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ラストが家に訪れた日。
アレから色々と在った。
前日とは異なり、またしても偶然早く帰宅していた父と直に遭遇する事となったのだが、その際にラストが半ば反射的に戦闘態勢を取ってしまったのだ。
彼女曰く、見た事も感じた事も無い異質にして膨大な魔力を前にして、咄嗟に身構えてしまっただけだ、との事だったが、そうは取らなかったのが父であるサルート本人であった。
まぁ、それもそのハズ。
何せ、外見やら能力やらは、既に俺の報告から把握していた訳だし、種族的な確執に関しても同じく話してしまっている。
そんな相手が、幾ら敵対した本人が咄嗟に止め、宥める事で矛を収めた、としても、一度は鋒を向けて来た、と言う事実が存在してしまっていたのだ。
最初こそ、普段の通りに柔らかく穏やかな雰囲気で事を進めようとしていたサルート。
しかし、一度牙を見せられては、と言う事で、一転して威圧的な魔力を纏いつつ、雰囲気も攻撃的、と言うか刺々しいと言うか、兎に角歓迎はしていない、と言わんばかりのモノへと変貌し、言葉の端々から情報だけ抜き取ってサッサとご退場願いたい、と思っているのが透けて見える状態となってしまっていた。
そこから、父を翻意にさせるのには苦労した。
あの手この手で懐柔し、本来最も強く抗議する立場に在るハズの俺が気にしていない事や、彼女が作戦に加わる事の有用性なんかを中心にしつつ、どうにかこうにか宥め賺して落ち着かせる事に成功した、と言う訳だ。
…………まぁ、そもそもとして、我が家の父である所のサルートは、家族、と言うモノに対してかなりの執着を持っている。
元々居た世界では、孤児と言う出自に於いて家族を知らず、組織の仲間を家族と見做して生きて来た。
そして、その『家族』の望みを叶える形で世界を跨ぎ、『家族』の願いで破壊の限りを周囲へとばら撒き、『家族』の希望を自らの手で終わらせる羽目になった。
その結果、倒しに来たハズの母に拐われて現在へと至っているのだから、未来は分からないモノだ。
だが、だからこそ、とでも言う様に、彼はかつて憧れていた『家族』を自らの手で手に入れた事によって、その枠の中のモノを喪う事を何よりも恐れているし、ソレを傷付ける者は絶対に許さない。
故に、俺を傷付け、かつ現在も戦闘の意を見せた、と言う事もあって、ラストを排除しようと企んだ、と言う訳なのだ。
まぁ、とは言え、多分だが俺の前だった事もあって、本気かつ全力で排除する方向に、とは考えてはいなかったハズだ。
そうでも無いと、俺が止めた程度であのマッドサイエンティストが止まるハズも無い。
下手をすれば、彼女の持つ力も相まって、完全に実験動物扱いで拉致監禁、なんてオチも有り得なくは無かったのだから。
そんなこんなで、取り敢えず父とラストとの顔合わせは終わり、情報交換へと場は移る。
そこで彼女から齎された情報の大半は、未だに俺達が掴んでいなかったモノであり、俺達から齎した情報の内、彼女を驚かせる事が出来たのはほんの一握りだけであった。
と、そこで終わっていれば、まだマシであった。
少なくとも、俺が初めて女性を家に連れ込んだ、なんて情報は、大抵の事情を把握している父のみに留まり、そこから外に漏れる事は無かっただろうから、だ。
ソレが崩れたのは、情報交換の終わった後。
それまでの態度を幾分か軟化させ、折角来たのだから、と父がコーヒーを淹れて向こうの世界に付いての雑談をしていたタイミング。
なんと、普段よりもかなり早く、兄である雷斧が帰って来てしまったのだ。
玄関の扉を開けた雷斧はビックリ仰天(本人談)。
何と、玄関には見慣れぬ女モノのブーツが置かれているではないか!
しかも、リビングの方からは、何やら弟のソレも混ざって明るく談笑する声!
