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ちょっとした下宿生活の始まり。第二話

 海に落ち、三海島という島に流れ着き、海原家に救われ、家に帰れる目途が立ったものの、次の船が一週間後ということで、少しの間海原家に下宿させてもらうことになった。

 「あの、失礼ですけど、お母さんっていないんですか?」

俺はさっきから気になっていたことを聞いてみた。考えてみればデリカシーのない発言であったと、あとから気づいた。

「あー、ママは本土で仕事してるよ。週末にだけここに帰ってくるよ」

「はぁ、じゃあ俺が会うことはなさそうですね」

「そうだ! この島にいる間だけでも、島の仕事のお手伝いでもしてもらおうかな」

唐突に康さんが学びになりそうな提案をしてくれた。

「頭を使うようなものでなければ、できると思いますけど。いいんですか?」

「そんなにお仕事したいの?」

「いや、引きこもりやってた俺にはいい経験というか、いい薬になるんですよ。たぶん……」

「じゃあ、今から挨拶だけ行こうか」

「えっ、あ、はい。わかりました。かばんだけとってきます」

俺は立ち上がってかばんを置いた廊下に体を向けた。

「靴は玄関に置いてあるけど、びちょびちょだから、サンダルか下駄でも用意しておくね」

「お構いなくー」

「いや、濡れた靴を履いたら足が濡れて、家に上がったとき濡れちゃうから、下駄とか履いてほしいんだけど」

「失念してました。すみません。そういえば靴下履いてないな俺、靴下ってどこですか?」

「なぜか、靴下しか濡れてなかったから靴下だけ脱がせて干しておいたよ」

「それは、何から何まですみません」

「いいんだよ人間助け合いだよ」

康さんは部屋を出て玄関の方へ歩いて行った。

俺は大股で一・二・三歩と進み、廊下のかばんを取った。

「玄関はこっちだよー」

「はーい、今行きまーす」

俺は康さんに諭されて、玄関の方に足を運んだ。

 玄関に行くと、俺のびちょびちょな靴の影も形も水たまりもなく、さっき用意しておくと言っていた下駄は、見間違いや認識の齟齬がなければ……鉄下駄やった。

「うそやろ……」

俺は漫画の真っ黒なトーンを張ったような顔になった。

「あの、下駄ってこのどう見ても鉄下駄なんですか? 冗談ですよね?」

「それ、鉄じゃなくてイリジウムだから、イリジウム下駄だね」

予想の斜め上を行き過ぎて、もう壁じゃんと思えるほどの返答に混乱した。

冗談であれよ。嘘であれよ。ボケであれよ。フェイクであれよ。フィクションであれよ。虚偽であれよ。やめろやめろやめろ、嘘もしくはそれに類するものであってくれ。

「いりじうむイリジウム……イリジウム195……この家終わっててワロス。俺、被爆したんか。あ~、遺書書こ」

それはそうと俺は、絶望交じりのボケをかました。これが、関西人という人種の性なのか、もしかしたら俺自身の生きざまなのかもしれない。

「それ、イリジウム192でしょ? しかもそれ、人工の192じゃなくて天然のだから放射性同位体じゃない……はず……多分」

「どっちにしてもこんなものに使っていい物じゃないのでさっさと売るなり譲るなりしてください。履きますけど」

俺は安全だと聞いて、躊躇なくイリジウム下駄を靴下を脱いで履いた。

「おっも! なんやこれ! 鉄下駄の2.88倍ぐらい重いわ!」

「絶対知ってて履いたよね? というか、海星くんは鉄下駄履いたことあるの?」

「えっ! 履いたことあるの⁉」

俺はわざとらしく驚いた顔を向けて言った。

「こっちが聞いてるんだけど!」

ついに本能によって、康さんのツッコミの能力が開放されたような、勢いのあるツッコミだった。

「そのツッコミの勢いのままに突き進むでぇふ!」

俺はほんとに勢いのままに突き進もうとしたが、自分の履いていたイリジウム下駄によって妨害され、転げてしまった。

「あっぶなこけるとやったわ!」

俺はすぐに立ち上がり、顎に着いた砂を掃った。

「いやいや、盛大にこけてたでしょ、こう顔からズドンって感じで。智花、康弘、お父さんちょっと出てくるからー。康弘頼んだぞー!」

康さんはお兄ちゃんである康弘くんに妹の智花ちゃんをまかせたようだ。

「わかったー! お父さん、W〇iしてていい?」

康弘くんが康さんにゲームの使用許諾を求めた。

「好きなようにどうぞ」

あっさりと許諾を出した。

「まぁ、智花ちゃんは寝てましたし、多分大丈夫ですよね」

「その下駄で歩けるの?」

「用意した人間が言うことじゃないと思いますけど。あと、重くても頑張れば歩けないことはないのでこれでいいです」

「じゃあ明日からもそれでいい?」

「いやいや、明日には靴、乾いてると思うんでそっち履きますよ。こんなもん日常的に使うもんじゃないですよ」

