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────俺には、向こうの世界で1つ、決して忘れる事の出来ないトラウマが在る。
…………1つで済むのか?だとか、忘れられないから『トラウマ』と言うのでは?だとかのツッコミは無しの方向で行くとして、アレは向こうの世界に拉致されて比較的早い段階での事だった。
当時、俺はどうにか錬金術を使い熟せる様になり、魔力の膨大さから連戦する事を求められる様になっていた。
その頃は、まだ味方だと思っていた婚約者達にも、流石に仲間だと思っていた同行者達にも、連戦し過ぎて疲労が溜まっている、と溢して、翌日から更なる激戦地に飛ばされる、と言う地獄の様な日々を送っていた。
そんな時、とある魔族の拠点を攻め落とす様に指令が降った。
強力な魔族が駐在しており、戦略的にも重要な地点だから攻撃して奪取しろ、との命であった。
当然の様に、禄な情報は無く、また物資も人員も無い。
ついでに言えば、仲間として付けられていたハズの連中も、同行するどころか用事が在る、と言っていつの間にか姿を消しており、後で知った事だが、それぞれの『お相手』と物陰にしけ込んでいた、と言う事であったらしい。
斯くして、ほぼ身一つで魔族の拠点へと突撃を仕掛ける事になった俺。
必死に戦い、ある程度の数を蹴散らしたその時、『ソイツ』が現れた。
そう、俺にトラウマを植え付けた張本人である、ヤギ頭で筋肉モリモリマッチョマンなブーメランパンツ一丁で戦場に登場した変態の大男、である。
ソイツは、戦場のど真ん中に、文字通りに『突如』として登場した。
具体的に言えば、何処からか跳び上がり、そして戦場のど真ん中に着地する、と言ったダイナミックエントリーをかましてくれたのだ。
そして、少ないとは言え、一応は魔族と戦えるだけの兵士達を背後に率いていた俺の前に立ちはだかり、徐に後頭部で腕を組んだ。
…………一体、何をするつもりなのだろうか?
俺と兵士達の心が1つになったその瞬間。
唐突にヤギ頭が履いていたブーメランパンツが弾け飛び、元々筋肉でゴリゴリな状態となっていた裸体に、まるで3本目の脚か、はたまた大根の類いか!?と目を疑いたくなる様なブツをソラへと目掛けて隆起させながら一言。
「 ヤ ら な い か 」
と、こう呟きやがったのだ。
…………そう、「戦らないか」でも「闘らないか」でも「殺らないか」でも無く、ニュアンス的には青いツナギのいいオトコと同じ発音にて、股間を限界まで隆起させながらそう言い放ったのだ。
瞬間、俺は思考を空白に染めながらも、半ば反射的に当時はまだ開発途中であり、下手をしなくとも暴発する可能性が高かった『金剛』を取り出すと、無意識的にその顕にされた股間へと叩き込んでいた。
「ブルァアアアアアアアァァァァァアアアッ!?!?!?!?!?」
次の瞬間には、周囲へと響き渡る断末魔?の悲鳴。
物理的に地面にも大穴を開けられるだけの一撃が、幸か不幸か暴発する事も無く炸裂し、ソイツの股間は大破した。
その為、ソイツはその場で股間を両手で抑えて蹲り、情けなく腰をヘコヘコさせながら、指の間から赤かったり黄色かったり白かったりする謎の液体(と言う事にしておいてくれ……)を滴らせながらその場で悶絶していた。
…………が、ここで素直にくたばってくれていたら話は早かったし、俺のトラウマとして刻み付けられる事もまた無かっただろう。
────そう、ここで終わってくれなかったから、俺にトラウマが植え付けられる羽目になったのだ。
暫くの間、ソイツは地面に蹲ったままとなっていた。
流石に、己の手で引き起こした惨事であったし、雄としても哀れに思えて来た俺は、そろそろトドメを刺してやろう、と少しばかりソイツに近付いた。
その瞬間であった。
ソイツは、唐突に身体を起こすと、先程までと同じ様に頭の後ろで両手を組み、身体を仰け反らせて天を仰ぎ、何故かそちらは無事であったらしいブツを同じく天へと向けて隆起させると
「エクスタシィィィィィイイイイイイッ!!!!」
と叫びながら、天へと目掛けてぶっ放したのだ。
…………問う程の事では無いとは思うが、諸君は空に向かってホースから水を撒き上げた場合、どうなると思うだろうか?
