64
受信機の働きをしていたであろうモノを排出する事に成功し、軽くなった身体と頭で現状を俯瞰する。
当然、状況はあまり宜しいモノでは無い。
俺が今、目の前で相対している真っ赤なコイツは、少なく見積もっても七魔極並みの実力がある。……ハズ。
なので、逃げるにしても、そうでないにしても、取り敢えずコイツをどうにかしなくては話が何も始まらない、と言える。
次いで、周囲の状況。
最初にライトアップされた時に、大型ライトの周囲に見えた人影は、未だそこから動いてはいない。
まだ動かすタイミングでは無い、と判断しているのか、それとも動かすまでも無い、と思われているのか。
そこは不明ながらも、最低限機材の操作、と言う事が出来る以上、やはり性能としては追跡者程度には有る個体と見ておくべきだろう。
と、そんな具合なので、ハッキリ言って状況はあまり良くは無い。
寧ろ、悪い、とすら言えるだろう。
何せ、敵方は予備戦力を出し惜しみする余裕すら持ち合わせているのだ。
孤軍奮闘して、どうにか大将を討ち取らないと!と必死になっている俺と比べれば、気持ち的にも余裕綽々と言った所だろう。
ならば、そこにかまけて油断してくれても良いハズなのだが、その様子も見られない。
先に叩き込んだ一撃により、普通の人類であれば、例え魔族であったとしても、良くて戦闘不能。
下手をしなくとも致命傷になるであろう手傷を、既に負わせてはある。
……………………あるのだが、どうにもソレで弱った様子が見られないのが残念な所。
喉元を掻き斬って呼吸を潰し、心臓を貫いて生命も殺してある。
が、それでも死なず、また追跡者と同様に傷口からの出血も確認する事が出来ない。
とは言え、全く同じ、と言う訳でも無い様子。
遠目にしか見えていないが、塞がろうとざわめく傷口の奥には、何やら膿の様なそうでない様な、何とも形容のし難いモノが蠢いている様子。
つい先程、俺の身体から排出したモノと非常に良く似ており、今も俺の足元で元気に蠢いている。
真っ赤なコイツの体内に存在する事。
俺の血液を啜って成長?している事。
体内に在る時に受信機の様な働きをする事。
それらを統合すれば、余程の阿呆でも無い限りは、嫌でも気付く。
この膿みたいなモノ、もしかしなくてもコッチの方こそが重要な存在なんじゃないか?と。
俺は、ココに来てコイツを目の当たりにした時、最初はこの膿の様なモノは、真っ赤なコイツの『能力』的なモノなんじゃないのか?と考えていた。
人の様な外見のモノと、膿の様なモノ。
それら両方が別の世界から渡って来たモノであり、コイツが司令塔として膿の様なモノを媒介として経由し、感染させた人々を操っていたのではないか?と。
そして、追跡者の様な上位個体が出来る理由も、以前推察した通り。
人々に適性の様なモノが在り、それの有無か高低によって結果が分かれるが、暴れ回るだけのモノとそうでないモノとを別けるのは、適応出来るかどうかである、と考えていた。
が、こうして相対し、先程の様な洗脳まがいの事までされた結果、1つの推論として先程の考えに至った訳だ。
直接相手の本体が身体に仕込まれていたのであれば、アレだけ好き勝手されて、半ば操られる様な状態になったとしても、残念ながら納得出来てしまう。
更に言えば、それぞれで増殖した量に応じて本能的なモノから理性的な行動へと移れる、と言う事であれば、理性的な個体とそうでない暴れ回るだけの個体の差、と言うモノにも説明が付く。
ついでに言えば、どうやら連中は血液に含まれる何かか、もしくは血液そのものを吸収して増殖する様子。
であれば、完全に操り人形と化した個体の傷口から出血せず、更に言えばソイツらから傷付けられれば感染する、と言うのにも説明が付く、と思われる。
