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『取り敢えず、現場を見てみないとどうにも言えない』
敵対していたハズなのにも関わらず、協力を申し出て来たラスト。
今回、そんな彼女からの要請により、あの場の誰よりも現場に付いて把握していたであろう俺が、例の戦闘の在った廃倉庫群へと案内をしている、と言う訳なのだ。
なので、俺は珍しく単独では行動していない。
…………いないが、ソレは別段、俺が今現在『2人』でいる、と言う事と=で繋がる事では、無い。
そう、言うなれば、現状は『1人と一匹』。
廃墟の方へと、元気にリードを引っ張る犬……の様なナニかと、そのリードを握る俺、と言う構図であった。
端から見れば、確実に飼い犬と散歩中の飼い主、と言う形に見えるだろう。
現に、現状としてかなり少なくなってはいるものの、それでも極少数とは言え、道で擦れ違う通行人が皆無であった訳では無く、その全てが俺のリードの先に在る存在を目撃すると同時に目尻を下げ、表情を柔らかくし、中には手を振って見せる者までいた。
まぁ、それもそのハズ。
余程その手の動物が苦手、嫌い、と言う人で無ければ、大きなモフモフがつぶらな瞳を輝かせ、大人しくお座りして尻尾を左右に振って見せていれば、誰であったとしても脂下がると言うモノだろう。
ましてや、実際に前に出る事は無いにしても、雰囲気からして『遊んで!遊んで!!』と訴え掛けて来る様なモノを振り撒いていては、さもありなん、と言うモノだ。
…………尤も、その正体を知っている身としては、些かどうなのだろうか?とツッコミを入れたくなる所存ではある。
お前さん、そこまで深く関わりが在った訳じゃないから断定はとても出来はしないが、そんなに愛想を振りまく様なキャラだったか?
なんて事を思いながらも、隣に居るヤツが不機嫌丸出しよりは遥かにマシだろう、と丁度良い位置に在ったフワフワの頭をグリグリと撫で回す。
すると、更にご機嫌な様子で尻尾を振り回す為に、余計に周囲からはほのぼのとした視線を向けられ、中には寄ってきて触れて撫でようとする子供まで出る始末。
流石に正体が正体故に止めようか、とも思ったのだが、俺が行動するよりも先に降ろしていた腰を上げて自ら近付き、まるで害意は欠片も無い、と宣言する様に近寄って来ていた子供の匂いを嗅ぎ、頬を舐めて友好を示してから、大人しく撫でられている光景を眺めさせられたのは、最早夢の類いであったと誰かに言って欲しかった程であった。
「…………子供好きだったりするのか?」
「ワフッ?」
コテリ、と首を傾げて見せる。
端から見る限り、ほぼほぼ犬にしか見えないが、コレでも他文明の電子機器を使いこなせるだけの知性と、使いこなすまで使い続ける事が出来る集中力並びに好奇心を持つ存在なのだと思えば、違和感は増すばかり。
そして、傾けた首を戻す際に、俺にだけ見えていたであろうタイミングでこちらにパチリとウインクを飛ばして来たので、恐らくは先の質問に対する答えは『YES』と言う事なのだろう。きっと。
なんて事をやっている間に、目的地である廃倉庫群へと到着する。
俺が最後に脱出した際に、例の化け物と化した連中の統率個体が大暴れしていた為に、あの時は気付いていなかったが、こうして明るい間に目の当たりにすれば、否応無しに文字通りの廃墟が広がっている部分が見て取れた。
目の前に広がる惨状に、思わず口の中に苦みが広がる。
元より廃墟の類いであったとは言え、ここまで破壊されてしまっては、再利用の仕様も無く、最早再開発を掛けた方が速いまである。
そんな目的地を前にして、今回の同行者が漸く口を開いた。
「ふぅん、この辺りがそうなの?
また、随分と派手に壊したモノね?」
「別に、俺が壊した訳じゃねぇよ。
向こうが大暴れしてくれやがったおかげで、こうなったんだよ」
「あら、別に責めている訳じゃないわよ?
