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俺に尻を叩かれて、漸く服を着込んだラストと共に、廃倉庫へと足を踏み入れる。
尤も、何故か頑なに首輪を外す事だけは拒否してくれたので、ボンテージに首輪、と言うかなり倒錯的な格好となっているが、全裸に首輪、よりは大分マシだろう、との判断によるモノだ。
…………決して、俺の趣味、と言う訳では無い。
興味が無いと言えば嘘にはなるが、それでも俺が命じてヤラせている、と言う訳では無いのだ。
寧ろ、自主的にやっている事で在る為に、こちらから何を言おうが聞く耳持たず、な状態であるのはお察し頂きたい。
そんな彼女と共に、廃倉庫……いや、最早『元』廃倉庫と言うべきであろう場所へと到達する。
そう、俺が追跡者を逆尾行して到達したあの場所だ。
…………まぁ、実際には、俺が逆尾行して、と言うよりも、寧ろ向こうに逆尾行させられて、と言うべきだろう。
何せ、実際には俺が尾行しているのは完全にバレている状態だった訳なのだし、最早誘き出された、と言うべきだろう。
と、そんな風に思い返していると、ふと疑問が脳裏を過ぎる。
元々、推定高位個体を使ってまで尾行し、かつここへと誘き寄せる様な手まで使って来たと言う事は、多分俺に対して何かしらの求めていたモノが在る、ないし何かしらの条件に俺が当てはまっていた、と言う事なのだろう。多分。
であれば、その条件とは一体何だったのか?
ソレを満たしていた場合、向こうにやりたい事をさせてしまっていたら、どうなっていたのか?
そこら辺の情報は、昨日の交換会では出ていなかった、と思う。
出ていない、と断言出来ていない理由としては、『血啜蟲』の行動原理に付いては軽く説明が成されていた為に、そこに紛れていたモノを俺が聞き逃していない、とは言い切れないからだ。
案外と、その手の事柄に於いて、素人目からは無関係に見えている情報が、ズバリドンピシャで正解だった、ってケースは少なくない訳だしね。
なので、瓦礫を掻き分けながら、ラストに質問してみる。
「なぁ、向こうの世界でも同じ様なのが発生した、って事だったけど、向こうでも俺と同じ様に狙われた、みたいなのって居たのか?」
「あぁ〜、その事なのだけど、一応見てみないとハッキリとは言えないのだけどもね?
ご主人様、かなりのファインプレーしていた可能性が在るのよ」
「うん???
何故に???」
「まぁ、ここは仮に私の方で出て来た『血啜蟲』と同じモノだった、と仮定しての話になるのだけどもね?
アレって、ただ単に血液を媒介、消費して増殖している訳じゃないのよ。
アレは、魔力を持った生物の血液を糧にして生存、増殖を行っているの。
そして、自分達では、ある一定の所までは魔力を生み出す事も出来無いから、宿主の身体を使って他の生物を襲う、って訳なのよ」
「あぁ、その辺に関しては、一応聞いたな。
連中が人を襲うのは、ソイツが持つ魔力を求めて、の事。
寧ろ、感染させて仲間を殖やすのは二次的、と言うか目的では無い、ってヤツな。
でも、だったら向こうの世界では、人間とか魔族とかよりも、寧ろ魔物の方に被害が行っていたんじゃないか?
連中の方が、魔力量で言えば魔族よりも多いハズだろう?」
そう俺が言うと、ソレはそう、とラストも首肯して見せる。
そして、それまでと同じく、瓦礫を蹴散らしながらであったが、話を続けて行く。
「まぁ、魔力を求めて、なんて事を言えば、確かにそう考えるわよね。
実際、私も初めて聞いた時はそう思ったもの。
でも、殲滅するまで駆除した結果、得られた情報としては、その手の魔物の被害は驚く程に少なかった、との事よ」
「…………って事はつまり?
