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アスファルトを凹ませる勢いにて、真っ直ぐに俺が飛び出す。
ソレに即応する形で、ラストも構えを取る。
が、流石にまだ左の脇腹の修復が終わっていない為か、若干ながらも庇う様な動作を見せる。
ソレは体勢の不均衡を生み、それまで装甲で全身を鎧っていながらも、猫科の猛獣を思わせる靭やかさ、柔軟さを発揮していた体捌きに支障をきたし、若干ながらも動作に精細さを欠く形となっていた。
────なれば、やはり畳み掛けるが常道か。
元よりそう判断してはいたが、やはり今こそが好機か、と決意し、更に加速して懐へと入り込む。
流石に、そこまで接近されては庇い続ける事も諦めたのか、それともそこ以上にダメージを受ける事になる、と理性で判断したのかは不明だが、ラストの方も両腕と尻尾とを振るってこちらを迎撃しようと試みる。
が、ここで大型化した弊害が。
元々女性としてはそれなりに長身で、かつそこから2周り程大きくなる程度に、パワードスーツの様な形で装甲と筋繊維とを纏っているラスト。
ソレはつまり、腕も伸び、尻尾も生やした事で近接戦の射程が伸びた事を意味するが、同時に装甲等によって関節の可動域がある程度制限される事を意味し、必然的に至近距離に攻撃を届かせる事が出来ない空白が産まれる事に繋がる。
勿論、そこまで戦闘慣れしていない、なんて訳が無いラストが、ソコを失念するハズも無く。
彼女は、そこに入らせない様に、またその空白がどれほどの大きさなのか、を悟らせない様にこれまで立ち回って来ていた。
なので、正直今でも『ここなら大丈夫!』『ここまでなら行ける!』なんて場所は見つかっていないし、自信もあんまり無い。
が、それでも飛び込まなくてはならないのが勝負であり、負ければ尊厳を含めた諸々を喪う羽目になりそうなので、やはり『出来るかどうか』では無く『やる』しか無いのだ。
そんな訳で、大きく前へと踏み出し、ラストの間合いに侵入し、更に前へ前へと進んで行く。
迎撃として繰り出された尻尾を屈んで回避し、真っ直ぐ突き出された右拳を左腕で弾き上げる様に防御すると、流れる様に左のフックが放たれて来る。
人の頭程も大きさがある拳が、砲撃も確や、と言う勢いで飛んで来る。
端から見れば失禁モノの恐怖映像間違い無しな光景だろうが、俺からすれば『待ってました!』と言ってやりたくなる光景となっていた。
────シュルリ…………。
俺は、この戦いで、初めてラストの拳を『流した』。
それまで、身体強化で受け止めたり、さっきみたいに弾いたりする事はあっても、受けずに流す、と言う技法は見せていなかったのだ。
当然、敢えての行動だ。
例え、今の今まで、流していれば有効打を入れられた場面が幾つもあったとしても、敢えて使わずに温存して来たのだ。
勿論、彼女も知識としてはそう言った技術がある、とは知っていただろうし、実際に受けて経験した事も、過去にはきっとあったのだろう。
もしかしたら、ラスト本人が扱えた可能性すらもある。
だが、今回俺は、敢えて使えない、と言うフリをしていた。
その為に、彼女の戦闘予測の中からは、俺が受け流して更に踏み込んで来る、なんて選択肢は自ずと消えてしまっていた事だろう。
その証拠に、ラストは一瞬のみとは言え、驚きによって固まってしまう。
本来ならば、隙とすら呼べない様な、刹那の間。
相対する俺とて、意識していなければ利用する事は疎か、気付く事すらも出来たかどうかが怪しい程に、僅かな隙間。
ソコへと身体をスルリと滑り込ませると、装甲の向こう側に見えていたラストの目が見開かれると同時に、俺の目の前に結界が発生し、ラストの身体を覆っている装甲からは棘を思わせる突起が無数に、かつ急速に発達している事が見て取れた。
見方によっては、絶対絶命なこの状況だったが、俺が待ち望んだ戦況に思わず薄く笑みを浮かべつつ、右腕に新たに武装を召喚する。
────ソレは、端から見れば、少々不思議な形をしていた事だろう。
篭手としては、手首までしか装甲が鎧っておらず、また手の甲に付いた中途半端な長さの筒が、手首の中程まで伸びている、と言った具合のモノだ
…………だが、こうした場面では、飛び切りの戦果を挙げてくれる事は間違い無しの、優れものだ。