この程度の被害で済んだのだから、別に良いじゃない。
人死は出していないのでしょう?」
「あぁ。
連中に取り込まれた奴らを『人』として数えないのなら、確かに死人は出ていないな」
「そう。
なら、良かったじゃないの。
一応、戻せる手立ては無くはないけど、それもあくまで初期であれば、の話。
完全に支配されてしまう段まで寄生が進んでしまっていては、流石に私も救う手立ては知らないから、ね」
「その辺は、追々研究して、だな。
で、本当なんだろうな?
あの連中、たしか『血啜蟲』とか言ったか?
あいつらを退治しようと思ったら、正規の手段として、例の化け物にする必要があった、ってのは」
「そこに関しては、一応は?
だって、私逹としても、アレをなんで倒し切れたのか?に関しては意見が分かれているもの。
でも、取り敢えずの共通認識として、少なくとも変異した個体を倒せば、そこから先は大分楽にはなるはずだけど?」
そうやって返事をしたのは、俺よりも大分低い位置からの、これまた聞き覚えの在る女の声。
そちらに目を向ければ、当然の様にここまでリードに繋いで歩いて来た、犬の様なナニかの姿がそこに在った。
既に周囲に人目は無く、また人気の類いも感じられない。
故に、いつまでその姿で居るつもりだ?との意味と意思を込めて視線を送れば、かなり人間臭い動作にて首を左右に振ると、唐突にその姿を変化させて行く。
バキバキ、ゴキゴキと骨が鳴り、ビキビキ、ミチミチと肉が蠢く音が周囲へと響く。
聞いているだけで胸が悪くなってくる様なそれらの音は、暫く続いた後に止み、その後犬の様なナニかが居た場所には、褐色の肌と金色の長髪をたなびかせた美女が立っていた。
────────当然の様に、全裸で。
…………いや、より正確に言うのであれば、全裸、と言う訳では無い。
一応、装身具として、先程まで着けていた犬用の首輪は装着しているままとなっているし、そこに繋がるリードは未だに俺の手に繋がった状態となっている。
端から見れば、確実にソッチ系のプレイにしか見えない光景。
しかも、真っ昼間から、特に身を隠すでも無く堂々と仁王立ちしている全裸(E︰首輪)の美女と、その首輪に繋がるリードを握った俺、との構図である以上、やはり公開調教か露出プレイのどちらかにしか見えない状態となっているのは間違い無いだろう。
「……………………なぁ。
結果的にこうなるとは予め知らされてはいたけどさ、もう少しこう……何か有るんじゃないのか?」
「あら?
何か、とはなにかしら?
別段、私は他人に見られて恥ずかしい肉体をしてはいないと自負しているのだけど?」
「だとしても、だ。
野人じゃあるまいし、せめて羞恥心位は持ってくれないか?」
「ふぅん?
だったら、命令すれば?
目のやり場に困って、辛抱たまらなくなるから、少しは隠してくれ、って?」
「そこはせめて、異性の目が在る可能性だとか、文明人気取る位はして欲しかったんだけど、なっ!!」
バチーンっ!!!
「キャヒィンッ!?!?!?♡♡♡」
俺からの苦情を軽く受け流し、逆にポーズをキメて見せるラスト。
元々巨大なモノを腕で持ち上げてアピールしつつ、尻をこちらに向けて揺らして見せるその姿は正しく発情しており、どう見てもプレイ中のバカップルにしか見えない事だろう。
なので、俺も半ば気の迷いとして、向けられていた尻にビンタを一発叩き落とす。
半ば誘われたのだから仕方在るまい、と内心で言い訳はしておいたが、その直後に起きた軟肉の振動と発せられた嬌声に、この手のプレイが廃れず人気を保ち続けている理由が理解出来た様な気がする。
まぁ、何はともあれ、ソレを機として服を着始めてくれたのは正直助かった。
そう、何やら腿をナニかが伝っていた様に見えたりだとか、より一層頬の上気が強くなっていたりだとか、引っ叩いた手が何時までも気持ちよかったりいい匂いがする気がしたり、いつぞやみたいに矢鱈と甘ったるい香りがラストから放たれ始めたりしていたりだとかしたとしても、きっと俺の気のせいだろう。多分。きっと。恐らく。
なんて事を思いながら俺は、準備の出来たラストを伴って、目的地である廃墟と化した倉庫へと足を運ぶのであった……。