連中としては豊富な魔力を抱えている方が魅力的なハズなのに、ソレをしなかった、或いは出来なかった理由が何かしらある、って事か?」
「そう言う事。
そしてソレは、さっきの私の発言にも繋がるの」
「俺がファインプレーしていた、とか何とか言うヤツか?」
「えぇ、ソレ。
被害の順序と収束した際の情報を照らし合わせた結果、連中は確かに豊富な魔力を保持する生物に対して狂気とも取れる執着を見せるの。
でも、何もソレは生まれた瞬間から周囲で最大の魔力を抱えるモノに飛び掛かって行く、なんて行動を起こさせる事は無い。
少なくとも、徐々に段階を踏んで大きくなって行くのよ」
「…………つまり、より大きな魔力を持つ対象を倒して魔力を得る為に、先ずはソレが出来るだけの強力な個体になってから、でないと行動しない、習性がある?」
「大正解。
少なくとも、私の世界に出て来ていた『血啜蟲』と呼ばれる存在は、そんな習性を持っていたの。
だから、被害は先ずは人間に、次いで魔力の少ない魔物、魔力の少ない魔族、魔力の多い魔族、と順次繰り上がって来ていた訳」
「ほぉん?
で、事の発覚がお前さんの言う所の『魔力の多い魔族』で為されたから、アウトブレイクもそこで止まった、と?」
「正確に言えば、魔力の多い魔物、に行きかけた所で止まった、かしら?
最終的には、そいつら相手に大立ち回りする為に、当時の七魔極、つまり私の親父、例のド変態も駆り出された、って話だし」
「あぁ、俺がブチ殺して回った連中か、もしくはその1つ前の世代の奴ら、って事か?」
「そう言う事。
で、そこまで行って漸く発覚したこっちだと、ここみたいに人に対してのアレコレだとかって、あんまり考慮されないでしょう?
しかも、発生からそれなりに時間が経ってしまっている、って事もあって、かなり被害が大きくなってしまっていてね」
「…………うーん、嫌な予感。
もしかしなくても、感染者丸ごと焼き討ちでもしたか?」
「ご明察。
とは言っても、別段感染者が確認された地域を無差別に鏖殺して、って訳じゃないのよ?
一応、魔族側だけ、ではあったみたいだけど、非感染者だと確認された者はどうにか逃がしたし、治療法が確立されてからは初期の感染者も、どうにか隔離する事で助けられる様にはなっていたもの。
…………でも、それもあくまで『魔族』の者が対象であり、助かる見込みの在る者に限定された処置で、そうでない者、重篤な感染者だと判明していた者に対しては、かなりアレな対応をしたみたい。
それこそ、ご主人様の言った通りに、焼き討ちを掛けたり、とかね」
「それで?
そこで大規模討伐を行ってから、どうせ何か起きんだろう?
でなきゃ、そんな言い方にはならないだろうし、何より最初の語り口からして、何かしらのヤバい事が起きたのは間違い無さそうだからな」
「まぁ、ソレはその通り。
とは言っても、別に直接見て体験した訳じゃないんだけどね?
あの時、私は精々通常個体を相手にするので精一杯だったし、事が終わって帰って来た親父も死にかけていたから、多分現場に居たら死んでいただろうし、ね」
「そんなに、か?」
ラストの言葉を受けて俺は、かつての記憶を引っ張り出す。
戦場であるにも関わらず、ブーメランパンツ一丁で出て来る変態ではあったが、それでも実力の方は本物であったハズだ。
例え、その能力が対人に特化していたとしても、あちらの世界では『一事に長じれば万事に通ず』がそのままの意味で体現されて居る様な環境であった為に、余程の事が無い限りは遅れを取る、だなんて事は無かったハズだ。
そんなアイツが死にかける様な戦場に発展していた可能性が在る。
それを潰せたらしい、と言うだけで、確かに行動で見ればファインプレーと呼べるかも知れないか、と思い至った俺は、瓦礫を掻き分けながら、次なるラストの言葉を待ち侘びるのであった……。




