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先程離した距離を、今度は歩きながら詰めて行く。
その際、右腕の白煙を挙げている『仁王』を空間収納へと送還し、新たな刃たる別の逸品を取り出して行く。
…………本当ならば、ここまで弱っていれば、『金剛』でも充分に対処する事は出来たのだろう。
俺が製作したパイルシリーズの中でも、純粋な物理的破壊力、と言う意味合いに於いては、間違い無く最強と言えるモノであったのだから。
だが、『金剛』は未だに冷却期間中。
無理矢理使って使えない事は無いのだが、ラスト級の魔族は最後に何をしてくるのか分からない為に、確実に仕留めないと不安で仕方無い。
一応、選択肢としてはこのまま仕留めずにおいて、諸々の情報を吐き出させつつ侵略組織として認定させ、後の功績になってもらう、とかもあると言えばある。
…………あるのだが、周囲の惨状を目の当たりにし、かつソレを成した彼女の実力を鑑みると、やはりソレは危険すぎる、との判断を下さざるを得ない為に、確実にこの場で殺しておく必要があった。
なので、『金剛』以外で、となると、最早コレしか選択肢は無い、と取り出したのは、やはりパイルシリーズの1つ。
『金剛』の様に篭手として腕を肘の上まで覆っている訳では無く、『仁王』の様に手首までの手袋に近い形でも無い。
その中間の様な、前腕の半ば迄を内側に収めるソレは、これまでの『金剛』『仁王』とは異なり、筒に収められた杭は腕の輪郭を飛び出す様に斜めに配置され、その鋒は射出された時には1点に集中される様になっていた。
まぁ、例によって何故そうなっているのか?と問われたのならば、答えは1つ。
そうする方が、コイツの場合は都合が良いから、となる。
以前、この『修羅』に付いて軽く説明した事もあったと思うが、コイツは対象を破壊せずに消滅させる。
そう、一応『金剛』で殴れば相手は欠片位は残る事になるが、この『修羅』を使えばソレすら残らずに、文字通りに消滅する事になる。
理屈の上では、この斜めに配置された杭の先端に、それぞれ極小の賢者の石が配置されている。
ソレを、杭によって相手の体内に無理矢理押し込み、同じ地点へと到達させる。
その際に、片方には世界に満ちている魔力とは真反対の性質を持つ魔力、仮に『負』の魔力と仮称しているソレが込められており、もう片方には重水素モドキが込められている。
片や、世界を構築しているのとは、正反対の性質を持つ魔力。
存在が昔から提唱されていた『反物質』もかくや、と言った過激な反応を見せるだけでなく、等量では無く周囲の魔力を吸収して一定まで質量を増大させてから消滅反応を引き起こすソレを、直接体内にぶち込まれて生きていられる生物は存在しないだろう。
もう片や、かつて核燃料にも使われた重水素。
安定している状態(H₂)に無理矢理水素を接合させた不安定な状態(H₃)は、些細な事で崩壊し、周囲の物質へと中性子の状態で激突する。
すると、どうなるか?
答えは、連鎖的に核反応が発生し、周囲の物質を巻き込んで放射能を撒き散らしながら大爆発を起こす、だ。
まぁ、とは言え、その辺はあくまでも『なんちゃって』。
向こうの世界で、完全再現を狙ってみたのだが、結果的には『上手く行きすぎて俺も死にかけた』のと『全く以て狙っていた反応が得られなかった』の二択となり、泣く泣く断念。
その過程で得られた、重水素の崩壊時の動作をほぼ同じ働きをするものの、爆発を起こす際には放射能を発しない、と言うモノを発見するに至ったのだ。
ソレを、俺は『重水素モドキ』と呼び、こうして使っている、と言う訳なのだ。
もっとも、『修羅』を使う時は、それなり以上に覚悟を決める必要がある。
何せ、目の前で擬似的に、とは言え核爆発と反作用による消滅が発生するのだ。
幾ら魔力で再現されたモノであり、故に魔力による結界で防げる、とは言え、目の前で展開されて心が躍る光景にはならない事だけは、保証出来ると言えるだろうさ。
とは言え、普段であればともかくとして、ここまで弱っている相手であれば、不発に終わらせられる、なんて事にはならないだろう。
そして、不発に終わらなければ、確実に相手を仕留める事が出来る、と言う訳だ。
まぁ、コレを使ってしまうと、相手の魔石だとかも諸共に消し炭以下になってしまうので、向こうの世界での【七魔極】戦だとかでは、使いたくても使えなかったのだけどもね?
