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「来ちゃった♡」
「いや、来ちゃった♡じゃないが」
そう言って、褐色の頬を赤く染め、いたずらに微笑むのは、魔族にして『七魔極』の地位に在るラスト。
少し前、俺と命の奪い合いを繰り広げた、かつてのあの世界に於ける敵対種族であった。
あの時、ほぼ決着は付いていたものの、他の勢力による介入、と言う形で有耶無耶に流される結果となっていた。
その為、流れた勝負の決着を改めて付けに来たのか!?と内心にて身構えるも、目の前のラストから発せられる雰囲気からはその様な傾向は無く、寧ろ柔らかなモノである様にすら感じられた。
え?俺達って、殺し合いした仲だったよな?だとか。
え?その表情、離れ離れになっていた恋人にでも再会しました?だとか。
え?あの時連れていた仲間は今日は居ない?本当に1人で?だとか。
そんな疑問が、俺の脳内でグルグルと駆け巡る。
が、それよりも先に、真っ先に確認しないとならない情報が在った為に、どうにか混乱を押し殺して俺は、震える声色にて問い掛けた。
「…………なぁ、ラスト。
お前、どうやってこの場所知ったんだ?」
そう、俺は、別段住所に付いてラストに対して発言して居ない。
あの戦いの場でも、近くに住んでいる、だなんて世間話の類いをしたりだとか、具体的な住所の情報を口にしたり、だなんて事はしていないのだ。
更に言えば、ここの住所、実はちょっとした機密扱いになっている。
元侵略組織の長にして、数少ない帰化した異世界人の技術者、と言う肩書を持つ父が暮らす場所である為に、諸外国や他の侵略組織からの強引なお誘いを弾くべく、ここの住所は公開されていないし、普通に検索した程度では出て来る事も無い。
また、ここに付いて調べようとした段階で、国の方から睨まれる為に、下手をすれば罪状をでっち上げられてでもお縄に着けられる羽目になりかねないのだ。
なので、ここをそう言った手口で知ろうとした場合、取りうる手立てはほぼ無い。
少なくとも、正攻法では禄に情報を得る事すらも出来無いハズだったのだ。
なのにここに居る、と言う事はつまり、後暗い事をやってまで、ここを特定して見せた、と言う事。
なれば、世間的な頭花畑になってるカップルの如く、会いたくて会いたくて仕方なかったから来ちゃった♡なんてアホ丸出しな理由では無いだろう。
また、アンダーな手段を使って、と一口で言ったとしても、そうした上でこの住所を突き止められる所は限られている。
そんな、一部の手練を引っ張り出して来てまで、わざわざその程度の事の為に、だなんて事は、やはり有り得ないだろうさ。
「ん〜?
そこは、まぁ、チョチョイと調べて?
でも、そこまで難しくは無かったわよ?
ご主人様の魔力も私は覚えていたし、この世界のインター、ネット?ってかなり便利よねぇ。
使い方を覚えるまでは結構面倒臭かったけど、一回覚えられれば、かなり色々と出来る様になるんだから、面白くて色々と調べちゃった♪」
「…………因みに、どうやって?」
「確かぁ……かんしえいせい?って言うのにアクセスして動かして、ご主人様の行き先を見ていたら偶然?」
…………なんて思っていたのだが、どうやら思ったよりもヤバい事していた模様。
幾ら魔法や魔術や魔力が溢れる様になった世になっても、情報インフラや地球環境の情報収集の為に人工衛星は打ち上げられているし、未だ利用もされている。
それらを駆使して俺の動向を観察していた、とサラッと一口で言ってくれたが、もしそんな事をしようと思ったのであれば、その辺の捨て値が付いているパソコンでホワイトハウスのデータベースにクラッキングを仕掛ける並みに不可能に近い事を為出かす必要があるだろう。
しかも、それで世間的にはバレていない、となれば、更に難易度は青天井に跳ね上がり、最早具体的な例え話が思い付かない程になる。
…………と言うか、敵である侵略組織の連中に、良い様に使われてるんですかね文明の利器様?
こいつらに使われる事も、解析される事も無いだろうから、と現場で特にツールを更新する事無く使い続けられている、現代に於ける電子機器神話が脆くも崩れ去った瞬間だぞ?
まぁ、使われないし解析もされない、って言われていたのは、ぶっちゃけ相手が理解した上で利用しないか、理解出来ないから利用しないかのどちらか、と言うのはここだけの話。
前者に関しては、父サルートが良い例だが、こちらの世界よりも進んだ技術を持っているパターン。
その手の連中なら、解析しようと思えば即座に出来るが、そんな低級な技術しか持っていない連中相手に、そこまで必死になりたくない、と言う心理が働いてのモノになる、とか。
平たく言えば、未だに粘土板を最新技術として扱っている連中から、ソレを奪ってまで優位を保ちたいか?と言われているのに等しい訳だ。
因みに、後者に関しては、実はラスト達は立場上そうなるパターン。
元々、科学では無く魔術を軸に発展させた文明の持ち主であれば、そもそもがその手のツールが何なのかを理解出来ない。
コレはこうなんじゃないか?コレの機能はコレと似ているから使い方も似ているかも?と思えるのは、基本的な知識と見識か在るが故。
であれば、基本的かつ根本的に、ソレがそう使える、とは気付けないし考えない。
こちらは、例えるのならば、早い話が原始人に端末を持たせても、結局は文鎮にしかならない、と言う事だろう。
まぁ、例え話にはかなり極端な例を出した、とは自覚しているが、少なくとも今の今まではその通りになっていたのだ。
少なくとも、興味本位で色々と弄くり回され、結果的に機密情報をすっぱ抜かれる、だなんて事態には、本当になっていなかった、ハズだ。
「……………………まぁ、方法としては、何も言わんよ。
で、何用だ?
わざわざこの場所調べてまで来た、って事は、それなりに理由とかがあっての事だろう?
悪いが、今こっちは立て込んでてな。
要件は、手早く済ませてくれないか?」
半ば頭痛を堪えながら、流れる様に言い募る。
実際、現状としては半ば膠着状態に等しいまであるが、それでも有事にして非常時であるのは間違い無いし、何から俺達(俺と父)は当事者ですらあると言える。
なので、別段嘘は言っていない。
まぁ、実際の所としては、喫緊の課題も無い事は無いが、それでも次が出ないとやる事が無い、と言う程度に手は空いているし、相手出来ない訳でも無いのだが、なぁ……。
コイツ相手にしていると、どうにも新しい扉を無理矢理に開かされそうでちょっと怖いと言うか、向こうの世界での敵対種族であった為に、無意識的に身構えてしまう、と言うか……。
なんて思いながら、半ば断りの口上とした俺であったが、どうやらそれも通じてはいなかったらしく、ニコニコと笑みを浮かべながらラストは、かなり衝撃的な内容を発言するのであった……。
「あぁ、アレ?血啜蟲の事?
アレって、妙に頑丈で中々死なないから処理が面倒なのよねぇ。
だから、って訳じゃないけど、私が手伝って上げても良いわよ?
こう見えてあいつら、血啜蟲の退治はお手の物だから、ね?」




