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さて、何処から話したモノか、と頭を搔きながら、父へと何が起きたのかを説明して行く。
学校が終わるまではいつも通りの日常であった(…………ハズ)事、下校の途中で唐突に召喚された事。
特に神様的な存在には会わなかった事、向こうに着いた途端に馬車馬の如く働かされた事、等々。
魔族と戦った事も話したし、時には妨害してくる人間なんかとも戦ったとも話した。
当然、向こうは殺すつもりで掛かって来ていたし、都合良く手加減してくれるハズも無く、こちらも身の安全を守る為に全力で反撃し、命を殺める事もあった。
そして、それらに関係して発覚した裏切りやら策謀やらに乗っかる形でアレコレして、最後に復讐兼嫌がらせのつもりで連中の目標を潰してこちらに戻って来た、と締め括る。
流石に、サラリと流せる程に短く、薄い体験では無かった為に、既に日は落ち時刻は夕方から夜へと移り変わっていた。
いつの間にか、サルートと対面で座っての説明の形となっており、途中淹れてくれたコーヒーが俺の前にも置かれていた。
香り高く味わい深いソレの苦味を一口目に堪能し、しかし全てそのままで、と言うには些か俺には苦味が強い為に、添えられていた砂糖とミルクを1つずつ投入して味を整える。
尤も、そのままでも今なら多分イケた。
向こうで散々啜る事になった、コーヒーやお茶、と言う名目で出された泥水と比べれば万倍マシだし、何より比べるのが烏滸がましい程に差が有ると、今ならば否応無しに理解出来るからだ。
だが、身体が勝手に動くレベルで染み付いていたらしい流れる様な動作から察するに、恐らく俺は元々そう言う飲み方を好んでいたのだろう。
今ではもう思い出す事も出来ないが、父の反応を見る限りは、彼にとっての『普段の俺』と同じ素振りであった、と言えるのではないだろうか。
現に、それまでは『どう判断したモノか』と額にシワを作っていたサルートだが、俺が味を整えたのを見た途端にそのシワが無くなったのだ。
そして、まぁ良いか、とでも言いたげに肩を竦めると、それまで高ぶらせていた魔力を掻き消し、険しい雰囲気も無くしてしまうとリラックスした様子で口を開いて行く。
「まぁ、色々と言いたい事は有るけど、取り敢えず信じるよ。
さっきは悪かったね。
疑う様な事を言って」
「いや、そこは当然じゃないか?
つい半日前まで魔力無しの能無しだったヤツが、唐突に魔力漲らせて現れたんだから、寧ろ当然の判断だと思うよ」
「そう言ってくれると、私としても気が楽だよ。
さて、じゃあ、取り敢えず幾つか確認させて貰いたいのだけど、公人が召喚された世界から再度召喚される、だなんて事にはならないんだよね?」
「まぁ、多分?
俺が向こうに血縁とか残していて、ソイツを使うなり生贄にするなりして強制的に召喚陣に俺との縁を結び付ける、なんて無茶をしない限りは、俺が召喚される事は無い、ハズ?」
「そっか。
じゃあ、逆にこっちからその世界に行く方法とかって何か心当たりが有ったりしないかな?
流石に、最愛の家族を拉致し、強制労働させた上で、結婚詐欺に不貞まで犯してくれたんだから、多少はお礼参りに行かないと、ねぇ?」
「うーん、それも難しいんじゃないかなぁ?
俺がもし、能力としてその手の時空間系統に目覚めていたら出来たかも知れないけど、そうじゃないからなぁ。
帰って来れたのだって、機能をそれだけに絞った上で、莫大な魔力を1回で消費しつつ、道具自体を使い切りにする事で漸く実現した様なモノだし。
おまけに、世界だとか座標だとかを指定する機能も削っていたから、本当の意味で俺が使わないとならなかった訳だしね」
「自身を縁の拠り所として機能に盛り込んでいた、って事かな?
確かに、それならば道具自体にその手の機能を載せなくても、こうして帰還する事は可能だったみたいだね。
だけど、そうしようとすると、ほぼほぼ力業で強引に押し通った様なモノなんだから、かなり燃料と言うかエネルギー源としての魔力が必要となったんじゃないかい?」
「そこは、ほら。
半分嫌がらせも兼ねて、連中が求めて侵攻を始めた高位魔族の中でも幹部級の連中、向こうで七大罪とか呼ばれていた連中の魔石だとか、魔王の魔石だとかを使い切ってやったからね。
元々何に使うつもりで求めていたのかは知らないけど、目的としていたモノが目の前で消えて無くなったのだから、骨折り損も良い所なんじゃないか?」
「あぁ、そんな事も言っていたね。
でも、確かに疑問は残るよね。
能力的には、そちらの世界では人間は魔族に劣る、とまでは行かずとも、基本的な性能は魔族の方が優れていたのだろう?
