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俺が欠損した左腕を修復し、全身の負傷も回復させてから前へと踏み出すと、呼応する形でラストも前へと踏み出して来た。
俺と同じく欠損していたハズの右腕は修復されており、どうやら例の身体を変化させる力、とやらで治している様子だ。
こうして相対すると、その厄介さが否応無しに伝わって来る。
流石に、目線を向けただけ、相対しただけ、で問答無用に発動させられる様な便利なモノでは無い様子だが、ソレはある意味当たり前。
そんな事が出来るのであれば、バランスブレイカーにも程があるし、なんならあの世界で一度は人間が魔族に勝利出来ている理由が無くなってしまう。
しかし、確実に相手の身体に干渉する力と方法が在る、と言うのは間違いなく。
シュヴァインの身体を改造していたり、さっきまで俺の身体にも何かしらの仕込みをしていたらしい事から、最低でも何かしらの方法で触れる、位は条件として察する事が出来ている。
後考えられる事としては、触れた面積か時間か、それとも場所、と言った所だろうか?
「はっ!随分と便利そうな力じゃねぇか!
派手に晒してた自慢の身体も、ソレが有れば自由自在に理想の肉体に、ってか!?」
「失礼ね!
コレに関しては、力なんて一切使って無いわよ!
純粋に、私の努力の成果にして結晶よ!
より具体的に言えば、食育と運動とスキンケアの賜物さ!
よりメスとして魅力的になる様に身体を磨くのに、こんな邪道な力なんて使うはずが無いでしょう!!」
ラストの力に対する考察を察せられない為に、わざとらしく挑発の言葉を投げ付ける。
魔族であり、敵でもあるとは言え、仮にも女性に投げ掛ける言葉では無いな、とは俺自身も理解していたが、返ってきたのは予想外の言葉であった。
…………正直、使ってはいるのだろうな、とは思っていた。
とは言え、全身改造のサイボーグ状態では無く、ある程度成長しやすい、痩せやすい、とかの方向性を持たせる程度で済ませている感じだろうか?とは思っていたのだが、あの様子ではどうやら使っていないみたいだ。
と言うよりも、使わずにここまで美しく妖艶になれた!と言う事を何よりも自慢と自負としている、と言った所だろうか?
その辺りをもう少し突けば、動揺を誘ってもっと戦闘もやりやすくなるだろうか?
だが、突き方を間違えれば、まず間違いなく激昂して戦闘力が跳ね上がる事になるだろうから、やるんなら慎重にやらないと、な。
なんて事を考えながらも、戦いは留まる所を知らず、激しさを増して行く。
その頃になると、俺もラストも、互いに装いが変化していた。
俺の方は、全身を金属の鎧で武装した状態となっていた。
普段であれば、攻撃を受けてもほぼ即座に回復出来る為に、動きを阻害する鎧の類いは身に着けないのだが、相手は生身の身体に触れればそこに任意で発動出来るトラップを仕掛ける、またはほぼ即死級の異変を起こさせられる、と言う力の持ち主だ。
である以上、どれだけ俺本人の好みでなかろうと、破壊するまで一手間掛かり、どうしても直接俺に触れる事が出来無い、と言う状況を作る事こそが吉、と判断したが故だ。
まぁ、鎧、とは言っても、直接殴り付ける必要がある手足はそれなりに頑丈なモノにしてあるが、ソレ以外はほぼ服の上から薄い鉄板1枚貼り付けている程度なので、あんまり重くも無いのだけれど。
そんな一方でラスト。
彼女の方も、どうやら鎧で武装する、と言う考えに至った様子。
とはいえ、元々『金剛』の一撃すらも防ぎ切る程の結界を張れるラストにそんなモノ必要なのか?と言われるかも知れないが、実は割りと必要な様子。
実際に戦っている最中の考察になるが、どうにもあのレベルの結界を張るにはそれなりに集中しなくてはならないらしい。
その証拠、と言う訳では無いが、この戦闘中使えたのであれば使ったであろうタイミングに於いても、躊躇う様子も見せずに使用していない事から、まぁ何かしらの制限、ないし代償的なモノが必須なのだろう事は容易に見て取れた。
故に、と言う訳では無いのだろうが、こちらの攻撃を生身で受けるのは危険、と判断したが為に、こうして鎧を身に纏う結果となったのだろう。
当然、服装的にそんなモノ仕込めていた訳も、また持ち歩いていたハズも無く、展開は彼女の力を使ったモノ。
昆虫の様な甲殻の下に、身体の動作を補いつつ防具としても使える靭やかな筋肉繊維を詰めているらしく、半ばパワードスーツの様な様相を呈しているソレを身に纏っている現在は、素の状態よりも2周り程巨大化している様に見えていた。
しかも、飛ぶ。
背中から生やした翼で、その巨体で!?とツッコミを入れたくなる程に、自由自在に空を飛んで見せていたのだ。
…………コレがまだ、鳥の翼、的なモノだったり、コウモリだとかみたいな皮膜の張ったモノだったら許せた。
前者なら武装した天使、的なモノに見えなくは無いし、後者にしても、悪魔的な見た目になるだろうから、まぁ見られる感じにはなっただろう。
だが…………。
「なんで!よりによって!
