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「ほら、アナタでは無く自分こそが陛下を討った張本人だ!と主張していた騎士団長、シュヴァインと言ったかしら?
彼が、その本人よ?」
ボンテージ姿で尻を嬲られながら喘ぐ男の娘を指差しつつ、女魔族がそう告げた。
…………俺としても、さっきの説明からして、何となくそうなんじゃないかなぁ〜でも違っていて欲しいなぁ〜、とか思っていたので、遠い目をする程度で済んでいるが、しかし解せない点が幾つか。
「…………取り敢えず、質問しても?」
「えぇ、良くってよ?」
「先ず、アンタ…………そう言えば、名前も知らねぇな。
アンタの事、なんて呼べば良いんだ?」
「あら、私まだ名乗っていなかったかしら?
そうね、私の事は『ラスト』と呼んで頂戴な。
そう呼ばせて上げるのは、中々に珍しいのよ?
基本的に、ご主人様か、もしくは女王様、としか呼ばせないから♪」
「あぁ、そう。
じゃあ、ラスト。
先ず質問なんだが、ソレがシュヴァインって本気で言ってる?
俺が知ってる限りだと、性質だとか性癖だとかの以前の問題で、そもそもの体格やら骨格やらが全然違うんだけど?
まだ、その辺から攫ってきた一般ドM男の娘、とか言われた方が納得出来るんだが?」
「あら、そんな事?
てっきり、コレのお腹に宿ってるモノに付いて、だとばかり思っていたのだけど?」
「いや、そこは別に。
その中身が、別段元婚約者からの転送でも移植でも、魔族とのハーフでも、ただの極度の便秘によるモノだとしても、だから何?って感じだが?」
「そう?案外と、冷たいのね?」
「そうか?
強制的に拉致してくれた連中の1人で、仲間、と自称して手柄の横取りだけでなく、婚約者まで寝取ってくれていた上に、こっちの命まで狙ってやがった輩だぞ?
寧ろ、正体が露見した瞬間に殺しに掛かって無いだけ、俺は十分に慈悲深いとおもうがな?」
「あら、そんな事までしてましたの?
実力は無い、テクニックも未熟、回数も熟せない。
だから、口程に力が在るのなら、と『受け』に回らせましたらこの始末。
存外、力を使ってまで生かしておく価値は無かったかしら?」
「そうそう。
話が逸れてたけど、本題はソレだよ。
一体、何がどうなったらあのガチムチで大男だったシュヴァインが、こんな華奢な男の娘になるんだ?」
「そこは、ほら。
こんな感じで、力を使ってチョチョイのチョイ!ってヤツでしてよ」
そう言って、ラストが自らの手を掲げる。
細く長く靭やかで、傷1つ無い芸術品の様な手。
それが、唐突に内側からボコボコと隆起し、膨張し、その形を変えて行く。
ほんの少しの時間を経て、女性らしく小さかった手は、続く肘までの腕とは不釣り合いな程に大きく、ゴツゴツとした怪物のソレへと変化していた。
「まぁ、タネを明かしてしまえば、私の家系は肉体に直接干渉して弄くり回す力、が在る、って訳。
だから、こうして自分の身体を弄ってより戦闘向けに変える事も、他人の身体を弄くり回して、男でも孕める様にしてみたり、とかも出来るのよぉ。
勿論、種族が違っても大丈夫♪」
「…………の割には、お前の親父はその手の事をしてる様子は無かったぞ?
まぁ、あの謎のヤギ頭がその産物だ、って言うのなら話は別なんだが……」
「ソレに関しては、アイツの生まれ付きね。
詳しくは知らないけれど、能力向上を目当てとした交雑?をやっていたら偶然産まれた怪物がアイツなんですって。
まぁ、基本的な能力が化け物じみていたお陰で【七魔極】として一目置かれる様になっただけで、力の使い方としては、専ら下半身を強化したり、相手の下半身を狂化したりしてのお愉しみにばかり使っていたみたいだけれども?」
「…………………もしかして、あの時反射的に股間のブツを破壊していなかったら……」
「その時は、アナタもアイツの肉◯器コレクションの1つになっていたか、それとも気まぐれに『受け』に回った時に使っていた張り型コレクションにでもなっていたんじゃないかしら?」
その言葉を耳にすると同時に、俺の心の中で絶望と安堵とか同時に吹き荒れる。
が、それと同時に、半ば自動で身体が動き、瞬時にラストの懐へと踏み込むと、装着していた『金剛』を無防備な腹部へと目掛けて叩き込む!
