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『共喰い』
その光景を目の当たりにした際に、真っ先に俺の脳裏に浮かんだ単語。
この状況を端的に表したその言葉であったが、俺は謎の悪寒が背筋を駆け巡るのが感じられていた。
具体的に言えば、今直ぐこの場から逃走するべき、と認識する程度には、嫌な予感、と言うヤツがビンビンに反応している。
…………だが、現状死にかけの吸血鬼だかゾンビだかが、仲間の個体を喰っているだけでしか無いハズなんだが……!?
なんて思いながら状況の推移を見守っていた時、ソレは起きた。
片や首筋に喰い付かれ、片や首筋に吸い付いていた2つの影が、片方はその場に崩れ落ち、片方はその場に佇んで残る。
言ってしまえば、たったそれだけの光景。
しかし、状態で言えば、かなり劇的な変化を遂げた、と言えるだろう。
何せ、立った状態で残っている方。
つまり、真っ先なアイツが、身体を回復させて立っていると言う状況なのだ。
推定ながらも、そこまで劇的な回復能力を持ち合わせていないハズのアイツが、だ。
しかも、それだけでは無い。
先んじて俺が斬り裂いていた喉元や胸、そしてつい先程開けてやった風穴も、目に見える速度にて修復されて行くのだ。
だが、その光景が尋常では無い。
先程までの、膿の様なナニカが内側から盛り上がり、肉を成して傷口を塞ごうとしていたのとは、また異なる。
鮮血の様な真っ赤なナニカが内側から滲み出ると、そのまま肉や皮膚へと転じて傷口を塞いで行っているのだ。
まるで、先程までの連中とは、別のナニカであるかの様な光景。
寧ろ、別の種族へと転じた、とか言われた方が、よりしっくりくるであろう程の光景に、思わず足を止めて見入ってしまい、まるで昔の特撮モノでヒーローの変身を黙って見過ごす悪役、みたいなムーブを披露してしまう。
そうこうしている内に、アイツの回復が終了する。
折れていた手足は真っ直ぐになり、大きく開いていた損傷も、最早白い肌に覆われて衣服が破れていなければ、そこに傷を負っていた、とは分からなくなっていた。
…………これは、ちょいとばかり不味いかも知れない、か……?
そう判断した俺は、撤退も視野に入れて足に力を込め始めたのだが、そこで予想外の事が発生する。
「……………………今更、逃すトデも、思うカ?」
「……………………は?」
────思わず、行動が止まり、思考が空白に支配される。
…………だが、それも仕方の無い事だと言えるだろう。
何せ、ほんの少し前。
それこそ、僅か数分前までは、独自の方法でしか意思を伝える事が出来ず、音として発音して会話する、なんて事はまるで出来ていなかったヤツが、唐突に喋り始めたのだ。
流石に、流暢に、と形容してやれる程に滑らかに発音したりは出来ていない様子だが、それでも言語を操り、その上で同じ言葉を理解している、となれば、流石に驚かざるを得ないだろう。
ここまで急速かつ急激な変化を遂げた原因。
それには、俺は1つしか現状心当たりが無かった。
「…………随分と、便利な力を隠し持っていたみたいだな?
その力を効率的に使う為に、方々で騒ぎ起こしていた、って訳か?」
「……………………ナニが、言いタイ?」
「いや、ね……?
お手軽に、共喰いするだけで、そこまで急に回復したり、機能を拡張出来たりするのって、どんな気分なのか、聞いてみたくて、さ。
俺達が、努力して力を磨いたり、死ぬ思いをして漸く経験を積んだりして、やっと強くなって行く様なんて、お遊びにしか見えないんじゃないか?」
「……………………お前、スコシ黙れ」
「おや?
おやおや??
おやおやおや???
もしや、図星を突かれたから、もう聞きたくない、ってヤツですかぁ?
仲間を喰えば強くなれるから、その仲間を増やすために、そこら中でアレコレとやっていたんだろう?
なら、逆に聞きたいんだどさ?
