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俺達の目の前で、血啜蟲共が動き始める。
流石に、ある程度は大丈夫とは言え、日中であるが為かその動きは緩慢であり、鋭さや素早さは感じられない状態となっていた。
とは言え、とは言えだ。
あくまでもそれは『今』の話。
暫く時間が経ち、辺りが夜闇に包まれる様になった時。
連中は、持てる能力の全てを駆使して周囲を襲い始める事だろう。
何せ、奴らの司令塔は腹ペコだ。
少し前まで変異の為に動けず、かつ変異が始まる直前まで殺し合いをしていたのだから、その消耗は半端ない事になっているだろう。
それこそ、幾ら狙う魔力量帯が決まっている、とは言え、取り敢えずは空腹を満たし、目減りしたエネルギーを補充する為に、手当たり次第に喰い始める事間違い無し、だ。
…………ぶっちゃけた話をすれば、俺個人としては周囲に幾ら被害が出ようと、あまり気にはならない。
寧ろ、避難もせずに近隣に居座っている馬鹿たれ共なんて、俺の知り合いでも無ければ早々にくたばってしまえば良い!とすら思っている。
そもそも、今の世ではいつ侵略組織に襲われるのか分からない、と言うのがデフォルトであり、誰であろうと可能性は内包している。
なのに、特に警戒心を持つ訳でも、自助努力に努める訳でも、更には警報や注意報に耳をそばだてて従うでも無く、それらをまるっと無視して勝手にやっている輩がどうなろうと知った事では無い、と言うのが正直な話であり、対侵略組織に所属する戦闘員逹の本音である。
…………が、世間はそう捉えない。
警報を無視し、危険域に居座った自称無辜の一般市民に被害が出た場合、これ見よがしに彼らを叩き、非難するのだ。
力を持っているだけの破落戸が、全力で励まなかったが為に、護られて然るべき無力な一般市民が被害に遭ったのだ、と大声で喧伝する事だろう。
そうして、民衆を煽って叩きたいだけ叩き、最後にこう添えるのだ。
しかし、自分達の指揮の下であれば、その様な事態は発生せず、力を持つ者達を効率的にコントロールする事が可能となる!と。
それらの言葉に、すっかり被害者根性の染み付いた連中は、即座に飛び付き騒ぎ立てる訳だ。
さっさとしろ、自分達に被害を出したのだから即座に下僕となれ!とな。
ここまで語れば、流石に穿って見過ぎ、偏見を持ち過ぎ、と思われるかも知れない。
が、実はこの流れ、既に一度ならず起きているムーブであり、何度か実現しかけた過去が在る。
尤も、それらは全て、尽くが失敗して来たが。
何せ、支配して配下に置いて、さぁ自分達の手足として働け!となった途端に、次の侵略組織が現れるのだ。
そして、完全な新手に対して、現場のげの字も知らない連中が、名案だとほざきながら滅茶苦茶な指示を出して戦力を目減りさせ、結果一般市民(笑)共にも滅茶苦茶な被害を出す事に繋がり、結局更迭されて新たな対侵略組織が立ち上がる、と言うサイクルを繰り返しているのだ。
それらを目の当たりにしているのだから、いい加減に学んで欲しいモノだ。
連中は護られて当然の存在では無いし、戦闘員逹だって血も心もない戦闘機械では無いのだから、怪我をすれば血も流れるし痛みで涙も流す。
嬉しければ笑い、責められれば怒りもする、同じ人間なのだ、と。
と、そんな事をつらつらと述べはしたが、要するに『何もしないでデカい面してる連中の為に必死こいて戦ってやるのは気に食わない』って事だ。
その為に、目の前で暴れたそうにしてる連中の事も見逃そうかな?とは考えたが…………まぁ、そっちの方がリスクがデカいし、何よりそっちの方が面倒が多くなりそうな予感がするしね。
「…………なぁ、ラスト。
2つ程確認したいんだが良いか?」
「あら、何かしら?
バストとヒップのサイズならきゅうじゅ」
「それはそれで気になるが!
取り敢えず、先ずは1つ。
お前さん、雑魚の相手は任せても大丈夫そうか?」
「…………まぁ、一応?
でも、それも向こうが勝手に散らずに、全部こっちに向かって来てくれる、って事が前提になるのだけど?」
「そうか。
なら、2つ目だ。
お前さん、結界術はどの程度使える?」
「…………そっちも、一応は使える、けど?
まぁ、どちらかと言うと、あの時の人払いの術式の方が得意だから、それなり程度にはなってしまうけど、なんで?」
「じゃあ、仕方無いな。
多少不安が残るが、取り敢えず俺が合図したら、結界の展開を頼む。
規模と対象は、まぁ見てれば分かるだろうよ」
「…………まぁ、そこまで言うのなら、何かしらの手は在る、って事で良いのよね?
因みに、雑魚に関してだけど、片付けるのをある程度手伝っては?」
「…………まぁ、辿り着くのに、道を作る必要は在るからな。
その程度でよければ、俺もやるか」
そうして話し合っている内にも、連中はこちらに近付いて来ていた。
未だに気付かれた訳では無い様子だが、恐らくは偶然にも進みやすい状態になっていたのがこちらだけだった、と言う事なのだろう。
半ば無造作に進められる足取りに、ガチャガチャガヤガヤと瓦礫が踏みしめられる音が響く。
流石に、事この段に至っては回避も不可能だろう、と理解すると同時に、下手に見付かるよりは先手を取った方がマシだ、と判断した俺は、両手にとあるブツを携えた状態で隠れていた瓦礫の裏から飛び出すと、集団の先頭を進んでいた個体へと目掛けて飛び掛かった。
半ば奇襲にも近しい攻撃。
しかし、連中も一応は警戒し、俺の到来を予期してはいたらしく、先頭にいた人間型の血啜蟲は驚愕で一瞬目を見開いたものの、即座に反応して反撃するべく両手を突き出して来た。
左右の腕のどちらを払っても、残る片方で爪を突き立てれば良い。
そうすれば、勝手に感染して、後は時間が経つのを待てばそれで勝てる。
────とでも考えての行動だったのだろうが、残念ながら不正解。
いや、寧ろ大失敗とでも表現するべき、だろうか。
言葉にはせずに、両手を携えていたモノで、突き出された腕を切り払う。
すると、やはりと言うか何というか、痛みを感じている様子も無いままに、残る片方をこちらへと突き出して爪を突き立てようとしてくる。
が、それが俺に触れる直前。
唐突に、その身体がビクリと大きく痙攣する。
当然の様に、反応が起きた本人は、意図してはいない事の為に、見開いた目には混乱と戸惑いの色が強く浮き上がり、どうにか身体の動きを取り戻そうとする。
しかし、そうしている間にも、痙攣が止む気配は無く、寧ろ頻度を高くして、全身をガクガクと揺さぶるまでの反応を見せ始めた。
そして、それから然程しない内に、胸元と喉元を押さえてもがき始めると、そのまま倒れ込んでしまう。
司令塔を介して意思を繋げている弊害か、魔物型であっても人型であっても、唐突な事態に混乱し、受けた衝撃を消化できなかったが為に等しくその場から動く事が出来ず、固まってしまう。
そんな連中を尻目に、俺は倒れ込んだ個体を、得物を手にした状態のまま、爪先にてひっくり返す。
するとそこには、白目を向き、口から泡を吹いて、今もなお痙攣を続ける感染者の姿が在ったのだった……。
「…………そんな、死んでる……!?」
まぁ、生きてるんだけどね?




