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追尾して来る紅い茨を回避するべく、俺は廃倉庫の中を駆け回る。
時に残された荷物を駆け上がり、時に壁まで走って見せていると、それなりに情報が集まって来た。
どうやら、一度に出せる茨の数と流さには、それなりに関係が在る様子。
数を多くすれば茨が伸びる距離が短くなり、射程距離を増やせば今度は操れる数が少なくなる。
尤も、それもある程度、と言った様子。
一度、試しに近づいて距離を詰めてみたのだが、その時は予想を遥かに上回る数の茨が、予想外なまでの距離まで延々と追い掛けてくれていたので、もしかしたらまた別の法則か、もしくは何かしらの条件が在るのかも知れない。
そして、それ以外に1つ、分かった事がある。
どうやらこの茨、あの真っ赤なアイツの血液から造られているらしいのだ。
…………それが判明したのは、例の最初の一撃を回避した時。
俺目掛けて振り被られ、そして結果的に空振って床へと突き立った拳を、俺が回避しながら観察している最中にアイツが引き抜いたタイミングだった。
当然の様に、魔力で強化もしていない素手を、廃墟となって久しい、とは言え、コンクリの床へと突き立てれば、どうなるか?
答えは、再起不能なまでに破壊される、だ。
その答えの通りに、グシャグシャになった拳を掲げるアイツ。
指の関節は全部がバラバラの方向へと向いており、手の甲の部分からも、折れて突き出ている骨が覗いており、出血によって真っ赤に染まったソレは、通常であればまず間違いなく切断か、もしくは再起不能な状態での治療か、の2択を迫られた事だろう。
だが、当然の様に不自然な速度にて治癒が始まって行く。
まるで、録画した映像を逆再生しているかの様に、折れ曲がった指が真っ直ぐになり、突き出していた骨が肉の中へと戻って仕舞われ、白い肌に覆われる事で完治となる。
圧倒的かつ異常なまでの再生力。
ソレを目の当たりにさせられた場面であったが、その光景に俺は違和感を覚えていた。
…………言ってしまえば、ソレはただ単に、怪我をして、それが治った、と言うだけの光景。
ただ、それだけでしか無いハズのモノを目の当たりにして、ここまで強烈に違和感を抱くだなんて、一体……!?
と、そこまで考えた俺は、攻撃を回避しながら先の光景を思い出していた。
そして、そこで1つ思い出す。
そう言えばアイツ、なんで赤い血を出血していたんだ?と。
少し前にも観察した通り、奴らの体内に血液は存在しない。
在るのは、ある意味『本体』とも呼べるであろう膿に良く似た粘液。
爪や歯と言った部位から受けた傷により感染し、血液を消費して増殖し、最終的には脳まで蝕んで連中の操り人形へと果てる。
取り敢えず、実際に検査した訳でも、死体を腑分けした訳でも無いが、コレが今の処分かっていた事になる。
しかし、そうであるならば、何故ヤツの傷口から、赤い血液が滴る事になったのだろうか?
既に、『金剛』によって風穴を開けてやるまでは、その体内に膿の様なモノしか無い、と言う事は明白であったのに。
「…………まさか、『共喰い』か……?」
思わず、俺の口から言葉が零れ落ちる。
しかし、それ以外に可能性が思い当たらない、と言うのも事実だ。
何せ、現にアイツの行動が変化を見せたのは、例の追跡者に対して行った『共喰い』の後から。
それによって、喉元を潰された程度では活動不能にはならないハズの追跡者は床に倒れ臥してピクリとも動かず、逆にアイツは大暴れしてくれている。
その際に、喉が嚥下する様な動きを見せていた様な気がする。
と言う事は、やはり追跡者の体内から、例の膿の様なモノを引き出し、あるいは追跡者が進んで喰われる事で、自らの体内へと収める結果になった、のだろう。
…………だが、何故それで血液が戻って来る、と言う事になるのだろうか?
