63
激痛と共に、肌が蠢く。
正確に言えば、肌の下、肉の中で、と言う事になるのだろうが、そんなモノは誤差でしか無い為に、あまり意味は無いだろう。
…………ソレに、先の口ぶりからして、多分コレが脳に達するか、もしくは一定量以上に増えたらヤバい事になる、と言う事だろう。
幸いにして、先んじて賢者の石を高機動状態に移行させていた為に、即座にどうこう、と言う事は無い。
が、やはり現状俺の身体に巣食うコレをどうにかしない限り、逃げ出す事すらも覚束無いのは間違いでは無い。
更に言えば、どうやら俺が無抵抗のままで屈服する、と思われているらしく、事を起こした真っ赤なコイツは、微笑みを浮かべたままで特に何をするでも無く、ただただコチラに視線を向けて来ている。
照明の辺りに配置されている人影を動かす事も、自らが動く事もせず、先程よりも浮かべる笑みを粘着質なモノへと変え、コチラを注視している様には、生理的な嫌悪感すらも覚える程だった。
────コレは、早急にどうにかしないと不味いな。
そう判断を下した俺は、両手に短剣を錬成する。
普段使っているのと同じ形のソレの鋒を、真っ赤なコイツ、では無く、俺自身へと向けて逆手に握る。
…………流石に、何をしたくてそんな事をしているのか?と不思議そうに首を傾げている真っ赤なコイツは理解出来ていないらしく、特に妨害したりするべく動きを見せてはいない。
なので、これ幸いと覚悟を決めて、逆手に構えた刃を俺は、俺自身へと突き立てた!
────ブシッ!!!!
左の刃で右肩を、右の刃で首筋を。
それぞれの刃で、今も肌の下、肉の中で蠢くソレへと突き立て、斬り裂いて行く。
当然、半ば自傷行為であるソレを行えば俺自身の身体は傷付くし、当たり前だが激痛が走り脳髄を焼いて行く。
が、どうやら向こうとしても、俺の行動は予想外のモノだったのか、俺を止めるでも無く、驚愕から行動を起こせずに固まってしまっていた。
これこそ好機!
そう判断した俺は、命の水の効果により、突き立てた側から治り始めている傷口を、わざと広げる様に刃を動かして、首筋と肩とを抉って行く。
すると、ある程度まで突き立てた所で、まるで耐えられなくなった!と言わんばかりの様子にて、ニキビでも潰したかの様な、脂の様な膿の様なナニカが、同時に鮮血溢れる傷口から、勢い良く飛び出して来た。
それは、膿疱でも潰さない限りは、有り得ない、と言えるだけの量と勢い。
つい先日、注射器の中身、として父に見せられたモノと同じであり、明らかに元々俺の身体に在ったモノでは無い、と断言出来る病巣であった。
噴水の如き勢いと量にて噴き出たソレは、当然の様に先に流された俺の血溜まりへと降り注ぐ。
ただの液体であり、病原菌が多量に含まれている、と言う状態(推定)を除けば、最早老廃物と同じ、と言ってしまえるであろうソレ。
…………しかし、空中に於いては液体であったハズのソレが、血溜まりに着地すると同時に半ば固体の様になり、その真っ赤なプールの中でゾワゾワとざわめき、アメーバを彷彿とさせる様相にて蠢いて見せる。
しかも、それだけでは無く。
なんと、注視しないとそうだ!とは断言出来ない程度の速度となってはいるが、その体積を増やしている様子だ。
注視していないと『気の所為だったかな?』と言った程度の速度でしかないが、逆に言えば見ていれば分かる程度の速度で大きくなっている、と言う事であり、ソレが生物的特徴を備えたモノが取れる行動、として鑑みるのであれば、どれだけ異常な事なのかは、言わずとも理解して貰えるだろう。
恐らくは、と言うよりも十中八九、俺の血液を取り込んで成長している、と言う事なのだろう。
