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「…………結局、マジで何だったんだ……?」
路地での出来事から明くる日。
俺はぶつくさと文句を垂れながら、学校へと向かっていた。
結局、あの追跡者には逃げられてしまった。
一応、相手が跳んだ後、俺も慌てて追い掛けるべくビルの上へと跳んだのだが、その時には既に別のビルの影へと逃げ込んでしまったのか、それとも隣接する路地に飛び込まれてしまったのか。
それすらも杳として知れない状態となってしまっており、結果的に逆追跡も断念する羽目になってしまったのであった。
そして、俺もその後元居た路地へと戻り、色々と後片付けをしてからトンズラした。
あの時、あの場に残されていた血液……は俺のモノしか無かったからまぁ良いとして、例の肉片やら粘液やらは、追跡者が居なくなった後でもその場で蠢き、拡大していた。
その為、そのまま残しておくとどうなるか分からなかったし、何より相手を知る事こそが攻略の一番のカギであるので、色々と調べる為に回収しておく事にしたのだ。
まぁ、戻った一番の理由は、証拠隠滅なのだけど。
何せ、幾ら派手に爆破したりはしていない、とは言え、それなりに音も立てていたし、何より地面一面に血溜まりが出来ているのだ。
偶然であれ、誰かに見付かったのが暫く放置して、なんて状態であればまだしも、そこまで時間が経っていない状態で発見されれば、ほぼ確実に俺のところまで辿られて、痛くもない腹を探られる羽目になるだろう。
それは、確実に面倒臭い事になるからパスだ。
そんな訳で現場を清祓し、元の薄汚れた状態へと戻してしまう。
どうやったのか?に関しては、錬金術でチョチョイと、としか言いようが無いから、割愛させてもらう。
で、ついでに破られたり俺の出血で汚れたりした制服も元の状態に修復して家へと帰ったのだが、帰宅と同時に【何かあった】とバレてしまった。
何故か、父が
『おかえり、キミヒト。
所で、また派手にやらかした、もしくは珍しくやられたみたいだね。
今度は、何とやったんだい?』
と、最早問い掛けになっていない問い掛けを投げ付けて来たのだ。
唐突すぎるその質問に、俺は思わず惚ける事も忘れて固まってしまった。
故に、と言う訳では無く、同時にほぼ確信している素振りもあった父サルートから笑顔で問い詰められ、結局起きた事と例の噂話に関しても、丸っとゲロる羽目になった訳だ。
まぁ、当然大変な目に遭った。
最初こそ、笑いながら聞いていたサルート。
しかし、それも俺が追跡者を路地裏に釣り出した時まで。
懐に飛び込んで攻撃したは良いものの、思わぬ手応えと脆さに一瞬固まった、と言ったらもう眉を潜めており、その後手痛い反撃を文字通りに喰らった事を話せば、浮かべられていた微笑みは掻き消されてしまった。
更に話が進み、相手が負傷して出血しなかったし高速回復の類いもしなかった、と言えば怪訝そうな表情を浮かべ、剥離した肉片や粘液が俺の血液の中で蠢き、攻撃を受けた箇所からナニカが侵入か寄生か感染かした可能性がある、と告げればあからさまに険しい顔へと変化していた。
当然の様に、何処かから注射器の様なモノを取り出され、傷口を見せる様に、と命じられる。
それには、一応自分で治しているし、今は賢者の石の稼働率を調整して拮抗させている、と説明したのだが、やはり聞き入れては貰えずに取り押さえられる羽目に。
帰って来てから筋トレは続けていたものの、やはり結果が大きく出る事は無く、時間も足りなかったし身体強化してまで暴れる事は憚られた為に、呆気なく取り押さえられ、首筋と右肩を診られる事に。
流石に、自分では視認して確認する事は出来て居なかったので、どうなっていたのかは不明だが、特に躊躇う事無く手にしていた太い針を突き立ててくれた事から、目に見えてナニカがあった、と言う事だろうか?