 「それはそうだね。それはそうと、まずは義理のお父さんのところかな?」

康さんが歩き始めたので、俺はそれについて行った。

「義理のお父さんがこの島にいるってことは、奥さんはこの島の出身なんですか?」

「そうだよ。ちなみに僕は「しぞーか」出身だよ」

「「しぞーか」って、「静岡弁」か「しぞーか弁」なのか知りませんけど。よくわからない方言はあんま俺には使わないでくださいね。理解できないので」

「じゃあ、「さ〇やか」って行ったことある?」

「小学生のころに二回か三回ぐらい行ったと思います。たしかハンバーグ食ったんですけど、あんまり覚えてないですね。おいしかったと思います!」

「久々に思い出して、行きたくなっちゃったよ。あ、そうそう、「しぞーかおでん」は食べたことある?」

「関西の人間からするとちょっと濃いかもしれないですね。でも、美味しかったと思いますよ。継ぎ足しで作ってる出汁が黒くなってるやつですよね?」

「わりとよく知ってるね。情報のソースはどこなの?」

「普通に俺は親戚から教えてもらってるだけですよ。ついでに言うと親戚は全国に結構散らばって住んでます。で、どのくらい歩けばいいんですか? 予想以上に疲れて後悔してるんですけど。はぁー」

「もうすぐだよ。あ、ここ左ね」

「そうですか、ってここから登りなんかい! ひぇー」

そう言いながらも俺は康さんとの差を広げることなくついて行った。

下駄の紐に当たっている部分がすごく痛い。簡単に予想できたことである。

 四十メートルほど登ったところで、横に長い建物と一軒家っぽい生活感があふれている建物があった。

「着いたんですか? はぁー、重」

「そうだね、ここが嫁さんの実家だよ。隣の長いのは牛舎だね」

「こんなとこでも牛を育てられるんですね。初めて知りました。はぁー、ふー」

康さんは一軒家の扉を「コンカンバン」と、三回たたいた。

「ごめんくださーい! 康ですー!」

そう言って、康さんが家の中にいるであろうお義父さんを呼び出した。

「はーい、どちらさんですかー」

そう言って中から出てきたのは、炊いたお米のようにふっくらした体系の七十代と思われるおばあちゃんだった。

「康ですよ。婿に入らせてもらった」

「はいはい。で、何の用ですか?」

「この子を一週間だけ預かることになったんですけど。何もしないよりはお仕事の手伝いでもしてもらおかなと思って。お義父さんに頼みに来ました」

「じゃあお父さん呼んできますね」

おばあちゃんは牛舎の方へ康さんのお義父さんを呼びに行った。

牛舎に入って一分ほどで康さんのお義父さんと思われる、細身のどこにでもいそうなおじいちゃんと呼びに行ったおばあちゃんが出てきた。

「なんだ、お前か。で、何の用だ?」

「えーっとですね」

康さんが話そうとするとおばあちゃんが遮って代わりに話し始めた。

「この康くんの隣にいる子をね、一週間預かることになったんですって。それでせっかくならお仕事の手伝いでもしてみないかってことで、ここに連れてきたみたいなの。ほら、前にあなた一人じゃ大変になってきたって言ってたからちょうどいいんじゃないの?」

おばあちゃんはいい感じに話を通してくれたが、おじいちゃんはしかめっ面から表情は変わらなかった。

「人手が必要なのは確かだが、一週間ぽっきりしかいないようなやつに、わしの牛舎を出入りさせたくない! さらに言えば、牛にとって環境の変化は人間よりもストレスになりやすい。だから駄目だ!」

至極当然な断り方だと思った。俺でもそんな半端なやつには触られたくないし、仕事に関わらないでほしいと思ってしまう。

そんなことを思ったからか、ふと声が出てしまう。

「ですよね~」

「そうですか、じゃあどうしようか」

康さんは当てが外れた、という感じに困った声を出した。

「それなら島の畑の手伝いでもする? この島にねいくつか畑があるんだけどさ、力仕事が大変だから手伝いほしいなと思ってね。休日は一人いるんだけど平日はいないからね」

「はい、わかりました。それで大丈夫です」

俺は牛より畑の方が気になったのでそちらを選択した。

「じゃあ、明日の朝六時前にここにきてね」

「ここに来たら、扉をたたいたほうがいいですか?」

「そうだね、そうしてくれ」

「わかりました」

「それじゃあ、用も終わったので帰りますね」

「お夕飯は六時くらいに取りに来てくださいね」

「はい、いつもありがとうございます。またあとで!」

俺は帰宅の流れに流されるように軽くお辞儀をして、帰路についたであろう康さんの後について行った。

「それじゃあ、帰ろうか」

「はい」

そうして、俺は難なく宿と職(お手伝い)を手に入れたのだった。

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