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「…………では、次は私からで良いでしょうか?」
そう言って桜姫が小さく手を挙げる。
俺が、闇の煮凝りじみたモノを吐き出した直後の行動に、その切っ掛けとなった兄が『マジかこいつこのタイミングで!?』と言った表情を浮かべるも、彼女は分かっているのかいないのか、はたまた故意的に無視しているのかは定かでは無いが、そのまま無表情にて言葉を続ける。
「取り敢えず、先程兄が辿った大まかな道程と、魔力が覚醒するに至った経緯、そして能力にも目覚めている、と言う事は聞きました。
ですが、その目覚めた能力については全く触れていなかったのですが、どの様な能力に目覚められたのでしょうか?」
「…………?アレ?言って無かったっけ?」
妹にそう言われて、記憶を振り返る。
確かに、向こうでやったアレコレに関しては大まかながら説明したし、帰還する際に使用した魔導具に関しても自分で作った、とも説明した。
が、特別細かくどんな能力を得た、だとかの説明はしておらず、また戦闘等の能力の推察が出来そうな場面は省いて説明していた為に、言われてみれば確かに欠片程度にしか話していなかったな、と思い至る。
故に、と言う訳では無いが、フィンガースナップをその場で1つ。
それと同時に、鳴らした俺の右手に魔力が集中する。
突然の出来事に、咄嗟に反応する2人であったが、次の瞬間には何も持っていなかったハズの俺の右手に現れた結晶に視線が奪われる。
先程の指パッチンで使われた親指と人差し指に摘まれる形で俺が保持するその結晶。
銀色で水晶にも似た外見をしているソレは、綺麗な見た目とは裏腹にそれなりの量の魔力を秘めており、本能的に感じ取っているのであろう2人は、思わず額に汗を浮かべていた。
「俺の能力は『錬金術』。
向こうの世界じゃ、魔法だとかの技術の1つとして確立されていたモノだったけど、俺のは少しばかり特別製だったみたいでね。
連中だと砂粒みたいな結晶1つ作るのにも苦労するこの『賢者の石』を、かなり簡単に作る事が出来るって訳さ。
あと、漫画だとかアニメだとかで出てくる錬金術師が出来る事は、大概出来るぞ?」
作り立ての『賢者の石』を使用し、空気中に漂う塵を増幅・錬成して貴金属を生成する。
そうして作った貴金属を、今度は流体の様に操作して見せ、時に水銀の様に液体として、時に触手の様に生体として動かして見せる。
最後に、作り出した貴金属を増幅させ、一振りの短剣へと造型すると、その状態で形を固定し、ついでに鞘も作って内部に納めてから兄へと放ってやる。
慌てて受け取る兄。
恐る恐る、と言った様子で柄や鞘を握り、寸前までの柔らかさはもう無い、と判断してから刀身を抜き放つと、その刃に指を這わせる。
当然、スパッと切れて漫画みたいにピューッ!と出血し始めたので、仕方無くこちらも指を切り、血液を一滴傷口に垂らしてやる。
すると、みるみる内に傷口が塞がり、またしても唖然とした視線を2つ程向けられる事になる。
「なんでそうなるか、って聞かれそうだから先に答えるけど、俺の血が『命の水』になっているから、としか答えられんぞ。
とある事情から、俺は自身の心臓に特大の『賢者の石』を埋め込んでいる。
んで、その副反応でこうなってる訳なんだが、こんな話は聞いた事無いか?完璧な物質である『賢者の石』を用いれば、卑金属を貴金属に変え、タダの水を永遠の命を齎す『命の水』へと変化させ、新たな生命の創造すらも容易にするだろう、ってヤツ。
まぁ、俺の場合、永遠の命、なんて大層なモノになんかならなかったが、それでも体力魔力常時回復・状態異常即時解除・負傷即座修復って感じになったから割りと御の字ではあったけどな」
「………………あん?
でも、ソレって要するに向こうの世界でそうしてた、って事だろ?
でも、こっちに戻って来たら、身体も元に戻ってた、って言ってたじゃネェか。
なら、なんでそこだけそのままなんだ?」
「さぁ?