仲間を喰わないと強くなれないって、どんな感覚?」
「………………キサマァッ!?!?!?」
真っ赤なアイツが激昂し、俺へと目掛けて飛び掛かって来る。
とは言え、これも想定内。
このシチュエーションに誘導する為に、わざと挑発してやったのだから、まぁ結果は上々と言えるだろう。
…………しかし、コレで幾つかハッキリした。
アイツにとっても、あの手段、『共喰い』と言う手は出来るならばしたくはなかった、と言う事が。
そうでなければ、幾ら俺が情報を吐かせる事を目的で、わざと煽る様な言葉選びをした、とは言え、ここまでアッサリと激昂する事は無かっただろう。
元々、回復手段や強化手段の1つ、として考えており、同類を殖やすのもそうして強化する為兼配下として使い勝手が良かったから、とかであったのならば、ここまで怒りを覚える事も無く、挑発に乗って迂闊に飛び出す事もせず、淡々と対応するか、もしくは俺の見当違いな言葉を嘲笑って見せた事だろう。
そうでは無かった、と言うだけでも、得られた情報は大きい。
まぁ、あの追跡者(2号)に特別思い入れがあったのか、それともアレ程度の性能を持たせるのには苦労があったからなのか、はたまた喰うには仲間は不味過ぎるから嫌だったのかは置いておくとしても、やはり情報として得られた部分は大きいだろう。
なんて思いながら、振りかぶられた拳を回避する。
…………やはり、素早さだとか、気迫は凄まじいが、技術が伴っている感じがしない。
恐らく、当たればかなりのダメージを貰う事になるのだろうし、体術等の修練の跡が見られない訳でも無いのだが、やはり放たれる圧に応じたレベルか?と問われれば『否』として答えるしかなくなってしまう。
そうして繰り出された拳を回避し、反撃に蹴りでも見舞ってやるか、と構えた時、背筋に悪寒が駆け巡る。
慌ててその場を、若干ながらも大袈裟気味に飛び退いて見せれば、突如として紅い茨が乱立する。
「……………………はぁっ!?!?!?!?」
突然過ぎる程に突然な出来事に、思わず俺の口から間の抜けた声が零れ落ちる。
が、それも仕方の無い事だと思って貰いたい。
何せ、寸前までそんな兆候は欠片も無く、また未だに魔力の類いを感じ取る事は出来ていない。
しかし、現に俺の目の前では、物理現象として紅く、鋭い棘を周囲へと伸ばしている茨が茂っており、その中心にはアイツが地面へと拳を突き立てている。
…………そうなると、最早アイツが何かした、と言う事は、ほぼ確定だと言えるだろう。
……だが、一体どうやって、何をしたのか?が一切不明なままとなっていた。
しかし、よくよく目を凝らしてみれば、少なくとも『何をしたのか』の部分に関しては、情報が無い事もない様子。
何故なら、その唐突に現れた紅い茨の中心地にはアイツがおり、かつその拳を床へと突き立てていたから、だ。
突如として出現し、茂り、その上で追尾までして来る紅い茨。
捕まったら碌な事にはならないのは明白であった為に、試しに捕まってみるか!なんて茶目っ気は欠片も出さず、逃げに徹しながら追加で観察し、情報を考察して行く。
…………恐らく、拳が床に突き立てられているのは、さっきの振り下ろしを俺が回避したから、だろう。
空振った拳の行き先が偶々床だった、と言うだけであり、そうでなければ俺の身体の表面か、それとも内側だったのかは置いておくとして、少なくとも至近距離からアレが炸裂する羽目になっていたのは、間違い無さそうだ。
「……………………流石にあんなの喰らったら、俺でも『痛い』じゃ済まなさそうだしなぁ……」
思わず、実際に言葉が口から零れ落ちる。
情報を持ち帰り、対策を立てる為にもこのままトンズラさせて貰えれば1番良いのだろうが、相手さんはそうさせてくれる気が欠片も無いご様子故に、そろそろ本気で一撃入れて逃走するか、それとも確実に仕留めるかのどちらかは必要か、とこの後の苦労を想像しつつ、溜め息と共に覚悟を決めるのであった……。




