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その後も
「只今戻りました。
靴は無かったですが、お客様でしょうか……って貴方でしたか。
で、貴方は誰ですか?
大兄からは兎も角として、兄から魔力が漂って来るなんて有り得ないのですけれど?」
「ただいま〜。
あ~ん、もぅ!
仕事が立て込んじゃって、帰って来るのが遅くなっちゃったわぁ〜。
これからご飯作るから、もう少し待っててねぇ~。
所で、誰かお客様でも来てるのかしらぁ〜?
公人にしか見えないけどぉ~、公人とはなんか雰囲気が違うのよねぇ〜。
ついにあの子とお付き合いでも始めたのかしらぁ〜?」
と立て続けに残る家族が帰宅し、その度に同じ様な内容の言葉が繰り返される。
最早天丼の様相を呈しているそれらに対して、一々説明してやる事に面倒臭さを感じ始めていた俺は、取り敢えず俺は俺本人である事、こうなったのには理由が有る事、父には話したが他の面子が全員揃ってから改めて説明する事、等を話す事で一旦落ち着いて貰う事になった。
まぁ、流石に俺単体であれば、うるせぇ知るか!で即座にバトル展開に移行していた可能性も否めないが、既に事情を把握している父が居た為に、そちらからの信用を担保として先送りする事に成功している、と言う事になるのだろうけど。
そうこうしている内に、夕食が始まる。
メニューはカレー。
と言っても、母である『主水 桃花』が今速攻で作ったモノ、と言う訳では無い。
俺が帰宅した時には既に鍋がキッチンに置かれてカレーの香りがしていた為に、恐らくは前日の夜にでも仕込んでいたモノなのだろう。
この辺りの記憶は既に曖昧で、確かな事は言えないのだが、状況的にはそうだろう。何せ父は何でも出来そうな見た目をしていながら、何故か料理だけは出来ない(目玉焼きが全損するレベル)だからな。
先程の『急いで〜』と言うのも、付け合わせのサラダとかを作ったり、カレーを温め直したり、と言った事を指しているのだろう。
流石に、スープの類いを1から作るのは大変過ぎるし、カレー自体が半ば汁物みたいなモノだから今回は無し。
それに、仕事終わりでそこまでしろ!と求めるのは、幾ら子供だからといってして良い要求のラインは軽く超えているだろうしな。
そんな訳で、湯気の立つ芳醇なカレーをひと掬い。
複雑かつ食欲を掻き立てる香りを胸いっぱいに吸込みながら口にすれば、口内にはスパイスによる刺激と確かな辛味、そして濃厚な旨味が押し寄せて来る。
共に放り込んだ硬めな白米もまた、噛み締める毎に甘味を増し、口内を喜びで満たしてくれる。
…………あぁ、コレだ。
コレこそが、食の歓び、家庭の味、だ。
向こうの世界では、例え魔族の大部隊を壊滅させる様な手柄を挙げても、俺に回されるのはシンプルに煮るか焼くかしたモノばかりで、味付けもスパイスなんて贅沢なモノは欠片も無く、ただただ塩が多いか少ないか、程度の差しか無かった。
因みに、貴族やら王族やら裕福な平民やらは、こちらの世界の基準には届かないまでも、それなりにレパートリーに富み、味付けもちゃんと種類が有る様な食事をしていたハズだ。この扱いの差は、一体何なんだろうねぇ……?(怨み節)
安全かつ清潔で、生で食べても大丈夫なサラダを味わい、再びカレーへと掛かり胸中にて涙を流す。
その様は、端から見ている限りではそれなりに異様な光景に映るらしく、若干どころでは無いレベルで『ナニコイツ?』って視線を向けられる羽目になった。
まぁ、唯一事情を説明してある父サルートからは、まぁそうもなるわな、と言う自身の経験も加味したモノと同時に、そこまでか……と言う怒りにも似た波動を感じたが、多分気の所為だろう。きっと。
そうこうしている内に至福の時間は終わり、予定されていた説明タイム。
とは言え、既に一度している事を再度、となるだけなので、父の時とは異なり省くべき所は省き、強調するべき場所は強調して伝えて行く。
流石に、小一時間程もすれば大体の説明は終わり、またしても父が淹れてくれたコーヒーにて乾いた喉を潤す。
カップを傾けながら、視線を配って様子を覗う。
兄雷斧は、怒りとも高揚とも取れない表情を浮かべている。
今でこそ陽キャラの極みみたいな振る舞いが増えたが、元々小説や漫画等もそれなりに嗜んでいた事もあり、一時期は異世界召喚や転生に期待と夢を抱いていた事は知っている。
故に、その異世界に於ける実情を知り、かつて抱いた夢とのギャップに苦しんでいる、と言う所だろうか?
