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地面に這いつくばるラストと、その前に立って拳を振り上げる俺。
勝者と敗者、の分かりやすい明暗が分かれた姿の対峙に、割って入って来たのは一つの人影であった。
ボンテージめいた拘束具に、未だに砕けず口を塞いでいるボールギャグ。
吹き飛ばされた際に、まともに受け身を取る事が出来なかったからか、全身の露出している肌に無数の擦り傷を作っている、一見女性の様にも見える男の娘。
かつて、向こうの世界で俺を虐げていた者の筆頭であり。
現在では『元』が付くらしい、騎士団長のシュヴァインが、俺とラストとの間に割り込んで来たのだ。
未だに、後ろ手に固められている拘束具は解けていない。
なので、今ではすっかり小さくなってしまっている身体で、両足を開いてラストの前へと立ち塞がっている状態だ。
気分としては、両手を広げて仁王立ちになり、背後に守るべき姫を隠して庇っているつもりなのだろう。
が、身長から体格に至るまで完全に改造されており、最早男性(?)となってしまっている今の状態では、とても庇えている、とも立ち向かえている、とも言えない状態となっている。
そんなシュヴァインが、何故ここまで堂々と割り込んで来たのか。
魔王との戦いは当然の様に最後列で口出しだけして、後は毒にしかならない様な事しかしていなかったし、ソレ以外の魔族との戦闘も、基本的に参加すらしていなかった。
そんな彼が、何故ここまで自信満々に居られるのだろうか?
なんて事を考えながらも、振り被られた俺の拳が止まるはずが無く、そのままラスト目掛けて突き出された。
当然、その進路に立ち塞がっていたシュヴァインが粒子的な不安定状態にでもなっていた訳でも無く、当たり前だがそのまま突き刺さった。
呆気に取られ、まるで『嘘だろう!?』と言わんばかりに目を丸くして大きく見開くシュヴァイン。
そして、信じられないモノを見た、有り得ない裏切りを経験した!とでも言いたげな視線を俺へと向けて送って来た。
「……………………もしかして、自分相手なら俺が拳を止める、とでも思ってたのか?」
「…………ふ、ふごっ…………!」
ソレを受けて俺は、思わず問いを口にする。
すると、ボールギャグでくぐもってはいたものの、どうやら肯定を意味するらしい呻きが返ってきた。
既に『修羅』は起動しており、2本の杭はシュヴァインの身体に突き刺さっている。
そして、体内に送り込まれたブツが反応を開始し、既に助からない状態にまでなっているが、それでもヤツは慌てふためいて醜態を晒す事は無かった。
何故か、早くしろ、とでも言いたげな目で俺を見てくるばかりである。
「…………なぁ、もしかして、俺がお前の事助けてやる、とか思ってたりするのか?」
「ふごごっ!?!?!?」
「いや、寧ろ向こうでの扱いを考えれば、何で俺がお前が飛び込んで来たからって攻撃を中断したり、わざわざ助けてやったりすると思えるんだ?
寧ろ、キッチリ死んでくれるみたいでせいせいするんだがね?」
俺からの最期の問い掛けに、まるで『違うのか!?』と言わんばかりの反応を見せるシュヴァイン。
しかし、俺としては寧ろ説明した通りに、殺す理由は幾らでも挙げられるが、殺さずに生かして助ける理由なんて欠片も思い付かない時点で、どう転んでも殺すしか無い訳なのだし、そんな反応されてもな……と思いながら一歩後ろへと退避する。
一応、騎士団長を名乗っていただけの事はあるのか、体内の魔力がそれなりに高くてある程度は抵抗出来ていたらしい。
が、それもある程度の範囲を出る事は無く、そろそろ爆発する気配がしていた為に、俺は距離を取って防御用の結界を展開するべく後退ったのだ。
その段に至って漸く、俺に恨まれていた事、俺に殺される事が確定した事を悟ったらしく、慌て始めるシュヴァイン。
以前の体型の通りの腕力はあったらしく、火事場のクソ力とは言えアッサリと腕の拘束具を引き千切ったらしい彼は、まるでそうすれば俺が助けてくれる、と知っているかの様な迷いの無い動作にて俺の結界に殴り掛かり、壊して中へと入って来ようとした。
が、幾らこの手の魔術は苦手とは言え、一応は本気で構築した結界だ。
そう安々突破出来るハズも無く、またこれから起きる大爆発に備えてのモノでもあるのだから、寧ろこの程度で壊れてしまっては困る位だ。
なんて事をしている間に、約束の刻限が。
半ば唐突にシュヴァインの体内から強烈な光が発生し、炸裂する。
ソレは、身体に開いた穴、目や口や耳からも鋭く放たれ、半ばギャグじみた光景となっていたが、避けようの無い滅びの光であった事は間違い無く、一際強い光が放たれると同時に周囲へと一瞬だけ爆炎が放たれる。
咄嗟に、目を庇ってしまう。
と同時に、張っておいた結界が軋みを挙げ、ひび割れる様な音すらも聞こえてきた。
が、流石に規格外なまでの魔力をぶち込んで成立させただけの事はあるらしく、どうにか崩壊せずに受け止めきってくれたらしい。
庇っていた腕をどければそこには、最早何も残されていなかった。
爆炎により地面が抉れ、アスファルトも融解してクレーターが出来ているが、ソコに誰かが居た、と言う痕跡は欠片たりとも残されてはいなかったのだった。
恨み言も遺言も、残させる事無くシュヴァインは消滅したが、そこでふと気が付く。
あれ、そう言えばラストどうなった?と。
変態に割り込まれてすっかり忘れてしまっていたが、本来の目的はラストの撃破だ。
確実に葬り去れる様に、と思って奥の手の一つを切ったと言うのに、変態のせいで空振る結果となってしまったが、果たして彼女は何処に?