追跡者(2号)を喰らった事により、その身の内に溜め込まれていたエネルギー(仮)を得た事で活動可能範囲が激増しました!とかなら、理解も出来る。
現に、目の前で大暴れしてくれているのだから、多分方向性としては間違ってはいないハズだ。
しかし、それならば寧ろ、血の気が更に引いてゆく事になるのでは無いのか?
連中にとっては血液こそがエネルギー源である、と言う仮説の元に言わせて貰えば、エンジンを増設して出力を上げたのだから、消費される燃料(血液)は更に必要となる!のではないのか?
それに、どうやらあの茨、アレもヤツの血液が元となっている様子。
何故か?と問われれば、答えは明白。
茨が発生する場所が、ヤツの足元に残された血溜まりか、もしくはヤツの身体そのもののみに限定されるから、だ。
おまけに、身体から発生する時は、服の下から突き破って生えてくる。
発生するタイミングが見えない上に、近距離型か遠距離型かも判別出来無いから回避が面倒臭くて敵わない。
更に言えば、茨は茨で、どうやら血液をどうにかして固体として扱っているだけ、であるらしく、破壊してもその場で血液に戻るだけであり、ソレを起点としてまた茨が展開される、みたいなパターンもあってか、本当にキリが無い状態となっていた。
そんなこんなで、回避と観察に専念すること暫し。
現在に戻って来たものの、やはり状況は変わる事無く、アイツが一方的にコチラを責め立てて来るのみ。
一応、こちらからも反撃は何度か試みてはいた。
先にも述べた通りに、物理的に破壊しても一時的に散るだけに過ぎないので、苦手ながらも炎で燃やしてみたり、凍らせたり感電させたり、と色々だ。
しかし、そのどれも効果はそこまで高くは無く、一時的に体積を減らせたとしても、暫くするとまた以前と同じ様に増えて襲ってくるのだから、どう対処したモノだろうか?と頭を抱える羽目になってしまっている訳だ。
幸いにして、茨を直接受けたとしても、そこから感染して、と言う事にはならない様子。
少なくとも、噛みつかれたり引っ掻かれたりした時の様な、異様な悪寒と急速な肉の内での膨張、と言うあまり体験したくないモノは、発生していなかった。
「……………………なんか、もう考えるのが面倒臭くなってきたな……。
後はもう、取り敢えずブチ殺してからどうにかするか」
どうしようか、とアレコレと考えて頭を回していた。
が、ある程度まで分析し、情報を集めて、とやっていると、ある一点から割りとその手の事がどうでも良くなって感じられる様になる。
まぁ、向こうの世界でも偶にあった事だが、ある程度事態が硬直すると、途端に『スイッチ』が切り替わる様に思考が入れ替わる事がある。
その時は、大概の事が面倒臭くて仕方なくなり、今の様に目の前の問題を問答無用で踏み潰さないと気が済まなくなる。
まぁ、流石に?
吸血鬼だろうがゾンビだろうが。
心臓と脳を破壊しても、生きていられる道理は無い。
なら、取り敢えずブチ殺して、その死体を回収して調べれば万事解決、オールオッケーと言う奴だ。
そう決めた俺は、目の前に迫りつつあった茨を、身体強化を施した素手で横薙ぎに払い除け、粉々に打ち砕いてしまう。
当然の様に、砕かれた茨が液体である血液へと瞬時に戻り、空中を雫として漂いながら、そこを起点として再度茨へと姿を変えて俺へと目掛けて殺到して来る。
が、その時には既に俺はその場に居らず、強化した脚力によって前へと砲弾の様な勢いにて飛び出していた。
当たり前だが、標的は驚愕から目を見開いているアイツ。
慌てて、足元に残っていた血溜まりから茨を出現させ、俺へと目掛けて殺到させる。
が、その茨に関しても、ある程度の衝撃を与えればどうにでも破壊出来るし、直接的な危険性は低い、と判断出来てしまっている俺は、敢えて防御も迎撃もする事無く、更に空中で加速して、茨の檻が完成するよりも先に、その濁流の中へと身体を躍らせて行くのであった……。