当たり前の話だが、父であるサルートが使った注射器は、病院で採血なんかに使われる様な針が細く、痛みが少なく、負担も少ない、なんて患者に優しいモノでは無い。
太く、硬く、頑丈で、突き刺した対象から特定の液体を抜き出す、または注入する事のみを目的としたモノであった為に、当然の様に激痛が走り思わず叫んだし、暴れもした。
が、細身かつ細面な外見からは考えられない程に鍛えられた筋力をしている彼は、幾ら俺が抵抗しようがそんなモノは関係無い、と言わんばかりの安定性にて俺をその場で固定し、作業を完遂して見せたのだ。
その数、四度。
肩と首筋、それぞれで抽出と注入をセットで繰り返した為にその数となったが、終わった頃には最早俺はグッタリとして床をペロペロしていた。
端から見れば、コイツ死んでる?と思われても当然の状態となっており、更に言えば上半身を胸まで肌けさせた状態となっていた為に、性別が違えば即通報案件だったのは間違い無いだろう。
『で、取り敢えず取り出してみたけど、全部は抜けなかったみたいだね。
まぁ、キミヒトの能力を酷使しなくても大丈夫な程度には抑えられたと思うけど、もう油断したらダメだよ?』
普段の口調でそう告げた父。
その手には、何やら黄色とも緑とも取れない謎の液体が詰まった注射器が二本握られており、片付けられている空の二本と合わせれば、恐らくは俺から抜かれたモノがソレなのだろう。
が、かなり汚らしい色合いである上に、別段彼が腕を動かしたり撹拌したりしている訳でも無いのに、内部で濃度の差から波打ち、旋回している様に見える模様を作っている様は、どう取り繕ってもドン引きするしか無くなってしまう光景となっていた。
流石に、ソレが直近まで俺の体内に入っており、かつ父が口にした言葉によれば、まだ少し残っているハズ、との事ではないか。
向こうの世界で散々色々なモノを見てきたが、コレだけは現実だと思いたく無い、信じたく無い、と現実逃避したくなってしまった。
その上で、サルートは俺が回収していた肉片や粘液と言ったサンプルも渡す様に、と言って来たのだ。
流石に、ソレに対しては俺も猛反対した。
俺も、この世界ではあまり関係無いが、錬金術師としてアレの正体は気になっている。
発見者?である自分の手で調べたい!と願うのは、そこまで変な事でも無いし、そう願う者に貴重なサンプルを出せ、と要求するのは些か酷な事では無いのか!?とこちらからも問い詰める形となった。
が、だからこそ渡すべきだ、とサルートは宣う。
曰く、確かに俺でも調べる事は出来るだろうし、正体にも辿り着く事が出来るだろう。
が、それでは時間が掛かりすぎる。
俺はまだ大規模なラボの類いは持っていないし、であれば出来る事の規模は限られ、ソレを埋めるには時間を掛けるしかなくなる。
その場合、体内に残されたモノが悪さするかも知れないし、また襲撃を受けて、今度は抵抗する事すらも出来ないままにナニカされてしまうかも知れない。
なら、そうならない様に、先手を打って対抗手段を確立する為にも、やはり一度こちらに預けて正体を解析させた方が良い、と。
…………いやはや、全くその通り。
仰る通りに御座います、としか答えようの無いソレに、肩を落として回収したサンプルを引き渡させられたのは、言わずもがな、と言うヤツだろう。
ついでに、俺から回収されたブツも解析に回すらしく、代わりに大抵のモノならば不活性化させられる、と言う薬液を注入しておいた、との事であり、やはり暫くは保つだろう、とも。
そんな訳で、散々な1日となった昨日が明けて今日となり、こうして登校している訳だ。
幸いにして、今は特に視線を感じる事は無いし、跡を着けられている訳でも無さそうなので、多分暫くは大丈夫だと思いたい(願望)。
────なんて事を考えながら到着した教室は、普段であればもっと生徒が居て然るべき時間となっても、何故か空席が目立つ状態となってしまっていたのであった……。




