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追跡者の男が入って行った倉庫へと、足音を殺しながら忍び寄る。
同時に、魔力を目に集め、周囲に不自然に魔力が溜められている場所が無いかを確認する。
大概、こう言う時に仕掛けられるトラップは、魔力による感知式の警報装置だ。
機械仕掛けのタイプだと、何にでも反応する事になってしまうので、仕掛けた本人や風で飛んできたゴミにまで反応して警報を掻き鳴らす為に、あまりこう言った閑静で人気の無い場所では使われる事は無い。
その点、魔力式の場合、警報を鳴らさない様に魔力を登録しておけば、登録されていない魔力の持ち主が近付いた場合だけ発報される事になるから、一々出入りの度に解除しなくても済むし、空を舞うゴミの類いにも反応しなくなるので、誤報も減る。
そんな便利に思える魔力感知式だが、弱点が2つ。
構造が比較的簡単なのと、魔力を感知する方法があれば、簡単に見付けられる事、だ。
外側から場所さえ特定してしまえば、後は簡単。
感知する窓?が付いている方とは逆の方から魔力を回して伸ばし、主要な回路が通っている場所をチョン!と焼いてやれば良い。
そうする事で、センサー自体が機能を停止し、警報が鳴るよりも先に無力化出来る、と言う訳だ。
まぁ、センサー自体にセンサーを仕込み、無効化された時に何処かに報せる、だなんて遠回りな警報手段も無いことはないが、基本的にそこまでするのならばもっと高度な警報装置を置く方が安く済むし信頼出来る為に、殆どやられる事は無いけれど。
…………なんで、そんなに簡単に無効化されるセンサーが一般的に出回っているのか?
そんなモノ、製造するのにコストがそこまで掛からず、それでいて性能的には及第点に達しているから、に他ならない。
何故一般的に?なんて事は、聞いてくれるなよ?
何せ、侵略組織が常日頃からそこら辺で暴れ回っている様な世界情勢なのだから、一般家庭が用心するのは当然の話。
そして、このセンサーの良い所は、パッと見た限りだとセンサーや警報の類には見えない。
ので、コレが何かを知らない他世界の侵略組織の連中は、その尽くが引っ掛かって警報を掻き鳴らす羽目になる、と言う訳だ。
大抵が、他の世界で暴れたいが為に渡って来たか、もしくは『次』が目的、と言う連中ばかり。
なので、と言う訳では無いのだろうが、大概の連中はこの世界の事を深く知ろうとはしないし、そもそも興味すら禄に抱かない。
なので、と言う訳でも無いのだろうが、連中はソレが目の前に在ったとしても、何だろうか?とは考えない。
精々が、殴って壊れるのかどうか、蹴っ飛ばした方が簡単に壊れるだろうか?と言った程度だ。
中には、コレはなんぞや?と思う者が居たとしても、異なる世界で異なる系統の技術を使って生産された物品に対して、即座に『コレはこう!』と答えを出すのは難しいし、寧ろ不可能に近い。
それこそ、その組織で世界を渡る技術を編み出した技術者でも連れて来ない限りは、そうはならないだろう。
そんな訳で、アッサリと警報を無効化した俺は、かなり意外な心持ちとなっていた。
先に述べた通りに、侵略組織は大概この手の技術に関心を持たず、自分達のモノとして取り込んだり利用したり、と言った事を殆どしない。
だから、ここを拠点として使っている追跡者も、侵略組織では無く元々この世界の存在である、と言う可能性が出て来たからだ。
まぁ、それもあくまで可能性。
確定では無いし、寧ろ確定してしまった場合、昨日の追跡者みたいな輩がこの世界の何処かしらにゴロゴロ存在する、って事になる。
そんな地獄みたいな光景は、是非とも見たくないのでどうか侵略組織であってくれ、と言うのが俺の偽らざる本音、と言うヤツである。
なんて事を考えながら、建物へと侵入する。
