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「…………おぅ、分かってた事だが、こりゃ酷えな」
頭痛に急かされるままに、現場へと急行した俺とラスト。
車道を駆け抜け、川を飛び越え、屋根を渡って最短距離にて到着して見せた現場は、文字通り瓦礫の山と化していた。
元より、身を隠すためであったのだろう、選ばれた廃倉庫群。
その尽くが破壊され、見晴らしが良くなり、最早『元倉庫群』だとか、『倉庫群跡地』だとかの名称で形容する方が相応しいであろう状態となっていた。
殆ど更地と化しており、所々に山と積まれた瓦礫が遮蔽物に近い状態となっているそこに、巨大な影が1つと、ソレを囲む形で無数の影が佇んでいた。
当然の様に、中央の影は例の化け物と化した統率個体であり、ソレを囲むのは他の感染者や、人間以外の感染者逹、であった。
ウゴウゴと蠢く連中を目の当たりにして、俺は一つ溜め息を零す。
最悪、こうなるかなぁ?とは予測していたが、本当になるとは思って無かったし、なって欲しくも無かったんだけどなぁ、と。
中々に唐突だが、この世界には『魔物』と呼ばれる動植物が存在する。
とは言え、ソレはゲームや小説に出て来る様なアレコレと同一の存在、と言う訳では無い。
侵略組織が、自分達の元居た世界から持ち込んだモノ。
この世界に魔力が満ちた事で、元居た動植物がそれらに適応し、変異したモノ。
それらが自然と交配し、固定の種として定着してしまったモノ。
それらを総称して『魔力適応化動植物』と名称付けられており、そこから略して『魔物』と呼ばれる様になった、と言う訳だ。
で、なんでいきなりこんな話をし始めたのか?と言うと、答えは簡単。
例の感染者逹の群れの中に、あからさまにソレっぽいのが混ざっているから、だ。
そう、例えば、明らかに人間としての成長限界を通り越し、最早人型のナニカと化している巨人だとか。
造形だけなら普通の馬なのだが、何故か足下は常に波紋が浮かび、鬣は明らかに炎になっている馬っぽいヤツだとか。
俺の記憶が正しければ、発見されたと同時に通報が義務付けられている、懸賞金の掛かっている種類のライオンみたいなヤツだとか。
そんな、見る者が見なくとも、コイツラ魔物だ、と理解出来る外見をした連中が、うじゃうじゃとこの場に集まってくれていたのだ。
まぁ、流石に数は100には届いていない様子。
とは言え、流石に一筋縄では行かない難度として設定されている個体もチラホラと見受ける以上、やはり簡単には行かないだろう。
…………ラストの説明からすれば、流石に真面目に狙って狩っていた、と言うには、違和感が残る。
となると、恐らくは対侵略組織が倒したりした獲物を、横から掻っ攫う形で奪った、と見るのが妥当だろう。
この手の魔物は、案の定人間を獲物として定める事も多くある。
なので、出現が報告されたら、政府の方から対侵略組織に対して、その規模に応じて討伐が案件として割り振られる事が多くある。
なので、その際の既に倒された個体か、もしくは弱らされた個体を強奪し、感染させた結果がコレなのだろう。
感染時のメカニズムから考察するに、恐らくは死にたてであれば連中は死体であっても仲間に出来る。
思考、と言う点に目を瞑れば、身体の動作を司る部分が無事であれば、理論上は動かせる事になるだろう。
細かい部分に関しては、恐らくは遠隔での操作になる為に難しいだろうが、それでも大雑把に動かして暴れさせる程度であれば、幾らでも出来るハズだ。
まぁ、とは言え生きたまま感染させた時よりは、格段に性能も落ちるハズ。
それに、流石に死んでから時間の経っている死体であれば、魔力の媒介となる血液も腐敗しているだろうし、身体の動きを司る脳の部位も傷んで支配する事も叶わない状態になっているだろう。
ならば、流石に墓地からゾンビがゾロゾロと、と言った様な、一昔前のチープなゾンビ映画みたいな事態にはならないハズだ。多分。きっと。
「…………で?