答えは、簡単。
重力によって地に引かれ、周囲へと振り撒かれる、だ。
当然、あちらでも同じ様な物理現象が発生し、同様に振り撒かれる事となった。
その直前、汚液が上空まで打ち上げられた所までは、俺も記憶がある。
が、その次に連続している光景は、周囲に汚液が散乱する中で、元ヤギ頭だと思われる物体の頭部と股間とを念入りに破壊し、暴発した試作型の『金剛』の残骸を腕に付けた状態、と言うヤツであった。
そして、痕跡からして、自らの身体に降り掛かって来た汚液に関しては、どうやら焼き払う事で対応したらしく、髪やら肌やらは焦げて激痛を訴えていたが、その程度で済んでいた。
半ば狂乱して、と言う形ではあったものの、その拠点を制圧する事が出来た、と言う事で俺の扱いは僅かながらに上昇する事となった。
特に、その場に居合わせていた、共に戦った兵士達からは折を見て『大丈夫か?』と心配されたり『コレ要るか?』と労われたりする事も増えた。
………………まぁその後。
言われるがままに提出したヤツの死体を調べた所、魔王軍幹部の【七魔極】の一角であった事が判明したり。
求められていたソイツの魔石が、股間にあったらしい、と言われて愕然としたり。
後々調べて制作を決意した帰還する為の魔導具の動力として【七魔極】クラスの魔石が6つは必要だった、と2体目の【七魔極】を倒して手にした魔石を提出してから判明して発狂しかけたり、と様々な事があったのだが。
────そんな訳で、俺の中に直接トラウマとして植え付けられていたり、他の出来事の発端となったりしたヤギ頭のアイツ。
その娘を自称する女魔族が目の前に現れている訳なのだが…………。
「…………なぁ、本当に血縁なのか?
全くもって似てないんだが?」
「まぁ、アレにソックリ、って言われたら、流石に私でもブチ切れる自信が在るわよ?
あのド変態色魔と似ている、なんて、最早罵倒と変わらないんじゃないかしら?」
「確かに」
かつて被害を受けた者として、彼女の言葉に深く頷く。
が、同時にそこまで言うのならば、何故ここに来たのだろうか?との疑問が再び首をもたげてくる。
「…………なら、再度の質問になるが、どうやって、とはもう聞かないが、ならなんでだ?
別段、敵討ちに執着しないとならない程に、愛着があった訳でも無いんだろう?」
「まぁ、それはそうね。
正直な話をすれば、当初の予定だとアレは私が自分の手で降す予定ですらあったのだし、倒してくれた事には感謝すらしているのよ?」
「なら、尚更なんでだ?」
「あら、そんなもの決まっているじゃない!」
そこで、父親の事を口にした先程までのダウナーっぷりからは想像も出来ない程に、テンションを上げながら語尾を跳ね上げさせる。
口元を吊り上げて微笑みを浮かべ、頬を上気させながら言葉を口にするその様子は、間違い無く好ましいモノを前にした人特有の興奮の仕方であり、魔族であってもこんな風に高揚するんだなぁ、と謎の関心を覚える事となる。
…………が続く彼女の言葉により、俺のそんなホンワカとした心持ちは吹き飛ばされ、再び疑問に支配される形となる。
「魔王すら打破して見せた、正真正銘の最強のオス。
そんなオスが居るのだから、その胤から産まれる子はどれだけの力を持つか!
そして、そのオスの胤が魔族と交わった時に、何が起きるのか?
私は、ソレを知りたいの!
だから、私はアナタとの子を孕む為に、この世界までやってきたのよ!!」
「……………………ごめん、なんて?」
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