生やしてるのが蟲の翅なんだよ!?!?」
…………そう、彼女の背中から生えているのは、蟲の翅。
半透明で硬質的であり、連なる形で生やされたソレは、最早身体強化を施している俺でも視認するのが難しい程の速度で高速振動しており、ソレそのものが凶器の一種と化していた。
装甲を施されて、端から見ても凶器と化した腕を回避し、当然の様にこちらも鎧われた尻尾を打ち払い、ついでとばかりに掠めるだけで鎧を削って行った翅に寒気を感じながら、すれ違いざまに脇腹へと拳を叩き込む。
本当であればパイルの一撃でも見舞ってやりたかったのが本音だが、やはり警戒されてしまっている為に直撃は難しく、未だに使用するに至ってはいない。
また、こうして本格的に装甲で固められてしまった事もあり、普段使っているような短剣等では刃渡りも強度も足らず、他の得物では間合いが広すぎて反応が間に合わなくなってしまったので、結果的にナックルダスターを装備して殴っている、と言う形になる。
が、高々ナックルダスター、と馬鹿にする事なかれ。
魔力で身体強化を施し、その上で『命の水』による常時回復が発動している事で身体のリミッターを外せる俺の拳は、下手な大型散弾を上回るだけの威力と衝撃を兼ね備えている。
そして、この手の『強固な鎧で全身を覆っている』のでは無く『表皮は硬いがあくまでも身体の一部』と言った手合いは、斬ったり突いたりするよりも、その防御を上回る威力での打撃、が殊の外響く。
主に内臓だとかに。
その証拠に、俺とのすれ違いざまに拳を叩きの込まれたラストは距離を取って即座に振り向いて来ていたが、その口元は赤く染まっていた。
身体を傾けてこちらから隠す様な素振りを見せているが、その左脇腹にはハッキリと俺の殴り付けた跡が凹んでおり、その周辺からも血液が滲み出していた。
当然の様に、一部砕けた箇所から覗いている、装甲の下の肉が蠢き、損傷箇所を修復しようとしている。
が、どうやら狙い通りに上手く行かないらしく、凹んだ箇所の周辺は凹凸を繰り返すのみで、修復するに至ってはいない様子であった。
まぁ、それもそのハズ。
俺も、殴り付ける時に、タップリと魔力を込めてぶん殴ってやったので、当然負傷した箇所には俺の魔力がベッタリと、かなり濃厚にへばり付いている状態となっている。
そして、ラストの力自体は、恐らくは自身の魔力を通して干渉し、その結果として肉体の変化を引き起こす、と言ったモノ。
であれば、自身の肉体を操作する感覚では、局所的には『俺の身体』と言ってもおかしくは無い状態に在る部分を操作するのは、上手く行くハズも無し、と言うヤツだ。
────ゾブリ……ッ!!
…………しかし、ソレは当然の様に、使用者にこそ最も理解が及ぶであろう範囲の事。
それまで、庇う様にしていた左腕にて、自ら打ち据えられた左腕脇腹へと爪を突き立て、凹んだ箇所を抉り取ってしまう。
周囲へと散らばる鮮血。
鎧に覆われた口元も、更なる赤によって汚されるが、肝心の俺の魔力によって汚染された箇所は綺麗に取り除かれ、回復が始まった様子。
だが、どうやら完璧に取り除けた、と言う訳でも無いらしく。
ソレはジワジワとした速度にて行われ、未だに装甲で覆い直す、と言った事も出来ていない。
────ならば、今こそが好機!
そう判断した俺は、拳を握り直すと、機を見計らってアレを使おう、と決意すると、今度はこちらから間合いを詰めて行くのであった……。




