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ラストと2人、例の倉庫跡へと到着する。
そこは、既に壁も何も無く、開いた穴は瓦礫で埋まり、元の構造は辛うじて屋根だけ残っている、と言う様な有様であった。
正直な話、暴れてくれたのは向こうながらも、何故か向こうにとっては都合の良い風に壊れてくれているのは、ただの偶然として片付けて良い事なのだろうか?と疑問を呈したくて仕方なくなってしまう。
瓦礫の一部を蹴り崩して侵入口を作り、内部へと侵入する。
未だに日も高く、昼間と呼ぶのに相応しい環境であるにも関わらず、元倉庫の中は暗闇が支配しており、連中にとってはかなり都合の良い環境になっている事が手に取るように感じ取れた。
とは言え、俺とラストには暗闇であろうと無かろうと関係は無かったし、その夜陰に乗じての襲撃、と言うモノも有りはしない。
と言うのも、この元倉庫の中に、例の元統率個体以外の個体は居ない、と予め分かっていたから、だ。
「しかし、ご主人様も大概じゃない?
コレだけの規模の破壊を撒き散らす状態に至った相手と相対して、五体満足で撤退出来る、ってだけでも相当なハズなのに、その上でこんな仕掛けまで残して来るだなんて。
全てを見越して仕込んでおいたのなら、最早変態の域に在るとまで言われるわよ?
勿論、良い意味でね」
「…………こちとら、文字通り命懸けでどうにか仕込んで来た、って言うのに、随分な言い草だな?
この状況で警戒する必要が無い、ってのがどれだけ有難い状況なのか、分からないお前さんじゃないだろうがよ?
それで罵倒されるって、一体どんな罰ゲームだよ」
「あら、コレでも褒めてるのよ?
確かに、その時はこうなるとは思ってなかったかも知れない。
でも、こうしてこの場では、最上の結果を齎す手段として役立ってる。
なら、寧ろ誇るべきじゃないかしら?」
「さっきの言い分の後で、そんな事言われても、ねぇ……。
っと、気軽なお喋りはここまでだ。
そら、着いたぞ」
ラストからのお褒めの言葉?を頂きながら中を進んでいると、漸く目的のブツが在る場所へと辿り着く。
そこには、かつて俺がギリギリまで観察した時と同じ姿である、血色の外装に包まれた巨大な繭が、不気味に脈動しながら佇んでいた。
そう、これこそが、例の『血啜蟲』が大暴れした後に変異した姿、と言う奴だ。
一応、当時ここに至るまでの間逃げ回りながら行動を観察し、かつ変異が完了してから強度を確かめる為に『金剛』を叩き込むまでやって見せたが、今もこうしてここに在る以上、やはり効果は無かった、と言う事なのだろう。
そして、俺からしてみれば、今の段階に至ってもなお、目の前のコレから魔力を感じ取る事が出来ずにいた。
先の説明の通りに、こいつは血液を媒介として魔力を喰らって増殖し、成長する、と言う事であれば、体内に取り込んだ魔力なり、そうして成長に培われた分なりが感じ取れて然るべきじゃないのか?との意味合いも込めて視線を送れば、そこには目の前の繭に対して無防備にも近付き、剰え素手でそのまま触れて見せている彼女の姿が存在していた。
「…………で、言われるがままに案内して来たが、結局何が見たかったんだ?
直接見ないと分からない事もある、とか言っていたから連れてきたが、ソレで何が分かるんだ?」
「ん?
そうね。
やっぱり、ご主人様の選択は正しくファインプレーだった、って事かしら?」
「その辺詳しく」
「えぇ、勿論。
先も軽く触れたけど、この『血啜蟲』は魔力を持つモノを獲物とするけれど、同時に強過ぎる魔力を持つモノに対して即座に食い付く事を良しとしない、変な性質を持っているの」
「段階を踏んで徐々に強い魔力を持つ存在を獲物として定めて行く、だったよな?」
「えぇ、その通り。
で、そうして増えて食べて、のサイクルを繰り返して行く過程で、自然と完全に身体を支配した上位個体の中で、コレみたいにその上位個体と統率する個体が現れるの。
統率個体って名称は、正にその通りな訳ね」
「連中、言葉が喋れて無かったけど、どうやって意思疎通してるんだろうな?
