は初めて自分で旅行を考えた。途中で桜と再会した事も、楽しかった一つだ。今回は進学して、何をしようかと考えるための旅行だったがそれが桜との約束に変わった。
旅行では福岡、熊本、大分と三つの県を移動してきた。食べ物も景色も気温すらも違った。同じ日本で全然地元と違った事に内心驚いているし、両親が一八切符を使って楽しんでいたのも目に浮かぶ。僕も、もっといろいろ見てみたくなってきた。
「桜ネェちゃん、僕は進学したらバイトして、たくさん旅行して、いろんな所を見て回るよ。それが目標だとだめかな?」
「良いんじゃないかな。私は立派な社会人になるのが目標かな」
桜はなにか吹っ切れたような顔をしていた。
福岡に着くと、桜は空港まで送ってくれた。
「桜ネェちゃん。楽しかったよ」
「こちらこそ、ありがとう」
桜は背伸びをした。
「私もあと、半年の大学生活を楽しみますか」
「程々にね。またね」
桜は苦笑いを浮かべた。
「はは手厳しい」
桜は一回、小さく深呼吸をした。
「一年後また会わない?」
心のどこかでこれで彼女とは最後だと感じていたから、彼女の言葉は思いもよらなかった。
「え?」
「報告会も兼ねてさ」
突然の申し出に、僕は戸惑ってしまった。桜は僕の反応を見てくすっと笑った。
「ほら約束」
桜は小指をだした。
「え」
僕は身構えてしまった。指切りをすると母さんと同じで、会えなくなってしまう様に思えたからだ。桜は優しく微笑えんで、はっきりした声で僕に話しかける。
「お母さんとの大事な思い出だから」
桜はじっと僕を見る。その瞳に吸い込まれるのではないかと思えるほどに。
「だから、今度は絶対に守る指切りをしよう」
僕は小さく頷き、震える指を絡ませた。 終わり
母との最後の約束、そして未来への約束、旅を通して答えを見つけていく主人公の成長を書きました。楽しんでいただけたでしょうか?
もっと他の旅行の話を読みたい、あるいは別のジャンルを読みたい等の意見もお待ちしています。