妹に関しては……正直よく分からない。
記憶に有る限りでも、彼女が進学してから殆ど会話する機会も無く、また向こうも『活動』が忙しいのかあまりこうして顔を合わせる事も無かった。
だから、本当に幼少の頃であればまだしも、今彼女が何を考えて何を感じているのか、なんて事は、俺には全く以て予想出来ないでいた。
その点、母は分かり易い。
普段ののほほんとしてぽやんとしている彼女は、3児の母とは思えない程に若々しい顔を歪め、目に涙を浮かべていた。
向こうの世界での扱いに憤っているのか、それとも俺が行わざるを得なかった非道に嘆いているのかまでは不明だが、それでもそうして感情を揺さぶられてくれる相手がいる、と言うのは、存外に心地が良いモノだったのだな、と思えた。
三者三様な反応を眺めていると、そう言えば、と言った風に父が口を開く。
「そう言えば、公人。
前々からの望みが叶った気分はどうだった?」
「………………前々からの、望み?」
「おや?以前はよく口にしていたでしょう?
魔力や能力に覚醒したら、ああしたい、こうしたい、と。
その中で、今の自分は逆の意味での特別にしかなれていない。だから、誰かのでも良いから、ちゃんと特別になりたいんだ、とも」
「…………………………あぁ、そう言えば、そんな事も言ってた様な……?」
「えぇ、なので、今なら文字通り『特別』になれている君に質問しましょう。
念願叶って特別になれた感想は如何に?」
「…………特別、ね……」
言葉を胸に、噛み締める。
微かな記憶を必死に絞り、辿れば確かにその様な事を言った記憶は有るし、改めて考えてみれば寧ろ四六時中そんな事を考えていた様な気もする。
昔であればいざ知らず、既に兄の世代から魔力は持っていて当たり前の状態であり、その兄ですら『最後の無能者』と悪い意味で有名になりもしていた。
そんな風潮の中で俺がまともな扱いをされるハズも無く、当然の様に周囲からは腫れ物・異物扱いを受けていたし、下手をすれば迫害もかくや、と言わんばかりの攻撃も受けていた。
そりゃ、魔力を得て『普通』になるのを通り越して、その中でも飛び抜けた『特別』に憧れ、夢想するのも当然だ、と己の事ながら、他人事の様に感じられる。
………………だが、だがなぁ……なったらなったで、なぁ……。
一応、向こうの世界では、最初こそ能力的に侮られる事も多かったが、戦力になる、と分かった途端に特級の戦力としてカウントされる様になり、所謂『特別』と言うヤツにもなった。
なった当初こそ、小説に出てくる英雄にでもなった様で気分も上々だったのだが、それも最初だけで直ぐにアチコチの戦線の最前線に立たされる様になり、結局馬車馬や奴隷の方がまだ良い待遇を受けられる様になっていたのだ。
オマケに、使えそうだから、と付けられた婚約者や仲間なんかとも、色々とあった。
頼りに出来そうなヤツから先に死に、残った連中は俺をどう使い潰して高い利益を貪るか、しか考えていなかったり、婚約者に至っては普通に不貞を犯していたりした。
それらが、『特別』になった報酬、と言うのであれば……。
「特別になった感想、か。
ぶっちゃけ、そこまで「オイッ、キミヒト!!」がっ!?!?」
結論を述べようとした正にその時、唐突に横から伸ばされた腕に肩を組まれた為に、言葉が途切れる。
位置と声から察するに、兄が途中で割って入って来た、と言う事なのだろうが、一体何をしたいのだろうかこのクソ陽キャラモドキのヤンキーは?
若干の怒りを込めて視線を向ける。
すると、その先には、少し前までの怒りとも取れない感情を讃えた瞳では無く、高揚と興奮とに満ち溢れたキラキラと輝く瞳が存在していた。
「おい、その話はもう良いだろぉ!?
なぁ、もっと向こうの世界の事聞かせろよ!
まだまだ、話のネタは幾らでも有るんだろぉ!?
そら、部屋行くぞ!!」
「え?ちょっ!?はぁ!?!?」
強引に引っ張られ、階段へと向かう羽目になる俺。
向こうの世界に居た頃のマッソーボデー(笑)であればそもそも引っ張られ無かっただろうし、今でも魔力を使って強化すれば幾らでも対抗出来そうなモノだが、敵では無く家族相手にそこまで強硬な態度に出るのは躊躇われ、仕方無く引き摺られるままにリビングを後にするのであった……。