結局、どうするの?
このまま、例の対侵略組織とやらが来るまで、こうして見ているだけにするのかしら?」
「はっ!まさか!
最初からそのつもりなら、こうしてこの場に来る事も無かっただろうさ。
違うか?」
「なら、どうするのかしら?
流石に、戦力的にはまだマシとは思うけど、ここまで数に差が出てしまっていると、私でも少しは躊躇いを覚える状態になってしまっているのだけれども?」
「まぁ、問題はそこだよなぁ。
流石に、この数はまともに戦うにしても色々と面倒だし、何より散られたらこっちは手が足りなさ過ぎる。
大半を取り逃す、とか笑い話にもなりゃしないからな」
「そうなると、こうして固まっている内に、大火力の範囲攻撃でも叩き込んでしまいたい処だけど……」
「あぁ、俺達には、その手段が無い。
いや、無い訳じゃ無いだろうが、かなり乏しい、と言わざるを得ない訳だ」
「まぁ、否定は出来無いわよねぇ。
私だって、魔族としてその手の大火力攻撃の一つや二つは嗜みとして保持しているけど、それでも結局は自身の力の運用こそが極めるべき分野であって、そちらはおまけ程度でしか無いですし」
「俺としても、手としては無くは無いんだが……この辺り一帯が、文字通りに更地になるか、それとも更に広範囲に渡って、装備や備えが無い限りは、一歩も踏み入る事が出来無い状態を作り出すか、位の話になるんだよなぁ……」
「なにそれ怖い。
でも、ご主人様そんなモノ持っていたのかしら?
少なくとも、目撃者や状況証拠が残る状態では、一度も使っていないハズよね?
こっちには、それっぽい報告は来ていなかったハズなのだけど?」
「まぁ、そりゃ実際には使ってないからな。
こっちには在るんだよ、そう言うヤツが。
で、俺なら作れそうだったから、作るだけは作ってみた、って訳さ。
ぶっちゃけて言えば、使わざるを得ない事態になってたら、多分使ってただろうけどな」
「…………………それは、使われずに済んで良かった、と考えるべきかしらね?
それとも、使わせるまでに追い詰める事も出来なかった、と悔やめば良いのかしら?」
「そこは、使われずに済んで良かった、で良いと思うぞ。
何せ、俺のは魔力やら錬金術やらで再現したモノだから、参考にしたソレそのものって訳じゃ無いからどうなるかは定かじゃないがね。
それでも、ソレは一度使えば街一つ、なんてレベルじゃない範囲が一撃で消し飛び、その上で長く土地や水を汚す様な後遺症まで残す様な類いのブツだからな。
あんな世界滅んでしまえ、とは俺も思っていた事ではあったが、流石に気軽に使うのは憚られる様な惨劇を生み出す元凶でもあったからな」
「…………でも、そんな危険なモノ、なんで使ったらどうなるのか?なんて知っているのかしら?
それこそ、知り得るのは使った側の国だけで、しかも国家機密レベルの情報だと思うのだけど?」
「そりゃ、そうさ。
何せ、この国では割りと一般的な知識だからな。
世界で唯一、実際に使われた国、としてはな」
俺が放った言葉を受けて、ラストは愕然とする。
そのレベルの破壊力に晒されてもなお、国が国として残っている、と言う事態に、七魔極と言う上に立つ者の立場で驚愕したのだろう。
それとも、その様な惨劇を平然と語って見せて、かつ同じ様なモノを『強力だから』と再現して見せる俺の精神性に危険な破綻を見た、と言ったところだろうか?
そんな、有り得ないモノを見た、と言わんばかりの視線を受けていた時、恐れていた事が発生する。
…………俺達が監視していた連中、血啜蟲共が動きを見せ始めたのであった……。




