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「じゃあ、なんだ?
お前は、襲って来たヤツと噂になってるヤツは別物だ、と今まで思ってたって事か?」
「いや、正確に言うとちょっと違うな。
さっきの話で、お前らが襲われたのは噂話のヤツだろう、とは思っていたが、俺に襲い掛かって来たヤツは別口だろう、とは思ってた」
「ふむ、その心は?
普通、このタイミングで得体の知れない相手に襲われれば、直ぐにでも耳にした事のある存在と結び付けるモノじゃないか?」
「聞いていた感じだと、噂話のヤツらは理性を失って暴れ回る、って感じだったんだろう?
そこから、さっき聞いたのに関しては、多分お前らの方はソッチだろうよ。
でも、俺が遭遇したのは、そうじゃなかったからな」
「…………つまり、理性はある様に見えた、って事か?」
「まぁ、ざっくり言えば、そうなるな。
俺が遭遇した追跡者に関しては、文字通りに俺の事を追跡してくれていた。下手くそだったけどな。
コレは、少なくとも本能のままに暴れ回る事をしない様に出来る理性か、もしくは命令された事、目的を果たす事を至上の命題として行動出来るだけの思考力が残されている事が大前提になる」
「ふ~ん?
言われてみれば、確かに?」
「ソレに、戦闘に入る際にも、色々とおかしかったからな。
アイツ、俺が話し掛けても反応しなかった事から、少なくとも喋れないか、もしくは半ば自意識が無い状態で会話をするな、と命じられている感じになるはずだ。
で、その上で、先に手を出したのは向こうじゃなくてこっち側なんだ。
噂の通りだと、少なくとも路地に誘導した時点で、我慢が利かなくなって襲い掛かって来るハズだろう?」
「あぁ、まぁ、それなら、別物と考えても不思議は無い、のか?
でも、だったらなんで、噂話のヤツだ、って事で納得したんだ?」
「そこは、ほら。
例の、謎の感染症、的な?
噂話として聞いた時から、襲われたら同じになるなんて、何だか病気みたいじゃないか?とか思ってた口だからな。
そこからの推測と、後は実体験?
俺の『能力』の応用で抑えられた、って事は、毒物なら分解して終わってたハズだから、多分病原菌の塊みたいな感じかな?
まぁ、それも体内に注入されてから、即座に増殖?する程に活発なブツだから、最早毒と変わらないかも知れないけど」
「…………いや、だったら寧ろ、良く無事に済んだな?
そんなの、普通は対処出来なくて終わってるハズだろう?」
「あぁ、そこに関しては、さっきも言ったけど親父のお陰だな。
首と肩に、こんなにデカイ注射器をぶち込まれる羽目になったし、クソほど痛かったけど、そのお陰で原因の殆どが物理的に排除出来てるからな。
まぁ、どうにかなってるよ」
そこで一旦言葉を切り、手で使われた注射器のサイズを現して見せる。
注射器と表現はしているものの、最早その大きさは片手で示せるモノでは無く、どちらかと言うとシリンジとかと呼ぶのが相応しいのでは?と思わなくも無いが、ソレが2本も満杯になる程に入っていたのだから、そりゃアレだけ稼働させないと体調にも不具合が出る、と言うモノだろう。
当然の様に、4人は俺が示した大きさを見てドン引き。
最初こそ、冗談だよな?だとか嘘だろう?とかの反応が返って来たのだが、実際に使われた針の太さを追加で示してやったりだとか、冗談だと思うか?と返した際の俺の虚無の表情や濁った瞳の光だとかを目の当たりにしたからか、どうやら本当だ、と理解したらしく、恐怖と苦痛を想像して顔を青くしていた。
追加で、同じサイズの注射器で、またしても同じサイズの薬液を抜いた所にぶち込まれた、と言ったら、木宮と円山は腰を抜かして席に座り込み、炎上寺は泣き出し、水連は今にも吐きそうな顔をしながら炎上寺を慰めていた。
そんな4人の顔を眺めていると、周囲もザワザワと騒がしくなる。
どうやら、俺達の会話が聞こえていたらしく、他の連中も自分はこうだった、ソッチはどうだった?と情報交換を始めていた。
俺も気になった為に耳を澄ませ、聞き耳を立てる。