まぁ、とは言え、それもあくまで俺の想像に過ぎない。
実際の所として、ここで幾ら思考を回した所で確たる結果が出る訳でも無し。
ならば、この場をどうにか乗り切って、その後に俺自身が立てた仮説が正しかったのかどうか、を本格的に探る事こそが重要だろう。
そう決めた俺は、無言のままで空間収納から得物を取り出す。
腕に装着したのは、何時もの決戦兵器である『金剛』だ。
まぁ、兵器としての特性を考えると、寧ろ『修羅』の方が適任だとは思う。
思うが、アレは中々に制御と杭の精製が難しく、空打ちして無駄打ちしてリロードしてもう一回!とは行かないのが難儀な所だ。
更に言えば相手の魔力を利用する形で内側から破滅させる『仁王』は今回はお留守番決定だろう。
何せ、相手は推定とは言え魔力を保持しても、行使してもいないのだから、その特性上物理的な破壊力以外は望めないし、望めたモノとしても『金剛』の方が遥かに上で再使用までの時間も掛からないのだから、やはり『金剛』で行くのがベターだろう。
そんな訳で、取り出した『金剛』を装着し、再度距離を詰めて行く。
当然、コイツの目の前でやっている為に、唐突に虚空から何か取り出した、と言うだけでも要注意状態なのに、矢鱈と厳ついブツを装着までして見せたのだから、当たり前の様に警戒が強まっている事が感じられる。
だから、なのかは不明だし、わざわざ隠し札として取っておいたのであろうと理解はしていた。
していたが、ほぼ故意的に無視していた、元俺の体内に在ったアレが俺の背後から伸び上がり、半分は治りかけている傷口へと目掛けて飛び掛かり、もう半分が俺の足を止めるべく足元へと絡み付いて来た。
傷口からの再侵入からの、洗脳と支配。
ソレを防がれたとしても、粘性が高く、血液を糧に元々の倍以上の量に膨れ上がっていたスライムじみた粘液が足元に絡み付いて来たのであれば、確実に足は止まるし、最悪そのまま足を取られて転倒する可能性だって考えられる。
中々に良く考えられた作戦だと、使われた俺からしても、素直に言える。
三段構えのどれが当たったとしても、状況を良い方向へと持って行く事が出来る以上、やはりやり得な戦術であるのは間違い無さそうだ。
尤も、ソレをやろうとした場合、事前に自ら仕込んでおくか、もしくは今回みたいに、相対した相手に感染させた分が排出された、みたいな事がない限りはそうそう使えない戦法なのだろうが、欠点と言えばその程度だ。
……………まぁ、それもあくまで、相手が気付いていなかった場合、対策を持っていなかった場合、の話になるのだが。
そして、俺は可能性として気付いていながら、その対策を怠ったとしても無事に五体満足で生きて返してくれる程、優しい世界で生きていた訳では無い。
尤も、別段この状況事態を予測していた、と言う訳では無いのだけどね?
似たような状況で、似たような事をされて、危うく死ぬ処だった、って経験が在ったから用意していたモノが、そのまま流用出来そうだ、と言う話でしか無い訳なのだけど。
なんて、誰に向けるでも無く、胸中のみで呟きを零した俺は、空間収納から取り出した小瓶を、振り返るでも無く後ろ手にポロリと落とす。
別段、手榴弾の様に爆裂する訳でも、火炎瓶の様に炎上する訳でも無い。
が、液体、特に流動性の高いモノに掛けた場合、良く吸収し、その後固まる、と言った特性を持つモノが詰められた瓶であっただけの話。
故に、落ちて割れた中身を被ったモノが、慌てる様にのたうち回る様が、気配と音によって背後から聴こえて来た。
ソレに対して振り返る事も、減速する事も無く、必殺の策が成功する、と確信していた、してしまっていたソイツは、驚愕から目を見開いてその場で固まってしまい、俺に懐へと潜り込む事を許してしまうのであった…………。