そう確信している俺は、迫りくる突起にも、背後から抱きしめる様に迫る両腕と尻尾にも気にする素振りを見せず、目の前に展開された結界へと、そっと『仁王』を装備した右拳を突き出した。
別段、結界を突き破る勢いを乗せた攻撃、と言う訳では無い。
また、この『仁王』の効果で、結界を無効化出来る、と言う訳でも無い。
ただ単に、結界に触れる、それだけが目的であるその行動の結果は、劇的なモノとして目の前に現れた。
「ガハッ…………!?!?!?」
先ず、ラストの行動が、目に見えて全て停止した。
迫りつつあった突起も、回されていた両腕と尻尾もその動きを止め、俺を包み込む事を諦めたのか、中途半端な位置にて止まる事になった。
次いで、彼女の口から、大量の血液が吐き出される。
流石に、ソレは予知していた為に、未完成だった包囲網からすり抜けていたが、やはりと言うか何と言うか、最早滝の様にドバドバと吐き出している。
しかも、その吐血した血液の色がヤバい。
赤く鮮やかな鮮血では無く、黒く濁ったあからさまにヤバい色をした血液を大量に吐き出しており、今も吐いている本人も、その目を驚愕に染めていた。
そして、最後。
パワードスーツの様に纏っていた装甲が、音を立てて解除されて行く。
元々、ラストの力によって、自らの身体を変化させて生じさせていたモノだからか、崩壊して消滅する、なんて事にはなっていないが、それでも彼女本人の意思による解除では無い事は、未だに吐血しながら慌てふためく様子を見ていれば、一目瞭然と言うヤツだろう。
…………まぁ、分かっていた事ではあったが、やっぱりこう言う手合いへの特効具合が半端ないな、コイツ……。
そう思いながら視線を落とせば、そこには俺の自信作の1つ、射突型近接兵装の内の『仁王』と名付けた3本パイルが、ソコに据えていた杭の内の中央に位置する1本から白煙を吐き出していた。
以前、桜姫との手合わせの時に、使用する候補に挙げていた『仁王』。
あの時には使用しなかったコレの効果は単純。
相手の魔力に干渉し、俺の魔力を強制的に流し込む、と言うモノだ。
手順としては、先ず3本並んでいる内の最初の1本が、ぶつかった対象の魔力を解析し、ソレとは真反対で反発する属性を割り出す。
次に、1本目が特定した属性を2本目が打ち込む事で、対象を破壊、ないし対象からの魔力的な抵抗力を極限まで削り取る。
そして、最後に3本目が直接突き刺さる事で俺の魔力そのものを相手の体内へと押し込み、それによって相性の良くない魔力が体内に入ってくる事で発生し、自身の魔力と侵入して来た魔力が反発する事で症状が劇的に重態化する『マギ・ショック』と呼ばれる現象によって相手を確殺する、と言う訳だ。
この『マギ・ショック』。
言ってしまえば、適合しない臓器を無理矢理相手に移植する、と言う様な類いの事だ。
本来ならば起こり得ない、強制的な魔力の浸透。
それにより、目の前のラストの様に、内臓を崩壊させながら藻掻き苦しんで行く事になる、と言う訳だ。
おまけに、引き起こさせられる条件は『相手が魔力を使っている』事コレのみである。
まぁ、魔力︰体力で1︰9だとかの脳筋相手だと、無理矢理抑え込まれて不発に終わる、なんて悲劇が無かった訳でも無いのだが。
…………しかし、こうして目の前に広がる光景を見る限り、どうやら十全に威力を発揮は出来ていない様子。
完璧に決まったのであれば、藻掻き苦しむ暇もなく内側から爆裂し、その上で自身と俺との混合魔力を周囲へと無差別にばら撒く事になるので、下手をしなくても周囲の魔力を使った類いの家電や設備は全滅、運が良ければ不調程度で済むだろうか?と言った被害が出て然るべきなのだ。
ソレを鑑みれば、かなり威力を殺された、と見るべきだろう。
…………やはり、本人に直接当てず、結界越しになったのが原因だろうか?
一応、そう言った時用に、2本目には触れた対象の魔力源へのハッキング機能を付けておいたのだが、もしやそちらが不発に終わったのだろうか?
……………うーん、分からん!!
まぁ、何かしらその手の事柄に対する備えがあった、と言う事だろう。きっと。
なら、今考えても分かる事では無いし、ソレに対する機能の追加を行うにしても、今出来る事では無い。
なれば、目の前に転がる問題を、先に解決してしまう事こそが重要だろう!
そう結論付けた俺は、取り敢えずこの戦いを終わらせる為に、目の前で未だに藻掻き続けるラストへとトドメを刺すべく足を進めるのであった……。