そこは、俺にも分からん。
実在してた神様がギフトとして贈ってくれたのか、それとも賢者の石が時間遡行による消滅を『状態異常』として認識してレジストしたのかは知らんが、まぁもう一度ヤる羽目にならずに済んで良かったよ。
アレ、結構痛いからな」
「痛いで済むのですか……?」
「済まさないと、こうして戻って来れなかったからな」
事も無げに言い放つ俺に、妹が表情を引き攣らせる。
そうまでしないと生き残れない状況に叩き込んでくれた連中に引いているのか、そうまでして生き延びたいと足掻いた俺に引いているのかは不明だが、そこは前者だと思いたい所ではある。
そこで、先の質問の答えは出された、と判断したらしい兄が、手の中で弄っていた短剣をしまってから、再び口を開く。
「じゃあ、次はまた俺だな。
さっき、魔物については一応聞いた。
だから、今度は魔族について話してくれよ。
確か、オメェが主に闘わされた相手って、魔物じゃなくてそっちだったハズだろう?」
「あぁ、魔族ね。
特徴を挙げるなら、外見はパッと見た限りだと人間とそこまで大きくは変わらないな。
強いて挙げるなら、決まって角が生えていた事と、後は肌の色が濃かった位かな?
あ、因みに実力で言えばダンチだったからな?
それこそ、下級の魔族1人倒すのに、人間側だと数十人の兵士磨り潰して漸く、って感じのレートだったならな。
で、上級だと下級の魔族が束になっても敵わないし、幹部だとか魔王本人だとかを相手にしようとすると、今度はその上級連中が束になって掛かって漸く1人相手に出来る、かな?ってレベル」
「その大軍相手に、オメェ1人で戦わせるとかどんだけアタマ沸いてやがるんだ?
普通に考えて無理ゲー過ぎんだろ??」
「まぁ、結果的に言えばどうにかしちゃったからなぁ。
それに、一応は仲間、的な連中も居た事には居たし。
尤も、俺の背後に隠れて口だけ出して、いざとなれば俺の背中ごと巻き込んで攻撃して来る様な連中の事を、仲間、だなんて呼びたくも無いけどな」
「…………oh……」
あんまりにもあんまり過ぎた俺の境遇に、思わず、と言った感じで外人の様な反応を見せる雷斧。
過去は振り返らない主義に鞍替えはしているものの、それでも思い出すだけで腸が煮えくり返る思いが蘇って来るのだから、相当なモノだろう。
…………後、コレはまだ言っていないが、その『仲間』の内の何人かとは半ば無理矢理婚約を結ばされていたのだが、当然の様に他の連中と浮気してくれやがっていたりもしたのだが、言わなくても良いヤツだろう。多分。
「では、次は私、と言う訳で本題に入らせて貰います。
ズバリ、その膨大な魔力、どうやって得ましたか?」
「………………どうやって、って言われても……」
「確かに、成長に支障が出る、と見られる程の魔力を生来得ていた、と言う事ならば、一応は理解出来ます。
が、そうだとしても、今こうして感じられる兄の魔力はとても大きい。寧ろ、大き過ぎると言える程に。
であれば、どうにかして魔力を増やす方法が在るのでは無いですか?
私は、その方法が知りたいのです」
「魔力を増やす方法、ねぇ……」
言われて首を傾げながら考える。
確かに、何やかんやあって向こうの世界に召喚された直後と比べれば、魔力は大きくなった、と言えるかも知れない。
し、ぶっちゃけるとその方法にも思い当たる節が無いでも無い。
…………無いんだが……。
「…………正直、多分ソレ、って程度の認識でしか無いし、ヤるだけ無駄、って可能性も低くは無いから正直オススメは出来ないんだけど……」
「それでも、です」
「…………そう」
そこで言葉を切った俺は、片手に再び賢者の石を作り出すと、再度口を開く。
「要因として思い当たるのは、主に2つ。
1つはコイツ。
賢者の石を心臓に埋め込む事。
タイミング的に、思えばコレをした頃から使える魔力量が増えていた……様にも思える」
「…………もう一つは?」
「もう一つは、至極簡単。
魔力を限界まで酷使し、死にかける程に戦い、そして強制的に回復されてソレを日に何度も何度も繰り返す。
そうすれば、多分だけど数ヶ月もすれば魔力量も大きくなっているんじゃないか?
まぁ、発狂する方が早そうではあるけど」
半ば投げ遣り気味にそう口にする俺の姿を見たからか、それとも口にした内容が想像の斜め上を行っていたのか。
ソレは流石に妹本人でないと分かりはしないが、若干ながら唖然としている様子。
流石にそこで固まる程度に常識があり、修行万歳実力最高!な脳筋と化していない以上、本当に実行はしないよな?と内心で密かに焦る俺なのであった……。