そうこうしている内に、ラストの目の前へと到着する。
流石に、『仁王』を炸裂させた直後程では無いにしろ、それでも未だに復活を遂げられている訳では無いらしく、地面に倒れ込んだままで血反吐を垂れ流していた。
が、それでもある程度は回復しつつあるらしく、手と肘とを使って上体を起こす程度には、動ける様になった様子だ。
………………普通なら、肉体は魔力線を伝ってボロボロ、魔力炉を兼任している心臓、またはソレ用の魔臓器は破裂して、外見はともかくとして内側は挽き肉状態、なんて事も珍しく無いハズなのだが、流石は【七魔極】って言うべきか、ね……。
「…………さて、何か言い残すことは?」
「…………くっ、ふふふっ……!
あら、もう勝負に、勝ったつもり……?
私は、まだ死んではいないのだから、これから幾らでも逆転して、見せられるのだけど……!?」
「あぁ、だろうな。
そして、お前みたいな性質のヤツは、絶対に狙った対象を諦めない。
生きている限り、な。
俺は、良く知っている。
だから、確実に殺しに来た」
「…………ッ!!
そう。
でも、この身体が惜しくは無いのかしら?
アナタ、欲情を抱いていたでしょう?
死体を抱く趣味が在るのなら兎も角、そうでないのなら、飼い殺しにする選択肢もあるのではなくて?」
「否定はしないが、正直その辺の感情も、お前が弄ったモノだろう?
なら、生かしておいたらナニされるか分かったモノじゃないからな。
取り敢えず、諦めて死んでおけや」
俺の言葉を受けたラストが、どうにか生き延びようとして、俺を籠絡するべく言葉を操る。
先の戦闘で、元々布地の少なかった服は最早襤褸切れと化しており、彼女はかなりあられもない姿となっていた。
その状態で、か弱く上体を起こしつつ、片腕でその豊満な胸を寄せて上げて、として見せれば、そこには深く長い魅惑の谷間が姿を現しており、思わず生唾を呑み込みそうになる。
しかも、生かしてくれれば何でもしてくれる、と言うではないか。
コレは、下半身が旺盛な10代男子としては、正しくルパンダイブモノな提案に違いない!
…………が、悲しいかな。
コレはラストの力で抱かされた、少なくとも増幅はされた感情、欲望だ。
少なくとも、その衝動に従って事を起こせば、確実に後日寝首を掻かれる事になるだろう。
それに、彼女の目を見ていれば解る。
彼女は、ラストはまだ諦めていない。
全てを投げ出し、諦め、最低限の目的である『生き残る』『命と血を次代に繋ぐ』の2つのみを頼りにして、と考えているのならば、必然的に失われるであろう瞳の光が、未だに絶えていないのだ。
なれば、幾らこちらが甘やかし、溺愛し、彼女からの好意を抱かれ、結果的に『子を作る』では無く『家族になる』選択をラスト本人にさせるに至ったとしても、いざこちらが致命的な隙を見せたとするのならば、彼女は躊躇いなく殺るだろう。
一度決めた事はやり通す。
己を決して曲げる事を良しとはしない。
そう言う女だと、嫌でも理解出来てしまうのだ。
なら、今ここで後腐れ無く殺ってしまった方が良い。
互いにとって、それが最善だろう。
そう判断した俺は、再度言葉を返す事無く、拳を振りかぶってラスト目掛けて振り下ろす。
流石に、事この段に至っては最早無理か、と諦めも付いたのか、最期の悪足掻き、とは行かずに彼女も目を瞑って介錯の一撃を受け入れた。
────が、ソコに無粋にして不審なる闖入者が割り込んで来る事になるのであった……。