後、昨日も話した通りに、共喰いしたりもしてたけど、これも何か関係あったりするのか?」
「無くはない、かしら?
意思疎通に関しては、何かしらの魔術的なモノで思考を共有している、と考えられているわね。
あからさまに、距離も時間も無視した行動を共用していた形跡があったから。
それと、共喰いに関しては、個体の強化ね。
上位個体同士か、もしくは統率個体が上位個体を喰らう事で、より個としての力を増す、って性質が在るみたいなの。
で、使っていた身体がより近しい関係、例えば肉親同士であったり、人間であれば恋人や友人同士であったりした場合、より強固な個体になりやすい、と判明しているわね」
「ほーん?
まぁ、確かに、共喰いしてからの方は馬鹿みたいに強くなってたからな。
でも、だとしても倒せない訳じゃない程度でしか無かったし、倒したら倒したで例の化け物になった訳だけど、その辺はどうなんだ?
流石に、共喰いして強くなった強化個体を倒した、って程度でファインプレーだのなんだのとは、言わないだろう?」
「えぇ、そうね。
まぁ、同じと言えば同じなのだけど、より詳しく言うのなら、この段階で強化個体を出現・討伐して化け物を引き摺り出した、って事がファインプレーの証って事」
「???
逆に、なんでそうなるのかサッパリ分からん」
事も無げに言い放って見せたラストに対して俺は、首を傾げながら返事をする。
化け物にしなかった、或いは既に倒していた、と言う事ならばまだ理解出来る。
かなりの強さであったから、それこそファインプレー級の称賛を受けても良いだろう功績だと、自画自賛出来ただろう。
が、現実はそうでは無い。
今の所、暴走させて繭に籠もられてしまっただけであり、何かしらの弱体化する要因が無ければ、ただただ相手方に時間を稼がれるだけの状況となっているのだ。
そうした事をファインプレーと称えられたとしても、流石に脳天気に喜ぶ事も、受け取る事も出来無いのは当然の話だ。
「あぁ、もしかして、討伐もしていないのに称賛されても、とか思ってたり?
だったら、確かにその通りなのだけど、そうじゃないわよ?」
「??????」
「さっきも言ったけど、この『血啜蟲』は段階を踏んで獲物の魔力量を上げて行くの。
でも、それだと1つ問題が在る。
何か分かる?
ヒントは、コイツラは自分にとって下限以下の魔力しか持たないモノには、見向きもしなくなる特製が在るの」
「……………………長く生きた個体、ないし群れでは、獲物が居なくなる?」
「はい、正解。
獲物として必要とされる魔力量が増えると同時に、獲物として適正な生物が減って行く事になる。
当然よね。
どんな世界であったとしても、大きな魔力を秘めている存在は、それだけ数が限られる事になるのだから」
「まぁ、確かに何処かでストッパーを掛けないと、全てを喰らい尽くして勝手に餓死するだけ、な生態しているのは間違い無いな。
でも、この化け物形態になった事の何処が功績なんだ?
寧ろ、格上を確殺する為の戦闘形態、としか思えんのだが?」
「言ってしまえば、その一面も在るみたいね。
でも、私が言いたいのは別の側面。
この形態になった統率個体の群れは、獲物の段階を上げる事を止めるの」
「……………………つまり、格上に挑む為の成長を止める、と?」
「正確に言えば、統率個体がこの形態になった群れの連中は、新たな個体を作るのを止める、と言うべきかしらね?
少なくとも、こっちの世界では、分布図的に3つの群れがバラバラの位置で発生したのだけど、最初にこの形態が見られた場所では、それ以降襲われる事はあっても変異する事は無くなった、との報告が挙げられる程度には、信憑性は在るみたいよ?
因みに、他の2つの地域では、最後までこの形態になる個体が現れなかったせいで、血みどろの地獄絵図を顕現する羽目になったらしいから」
「…………となると、これ以上被害が出ない……とは行かないまでも、少なくとも取り込まれる心配はしなくても良くなった?」
「そう言う事。
ほら、ファインプレーも納得の大手柄でしょう?
まぁ、まだコレをどうにかして片付けないとダメ、って事は変わり無いのだけれども」
そう言って、ラストは笑いながら、不気味に脈動する繭をペシペシと叩いて見せるのであった……。