なら、コレは『ご挨拶』と言うヤツだろうか!?
しかも、対象はアイツ、だと!?!?
俺には、まだそんな所まで行った相手はいないのに!?
おのれ、弟の分際でユルサンッ゙!!!
と、リビングへと突撃を敢行した、と言う訳だ。
なので、俺の視点からすれば、唐突に帰って来た兄が、いきなり血相を変えてリビングに飛び込んで来た、と言う具合になる。
まぁ、その直後、音と気配に驚いて振り返ったラストの美貌に兄貴が見惚れ、その直後に視線を落としてお色気ムンムンで妖艶な肢体を目撃した事で鼻血を出し、その状態のままで表情をキリッ!とさせながらラストに対して交際を申し込む、なんてカオスを目撃する羽目になったのだが。
結果?
当然の様にお断りされてましたが、何か?
『私より弱そうな方はちょっと……』
と言いながら、何故か艶めいた表情で俺にもたれ掛かって来た時は、何か幻覚でも見えているのかな?とは思った。
が、その際に発生した、腕を包む柔らかさだとか温かさだとか、俺へと血涙を流しながら視線で人を害せるならば確実に俺は殺されているだろう、と思える程の威圧感を覚える視線を投げ付けられたりもした為に、多分現実の出来事だったのだろう。
その後、半ば当然の様に
『なぁ……手合わせ、しようや。
キレちまったよ、久し振りに……』
と、流れる様に手合わせを申し込みつつ、血涙を流しながら兄貴がバックルに手を掛けていた。
つまり、最初から本気で、しかも叩き潰すつもりでヤッてやる(文字は想像にお任せ)つもりでの申し入れだった訳だ。
逃げる訳にも行かない為に、取り敢えず家の庭でやる事になったが、まぁ大変だった。
乱れ飛ぶ雷に、吹き飛ぶ土石と手足。
それらを時に防ぎ、時に修理し、時に治しながら荒れ狂う雷人を相手にしなくてはならない。
しかも、途中で妹たる桜姫も帰宅し、サルートから事情の説明を受けるや否や、何故か参戦を表明。
ラストに対して鋭い視線を向けつつ、時に兄貴と協力して俺の事を責め立て、時に兄貴を裏切る形でこちらが優位に立ち回れる様に攻撃を差し込んだりして来た。
まぁ、そんなドッタンバッタンの大騒ぎも、母が帰宅した事で強制的に中断される事に。
そして、必然的に母に見付かったラストは、父とはまた別方向に彼女に対して過剰反応を示し、半ば強制的に夕飯の食卓を共にする事となった。
それにより、結果的に言えば我が家へと馴染むのに大きく貢献?する事となったのだが、その辺りは特に触れなくても良いだろう。
そんな訳で、大変に有意義ながら、普段よりもかなり騒々しく過ごす羽目になった日の翌日。
俺は、例の廃倉庫群へと足を向けていた。
最近は連中が起こした事件が多発している為に、平日である事も相まって、周囲には昼間だというのに人の気配はかなり閑散としている様子。
そんな中を俺は歩いている訳だが、当然の様に一人きりで、と言う訳では無い。
「…………なぁ。
ここまで人目が無いのなら、そんな変装までしなくても良かったんじゃないか?」
チラリ、と視線を落とした先では、ワッサワッサとフサフサの尻尾が揺られている。
ソレを辿って視線を上げれば、そこには尻尾と同色の毛並みに包まれた頭部が続き、やがてつぶらな瞳と黒く濡れた鼻が現れる。
「ワッフ!!!」
返事をする様に放たれた咆哮。
当然の様に、見たまま在るがままの大型犬、と言う訳では無い。
…………無いのだが、あの時聞いた言葉が、こんな形で実現する羽目になるとはなぁ、とどうしても遠い目にならざるを得ない俺の事を、コイツは知った事では無い!と言わんばかりに、それでいて多少の気遣いを込めながら、自らが嵌めた首輪に繋がり、俺が保持しているリードをグイグイと引っ張って来るのであった……。