そう思いつつ、周囲へと視線を巡らせると、少し離れた場所にてこちらへと目を向けているラストの姿が。
その顔は、形容し難い状態となっていた。
元より褐色であった肌は上気し、戦闘中も赤らんでいたのは間違い無いのだが、その度合いは今の方が遥かに高く、まるで興奮の極致にあるかの様である。
更に言えば目は潤んで何処かトロンとしている様にも見えているし、吐息は荒く、ここまで離れているにも関わらず何故か甘い香りがしている様な気すらさせられて来た。
…………端から見る限りだと、怒りの極致にあるか、もしくは興奮して高揚している、かのどちらかにしか見えない。
が、先程までの状況を鑑みるに、興奮して、と言う事では無いだろう。
大方、自分を足蹴にした上で、お気に入りのオモチャとして持ち込んでいた上で、自らを庇って壁になってくれていたシュヴァインを殺した事を怒っている、と言った所だろうか?
激昂しているだけ、と言うならば、寧ろやりやすくて良い。
動きは単調になるし、攻撃にばかり意識が向くから、確りと回避や防御が出来るのなら、幾らでも攻められるからな。
…………だが、問題はその攻める手立てがあまり無い、と言う点か?
『仁王』はさっき使ったばかりで冷却中だし、そもそも本命の3本目の杭も交換しないとまともに使えない。
また、今しがた使ったばかりの『修羅』は、例の反物質(仮)と重水素(偽)の補充が必須であり、かつそれらを安定して作製するのが困難である為に、使えてもあと数度だし、やはり再使用にはメンテナンスが必須となる。
…………一応、そろそろ『金剛』ならば再使用が可能となっているだろうし、まだ見せていない『羅刹』も使用自体は可能だ。
が、下手な状況で使えば俺ごと吹き飛ぶ、どころか下手をすればこの世界そのものを崩壊させる可能性すら秘めている『羅刹』を使うのはリスクが高過ぎるし、『金剛』ならばラストが防げる事は証明されてしまっている。
なら、一層の事普段使ってる短剣の類いでどうにかするか?
一度限りの使い捨て、として賢者の石でも仕込んで、着弾と同時に魔力暴走を引き起こさせて自爆すれば、多少なりともダメージは通るだろうし、それで弱り切るまで攻め立ててからトドメに『金剛』、って感じにするかね?
まぁ、それで良いか。
と、誰に言うでも無く、方針を決定する俺。
その間も、一応は警戒しながら足を進めていた為に、既にラストの間近には迫っていた。
なので、取り敢えず牽制も兼ねて投擲を、と作り出した短剣を指の間に挟み込み、最小のモーションで投げ付けようとした、正にその時!
それまで地面に這い蹲るばかりであったラストが、元々少なかった布地を更に少なくした状態のままで急に立ち上がる!
そして、俺の思考が肉感の暴力と振動に支配されているその間に、なんと
唐突に土下座したかと思えば、丸くてデカくてエロティックな尻を振りながら
「…………あぁ、アナタこそ、私の探していた『ご主人サマ』です!」
と声を挙げた。
それと同時に上げられた顔は淫蕩に染まり、向けられた瞳の中には、ピンク色のハートマークが浮かんでいる幻覚すら見えていたのであった…………。
「…………はい?」
何故かこうなった