すると、どうやら今来ている連中の殆どはそもそも遭遇していないか、もしくは遭遇したとしても俺の様に後を着けられていただけか、それか偶々近くにいた人に助けて貰えたか、のパターンか殆どであった様子。
中には、俺達の会話を聞いていたからか、それとも自分を大きく見せたかったからか、戦って撃退した、倒してやった!と豪語しているヤツも居たが、魔力量や体格からして4人から聞いた相手だと単独では恐らく不可能、ましてや俺が遭遇した追跡者だと確実に無理、と言うレベルだった為に、多分と付くが、イキって話を盛っているだけだろうな。
なんて事を考えていると、担任の教師が到着し、朝のホームルームが開始される。
そこでは、案の定休みの生徒が多い事、不審者が出ている事、自分達なら大丈夫、なんて思わずに単独行動を取らない、戦わない、直ぐに逃げる事、等が言い含められる。
特に、『能力』持ちは自身の実力を過信する傾向が強いのだから、より一層気を付ける様に、と俺と炎上寺に対して視線を送りながらホームルームを締め括った。
その後も、本来の予定通りに授業が進んで行くが、やはり冒頭にて注意喚起が入る。
気になって授業の際に質問してみれば、どうやら欠席が多くなっているのはこのクラスだけでは無く学校全体の話であり、かつ原因はやはり何者かに襲われたから、と言うモノであった様だ。
当然の様に、クラスの間に動揺が走る。
既にその情報を把握していた者もいたのだろうが、大半の者は知っていても『何だか今日は他のクラスも数が少ない気がする』程度にしか考えていなかった様子。
…………まぁ、恐らくは、大半の生徒が昨日、人生で初めて己の身に剥き出しの恐怖と危険が迫ったのだ。
そんな状態の昨日の今日では、気の緩みやら恐怖からの解放感やらで、思考に霞が掛かって本来ならば気にしなくてはならない事が気にならない、なんて事態になったとしても、仕方無いと言えば仕方無い、か。
そんな風に考えつつ授業を受け、昼休み、放課後へと至る。
当たり前の事だったが、昼食時の食堂は閑散としており、偶発的に俺達の学年だけが狙われた、と言う訳では無く、この学校の生徒を標的として襲撃が行われた、と見るべきだろうか?と考えさせられた。
だが、そうだとしたら何故なのだろうか?
噂を聞きかじる限りだと、どうにも俺以外に理性があるヤツに襲われた者は、少なくとも登校出来る状態の者の中には居ないらしい。
大概は、あの4人と同じ様に、理性も無い狂った様子の誰か、に襲われたとの事だった。
ソコを鑑みれば、目的は俺であり、理性のあるヤツは上位個体かもしくは特異個体的なナニカ。
そして、接触を図ったのは何かしらしたい事、させたい事があったから、だとは思うが、だとしたら何故会話に応じなかったのか?が気になる所。
それと、そうならば俺に接触してくればそれだけで万事話は解決したハズなのに、同じ学校に通っていた、と言うだけで生徒達が襲われているのは何故だろうか?
…………よもや、無いとは思うが、俺を『俺』だと認識していなかった、なんて事は無いよな?
『俺』に用が在ったが、それが俺だと認識していなかった為に、その他の生徒と一律で襲撃される羽目になった、なんてオチだった場合、笑い話にもなりゃしないのだが?
…………でも、あり得なくは無さそうなんだよなぁ。
他の連中を襲って来た通常個体?(仮称)は普通に狂乱しているみたいだし、俺が遭遇した上位個体?(仮称)も自意識が在る、と言うよりはどちらかと言うと遠隔操作されている様な気配がしないでも無かった。
と言う事はつまり、連中は自分の頭で考えて判断を下しているのでは無く、他所の誰かにリアルタイムで操られる事で行動しているのでは無いだろうか?と考えられる訳だ。
まぁ、その『誰か』が結局誰なのか?だとか。
なんでそんな回りくどい事をしているのか?だとか。
そもそものこの騒動の目的はなんなのか?だとか。
気になる事は、数限りなく沢山在る。
が、ソレを考えた所で、現時点でそこら辺に答えが転がっているハズも無く、ならば考えるだけ無駄か、と一旦思考を放棄した俺は、そのまま帰路を辿るのであった……。




