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俺がこの世界に戻って来てから、1月程が経過した。
その間、襲撃されたり、見知った顔が侵略組織に認定されたり、とそれなりにトラブルは在ったものの、それでも平穏に近い日々を送っていた時であった。
「なぁ、主水はあの噂聞いたか?」
唐突に、そんな問いが投げ掛けられる。
視線を向けて誰何すれば、そこには木宮の姿が在った。
身長170半ば程度で、顔立ちはまぁまぁ整っている。
とは言え、他に特別目立つ特徴がある訳でも無く、印象に残りやすいモノと言えばその髪型、マッシュルームカットだろうか?
季節とタイミングによって多少長さが変わるが、それでも1年を通して基本的にマッシュルームカットのまま。
たまには髪型を変えてみたらどうだ?とツッコミを入れられたりもしている様だが、どうやら過去に髪型を変えた際に自分だと認識して貰えなくなった事があり、それが半ばトラウマとなっている、とのことだ。
そんな木宮が、あの噂、と言ってきた。
普段であれば、他人から曖昧に認識され、識別されなくなりかけた事から、話題ですらあやふやなモノを厭い、自らは口にしない木ノ宮が、休憩時間だから、と席を移動してまで口にしてくる噂とは、一体何だ?
俺の脳裏を、大量の?が覆い尽くす。
ここまで混乱したのは、1月程前に例の元婚約者共と遭遇した時以来だが、果たして噂とは何なのだろうか?
「…………あん?それって、例のゾンビだか吸血鬼だかの話か?」
そんな風に思考が空転していた俺に対して助け舟を出してくれたのか、それとも覚えの在った話題だから乗っかって来たのか。
名前の通りに丸い外見は、痩せればもしや此奴化けるのでは?と思わせる程度にパーツの位置は整っているのだが、生憎と本人にその気は無い、と来ている、少々残念な円山が入って来てくれた。
その事に若干ながらも安堵しながら、俺も流れに乗って口を開く。
「何だ?その如何にも前時代的なオカルトチックな単語は?
魔力があって、魔術がある現在だと、大体の事は魔術で出来る、って結論が出てるだろう?
もしくは、魔術で出来なくても、科学を混ぜるか能力に頼るかすればどうにかなる、ともな」
「そんな事は、俺達だって理解してるよ。
でも、なぁ……?」
「…………あぁ、まぁ、噂話だから、どこまで信じて良いのかよく分からんが、情報としては結構な数が出てるんだよ。
曰く、最近急におかしな行動を取る様になった人が、他の人を襲っている、ってヤツが」
「そうそう。
そんで、襲った方は様子がおかしいのは当たり前として、襲われた方も何日もしない間に、同じ様に様子がおかしくなる、って言われてるんだよ」
「あんだそりゃ?
少し前まで在った、狂犬病とかの類いか?」
「アレは、魔力が確認されてから駆逐されただろう?
ソレに、俺も気になって調べてみたんだけど、どうもソッチとは結構違うみたいなんだよ。
何より、速度が違う。
狂犬病って、感染してからおかしくなるまで結構時間掛かるみたいなんだけど、噂話だと早くて数時間、遅くても翌日には襲われた人もおかしくなる、って話だからな」
「ふーん、で?
結局、そのおかしくなった連中って、何が原因で狂ったんだ?
そこまで噂になってる、って事は、何処かしらで収容して研究してる、って事じゃないのか?」
俺から放たれた質問に、苦い顔をする木宮と円山。
当然と言えば当然であり、かつ事態の究明と噂の否定を同時に行える俺の問い掛けに、答えたくても答えられない、と顔で語っている以上、やはり噂は噂、と言う事だろう。
何せ、魔術と科学を合わせれば、かつては病原の特定に月単位で掛かっていた様なモノですら、検査当日には判定出来る時代なのだから、そんな噂になる程であれば入院させられた者の1人や2人は居て当然。
そして、そんな者が居れば、あっと言う間に諸々が判明するのも時間の問題、と言うヤツなのだから。
なんて考えから放たれた俺の問い掛けに、やけに重い口を木宮が開く。
「…………実は、な。
この噂だと、確かに主水が言うみたいに入院させてみた、だとか、正気の内に病院に掛かって、みたいなパターンも結構あるんだ」
「…………あぁ、あるには、な」
「…………なんだよ、歯切れの悪い。
その言い方だと、研究機関に掛かっても正体が知れず、入院していた人達も忽然と姿を消した、とか言うオチしか予想出来ないんだが?」
「あん?なんだよ、結局知ってのか」
「驚かせようと思ったのは事実だが、知っていたのなら知っていたと言うべきだろう?