────轟ッッッッッッッ!!!!
周囲へと、轟音と共に衝撃波が撒き散らされる。
道路脇の壁はひび割れ、アスファルトにも亀裂が走り、当然の様にラストに踏まれてアヒアヒ言っていたシュヴァインも何処かへと転がって行く。
普通に考えれば、鎧袖一触に打倒出来ていて当然の威力と被害。
しかし、自身の拳から帰ってきた感触により、俺は思わず舌打ちを零しながらその場から飛び退る。
その動作により、先程まで立ち込めていた土煙と白煙とが切り裂かれ、視界がクリアになる。
そして、直前まで俺がいたその場所には、特に外傷を負った様子も無いままに、寸前までと変わらぬ様子でラストが佇んでいた。
舌打ちと共に目を凝らせば、ラストの前方には結界と思わしき透明な壁が。
『金剛』の威力を受け止め、流石に半壊してひび割れている為か、半透明となってその形がハッキリと見えているが、ソレは昨日妹の桜姫がやったモノとは異なっていた。
桜姫の場合、自身を中心に半球状に展開し、何処から攻撃が来ても対応出来る形状にしていた。
それは、彼女がまだ戦闘経験が浅く、それでいて最初の手合わせにて喰らっていた『金剛』の威力に恐怖を感じていたが為に、絶対に一撃は防御出来る様に、と不必要なまでに魔力を注いでいた結果、と言えるだろう。
対して、俺の目の前で展開されているソレは、規模としてはとても小さく、精々がA4用紙1枚あるかどうか、と言った所だ。
そして、強度の方も、『金剛』の攻撃を受け止め、ラスト本体に対しての余波を防ぎきってはいるものの、ソレで精一杯であったらしく、今にも砕け散りそうな状態となっている。
…………だが、戦闘に於いて、桜姫とラストを比較すると、確実に、かつ圧倒的に後者の方が厄介で強大だ。
何せ、最大限の見切りにより、最小限の労力と魔力にて、こちらの必殺の一撃を見事に防いで見せたのだ。
その技量、その戦闘経験、決して侮れるモノでは無い、と内心で滑り落ちて来た日や汗を拭いながらも、表面上は特に動揺を現す事も無く、油断無く視線をラストへと向けて行く。
────そう、俺は、その瞬間まで、決して油断はしていなかった。
何をされたとしても、咄嗟に反応して反撃出来る、と確信していたし、実際に向こうの世界でも、こちらの世界でも、そう出来ていた。
が、次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。
「なっ!?!?!?」
胴と左腕に発した違和感と激痛、並びに急速に発生したGにより意識が飛びかけるが、ソコは戦闘状態で起動していた賢者の石が即座に鎮静化を実行し、どうにか無様に壁へと叩き付けられる事は回避する。
横方向に飛ばされていた事もあり、足からどうにか壁へと着地。
急な移動により、俺のブレていた視界がクリアになると同時に飛び込んで来たその光景は、異常なモノであると同時に、予測して然るべきモノであった!と俺自身が歯噛みする羽目になるモノとなっていた。
そう、そこには、背中と腰の間、褐色の肌が露出していた場所から、長く太い『尾』を生やしているラストの姿が映っていたのだ。
ピンヒールながらも、僅かに前後に開き、それでいて足元に半円の線を描いている。
恐らくは、俺の視界の外側から生やした尾を回し、接触すると同時に腰と全身とを使って回転させ、俺の事を薙ぎ払った、と言った所なのだろう。
…………こうして、喰らって後出しで解析する、と言うのは、実に気分が悪い。
特に、想定して然るべきモノを予想していなかったが故に発生した、下手をすれば喰らった一撃で全てが終わっていたかも知れない状況、と言うのには、散々扱き下ろして来た側としては、反吐が出る様な心持ちとなっていた。
「…………このアバズレ、絶対にブチ殺してやるっ!!!」
苛立ちがそのまま形となって、俺の口から零れ落ちる。
それと同時に、俺は重力に従って落下を始めようとする身体を無理矢理動かし、引き寄せる地面に逆らって真横に飛び出すと、生やしていた尻尾を逆再生する様に戻し、今度は足を鹿やヤギの様に変化させながら爪を伸ばしていたラストへと向けて飛び掛かって行くのであった……。