当然の様に、外部に漏らさない様にする為か、内部は真っ暗にされていた。
とは言え、心臓の賢者の石を起動させ、その上で魔力を更に多く目に集中させる事で、強制的に視界を確保する。
まぁ、コレはコレで、便利だけど弱点もある。
昔に存在した野戦装備のナイトゴーグルみたいなモノだが、弱点もズバリそれと同じ。
急に強烈な光源をお出しされると、目の暗順応が追い付かずに網膜が焼かれて一時的にとは言え失明する事になるのだ。
まぁ、俺の場合はその辺自分で管理・調整出来るし、万が一反応出来ずに失明しても、賢者の石で即座に治す事も出来るのだから、大丈夫と言えば大丈夫なのだけど。
小手先の技術、とても術式とすら呼べないモノであったとしても、使えるのならば使わなくては勿体無い。
まぁ、その気になれば、魔導具として超強化版ナイトゴーグル、なんてモノも作れなくはないのだが、それはそれで面倒臭いし、まだ作っていないので次回以降、と言うヤツだろう。
と、そんな事を考えながらも視線を巡らせていると、奥の方へと進んで行く背中を発見する。
背格好から、俺が逆追跡を仕掛けていた相手だ、とは判別出来たが、向こうは向こうで灯りも無しにこの暗闇を進んでいる、と言う事は、何かしらの方法で暗闇を払っているか、もしくはそう言った力の類いがあるか、のどちらかとなる。
…………でも、わざわざ真っ暗なままで奥へと進んで行く理由って、何かあるか?
不法占拠しているとは言え、自分、もしくは自分達の拠点だろう?
なら、何かに警戒している、だとか、何かしら隠したいモノが在る、だとかの状況でない限り、こんな真っ暗なままになんて、しない、ハズ……。
なんて考えていた際に、不意に俺の脳裏に電流が走る。
アレ、コレ、俺が来てるのがバレてる前提なら、割りと堅実な行動なんじゃないか?と。
明かりを付けないのは、俺に気付いている、と言う事を悟らせない為と、廃墟内の配置を見せない為。
わざわざゆっくりと歩いて進んでいるのは、他の仲間に準備を終えさせる時間を稼ぐ為。
そもそも、この場に来たのは、俺の追跡に気付いていた為に、誘導して罠に嵌める為。
そこまで思い至った俺は、急いでその場で踵を返し、取り敢えず一時離脱を選択する。
が、既に時は遅かったらしく、唐突に周囲を強烈な光で満たされてしまう。
「…………………ぐっ!?」
バンッ!!と効果音の付きそうな程に、強力かつ強烈な閃光。
最早スポットライトの類いか何かか?と問いたくなる程に強烈な光を集中的に浴びせられ、思わず反射的に呻き声が漏れ出してしまう。
その上、流石に許容量の上限を超えてしまったのか、明順応が間に合わず、網膜が焼かれて視界が白く染め上げられてしまう。
咄嗟に、賢者の石を高機動状態に移行させ、全身を最大クラスで身体強化し、複数の結界を展開して防御を固めるが、何故か即座に攻撃が飛んで来る様子が無い。
…………はて?
罠に嵌めて始末する為に誘い込んだんじゃなかったのか?
にしては、この絶好の好機にして、誘い込んだ罠の発動に合わせて攻撃して来ないのは、ちょいと不自然じゃないか……?
そんな思考が脳裏を滑る。
が、攻撃されたとしても、耐えられるし防げる自信はあったが、それでも実際には攻撃されてはいない。
しかし、相変わらず気配の類いは感じないし、一体どう言う……?
と、そこまで考えた段階で、漸く命の水が効いてきたらしく、視界が喪われた時と同様に、唐突にクリアになる。
それと同時に天井から俺へと向けて光線を放っている複数のスポットライトと、その付近に気配も無く佇む複数の人影。
そして、俺の正面、広間の様になっている場所に佇み、理性と知性を感じさせる紅い瞳にてこちらを見詰めている、コレまた紅い髪を伸ばした人物が、微笑みを浮かべながら佇んでいるのであった……。