まぁ、そんな訳で、未だに原因の究明も何も出来ていないんだそうだ。
入院していた人達の遺留品、残された血液サンプルなんかもどうにかして回収されていたみたいだから、余計に気味が悪いと噂を呼んでいる、とも言われているらしいからな」
「…………え?まさかの的中?
冗談のつもりで、予想出来た結果を言ったつもりだったんだが……。
と言うか、そこまでの事をやらかしているのなら、寧ろ被害者・加害者が個人で、と言うより最早組織だって行動してないか?
新手の侵略組織の類いじゃないのかよ?」
そのタイミングで、休憩時間の終わりを告げる予鈴が鳴る。
次の授業は、担当教諭が俺が能力免許(仮)を取った時の例のハゲ。
一々開始時刻やら着席状況やらに煩く、その上で何度もネチネチと指摘してくれる事で有名であった為に、皆目を付けられない様に、とさっさと席へと戻って行く。
おまけに、端末等にて板書をスクショしたり、内容をレコーダー等で録音しておくのにも拒否反応を示してまたもネチネチネチネチと小言と嫌味を繰り返してくれるので、生徒達の中では『前時代の遺物』『適応出来なかった阿呆』扱いを受けているし、実際俺としてもあまり印象も相性も良くは無い。
まぁ、以前ならばいざ知らず、例の出来事以降だとそこまで粘着質に絡んで来る事も無くなったし、授業自体はそこまでつまらないモノでも無い。
教科書をただ音読している訳でも無く、板書自体にも工夫の跡は見られる為に、やはり粘着質な部分を除けば良い教師と言えるのだろう。
…………まぁ、粘着質な部分が全部台無しにしている、とも言える訳だが。
なんて事を考えながら、教科書の用意をする。
今時、何故に紙媒体でこんなモノわざわざ用意するのだろうか?と何度思ったかは知れないが、やはり伝統と言うか何というか、まだギリギリ完全に電子形態へと移行するのに抵抗がある世代が上に居座っているから、と言うのが身も蓋も無い答えなのだろう。
お陰で、今こうして教室に入ってきた電子アレルギーのハゲみたいな人が生き残れている、と考えれば、まぁ納得…………は出来ても、やはり理解は不能か、と内心で答えを出す。
そうして、わざわざ手書きで記された板書を、タブレット端末へと写して行く。
流石に、時代の流れには逆らえなかったのか、学校側から支給されているタブレットの不使用、とまでは縛る事は出来なかった様子。
まぁ、とは言え許可されているのはあくまでも『使用』のみであり、先にも述べた通りに、板書をスクショする事も、ネットワークに繋いでリアルタイムで内容を読み取らせる事も不可であり、当然テストの時なんかにも持ち込むのは不可とされている程だ。
今時、手を動かして、なんてわざわざさせる事かねぇ?
内心でそう零しつつ、タブレットペンを動かして行く。
一層の事、脳にも賢者の石を埋め込んで、記憶力だとか思考力を強化してしまおうか?と考えていた時。
ふとした切っ掛けであり、かなりどうでも良い事ではあったものの、それでも気になった事だったので、ポツリと言葉として外に吐き出される事になったが、ソレは誰の耳にも届く事は無いのであった……。
「………………そう言えば、結局ゾンビなのか吸血鬼なのか、ハッキリしなかったな……」
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『………………そう言えば、結局ゾンビなのか吸血鬼なのか、ハッキリしなかったな……』
…………珍しく、向こうの世界では1km先から狙撃しようとしていた魔導狙撃手にも気付いて潰しに走った彼にしては本当に珍しく、彼は全く気付いていなかった。
自らを見張る目が在る事に。
自らを分析しようと、無機的な視線を向けているモノが、複数在る、と言う事に……。