これまで、俺の体内に収まっている間、何故不活性化していたか?に関しては、多分親父が打ち込んでくれた注射の内容物と、その際に大幅に体積を減らしていたから、と言うのが恐らくは正解だと思われる。
まぁ、そこら辺も、俺の想像でしか無いのだから、正解も不正解も有りはしないのだけれども。
で、ここまでくれば、続いての想像もさもありなん、と言った所だろうが、当然例の追跡者もコレに感染していた、と言う事だろう。
そして、恐らくだが、コレが体内の血液を消費して増殖し、一定量を超えるか、もしくは脳に到達するか、のどちらかをトリガーとして、例の狂乱が発動する、と言った所か。
その中で、何かしらの条件があるのか、それとも体質的なナニカなのかは勿論不明だ。
不明だが、ある一定の基準を満たしたモノが、例の追跡者みたいな『外部からの操作を受けての自律行動』が可能な個体となり、そうでないモノは普通に狂乱するだけのナニカに成り下がる、と言う訳か。
目の前のコイツに関しては…………正直、情報が少なすぎて良く分からん。
恐らくは、今回の事件の根幹的な存在であり、実際に世界を渡って来たナニカ、って所なのだろうが、その本人なのか、それともあの病原菌をこの世界で初めて移されたキャリアー、的な誰かなのかすらも分かっていないのだから、その辺は仕方無いだろうさ。
────と、まぁ、そんな風に情報の収集も出来た事だし、痛い事には痛いから、そろそろコレ(短剣)抜いてしまおうか。
ほぼ感覚的なモノになるが、さっき噴き出た分でどうやら体内に仕込まれた病原菌は全部絞り出せたみたいだから、多分同じ様な事をされたとしても、もう大丈夫だろうからね。
物理的にも軽くなった身体で、突き立てていた短剣を引き抜きつつ、スッと膝を伸ばして直立する。
寸前まで感じていた、異常なまでの重圧は消え失せ、普通に行動する事が出来る様になっていた。
…………どうやら、身体の内側に溜まっていたアレが、悪さをしていた、と言う事なのだろう。
特に魔力の類いを感じる事は、こうして排除した今も出来ずにいる以上、何らかの物理的な作用、アンテナの様な働きを以てして、半ば洗脳じみたナニカで俺に重圧を感じさせ、反射的にも防御を固める選択を取らせる事にしていたと思われる。
現に、先程まで感じられていた、真っ赤なコイツの動揺だとか、『聲』だとかが聞こえなくなっているので、やはりコレが受信機の様な働きをしていたのは間違い無いだろう。
そんな訳で、それまで張っていた結界を解除し、ガチガチの防御態勢から一変して、逆に攻勢を仕掛けるべく身体強化を重ねて行く。
唐突な俺の覚醒?に向こうは戸惑い、動揺している様子だが、そんなモノは俺の知った事では無い為に、取り敢えず短剣を手に距離を詰め、刃を突き立てんとして腕を振るう。
油断していたのか、そうでないのか、はたまたその必要があったのか。
真っ赤なコイツの立ち位置は、俺とそう離れたモノでは無かった。
なので、一足飛びに懐へと飛び込み、手にした短剣の刃を翻してその喉元を掻き斬り、心臓へと向けて豊かな胸元へと刃を差し込むのに、そう苦労はしなかった。
《──────っ!?!?》
言葉無き絶叫を放つソイツ。
しかし、既にアンテナの働きを持つモノを排出する事に成功している俺にとっては、最早ただの衝撃波に過ぎず。
多少のダメージを受けながらも、先程までの様に異様な重圧を受ける事も無いのならば、ただただ存在圧が七魔極並み、と言うだけに過ぎない相手だ。
ならば如何様にも相手にする方法はある。
少し前までの怯懦を振り払った俺は、それまで強張っていた表情を意図的に変化させ、微笑みを口元に浮かべると、コレからお前を殺す、との意思を刃の煌めきによって示しながら、再びソイツへと肉薄して行くのであった……。