なら、何故そんな負け戦を仕掛けて、その上で見事に返り討ちにされる様な事態になっていたんだい?
結果だって、やってみないと分からない側面も確かに有るけど、それでもある程度は予測出来ていた結果だった訳なのだし」
「その辺に関しては、俺も不思議だったからちょっと調べてみたんだが、結構笑える理由だったな。
我らの方こそ真に優れたる種族にして民族なり。なれば彼の蛮族よりも優れ、その上で数でも勝る我らに敗れる道理無し。故に我らが求めし財貨を、彼の蛮族が占有せしめる事、許し難き罪業なり。
大真面目に国の重要機密の書類にこう書かれていた時は、マジで何のギャグだ?と思った程だからな」
「…………うーん、理解不明。
大方、母数の大きい自分達の方が特異的な才能を有する人物が現れ易い、って点から『我らこそ真に優れたる種族なり』って考えに至っている根拠なのだろうけど、大概そう言う種族って寿命も長かったりするから、強い個体は長く生きていたりするんだよねぇ。
実際の所、そこら辺はどうだったの?」
「………………あ〜、まぁ、そう、かも?
その辺、あんまり気にして無かったけど、でも思い返してみると、割りと大昔の資料とかにも、強大な魔族、として名前が載っていた様なのが、今もまだ現役で生きていた、って事がそこそこあったから、元から長寿な種族、って可能性は無くもなくも……?
まぁ、その辺りは大体俺が殺すか、もしくは他のそこそこレベルの連中が数の暴力ですり潰していたから、今(俺が抜けた時点)だと殆ど残って無いか、もしくは居たとしてももっと新しい世代になるんだろうけど」
「まぁ、その辺りが長命種の欠点ですよね。
長く強く生きられる代わりに、世代交代が酷く緩やかで時代の激変に対応出来ない。
ましてや、種族の数が大きく変わる様な場面では、尚の事対応力が求められる場面が連続する。
ソレに対応出来なければ、そのまま歴史の闇に消えてゆくのみ、と言う訳です」
「流石は、その時代の激変を起こす側の発言。
どこぞの連中とは、含蓄が違うわな」
「ふふっ、褒めても何も出ませんよ?」
「いや、褒めてねぇから」
なんてやり取りを続けていると、玄関のドアが開く音が聞こえてくる。
次いで、ドタドタと遠慮も落ち着きも感じられない足音がリビングまで響き、続く形で勢い良く扉が開かれる。
するとそこには、俺よりも幾つか年嵩で、正しく大学生、と言った服装をした、長身で金とも黄色とも取れない髪色をした青年の姿が。
顔立ちは、父にも母にもあまり似ていない俺とは異なり、ハッキリと父に似ていると言える程には整っていながらも、父とは異なり表情がコロコロと変わるので、以前は俺と同じであったがそれでも人から好かれ、その輪の中心にいつも居る人物であった。
「おや、おかえりなさい。
ですが、あまりそうして足音を立てるモノでは無いですよ。
家族しかいない場ならば兎も角、そうでなければ乱暴であったり、浅慮だったりする印象を与えてしまいますからね」
「悪ぃ悪ぃ!
いや、ちょっとばかり興奮しちまってな?
何せ、家の中から、覚えの無いデカそうな魔力が感じられたモンだからさ?
それでチョイとばかり急ぎじまったんだよ!」
言葉遣いは乱雑ながらも、親しみを感じさせる口調にてそう言い放つ。
彼こそ、俺の兄であり、かつては俺と同じく魔力無しの『無能』にして、現在では同世代では『最強』と名高い(らしい?)改造人間である『主水 雷斧』であった。
俺にとっては、久方振りに会う、懐かしき兄の姿。
今とは異なり、彼もまだ力を持つ前は、2人で互いに慰め合っていたなぁ、と懐かしく思っていると、それまでは頭を掻きつつ笑みを浮かべていた口元を引き締め、視線も鋭くしてからこちらへと向けて口を開いて来たのであった。
「…………んで、オメェは誰だ?
オレの弟に姿と気配はソックリだが、明らかに雰囲気がおかしいンだよなぁ。
オマケに、血の匂いもしていやがる。
しかも、オレが外から感じた魔力、オメェから感じるンだよなぁ。
コレ、おかしいよなぁ?
オレの弟には、魔力なんて無かったハズなのに、なんで弟の姿してやがるオメェから、魔力を感じんだろうなぁ?
おら、処される前に、さっさと目的吐けや。
オレは、親父と違って鈍くはネェし、優しくもネェぞ?」
…………兄貴、もうその下りやったから……。