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「喰らいなさい!!」
決闘開始の宣言と共に、威勢良く裂埼が吠えながら俺へと向けて手を翳して来る。
ソレがピタリと俺と重なった瞬間、咄嗟に俺はその場から横っ跳びに回避を行う。
弱く、とは言え、魔力による強化が乗った脚力での回避。
少なくとも数メートル単位でその場から動いたハズの俺の身体を、横っ面を引っ叩く様にして強烈な爆風が叩き付けて来る。
その勢いと爆音に、思わず体勢を崩して床を転がる羽目になる。
どうにか多少の回転で立ち上がると、割りとフィールドとして区切られている線の間近にまで至ってしまっており、これは場外負けの心配はしておかないと不味いかな?と内心で冷や汗が一筋流れ落ちる事となる。
そんな俺の様子を見てか、裂埼がそのデカい胸を張って揺らし、ギャラリーとして見学に来ていた野郎共を沸かせ、同じくギャラリーとして来てくれていた炎上寺をブチギレさせながら口を開く。
「はっ!
どうよ?ウチの『爆裂』は!
アンタはウチの『能力』を知っているから、ってアレだけデカい態度に出られたんでしょうけど、世の中には知っていてもどうにもならない事って存在するのよ?知ってた??」
上機嫌にてそう囀る裂埼の表情は、どう上手く取り繕っても年頃の女子がして良いモノでは無かった。
寧ろ、ソレを晒す事で彼女のカーストや人気に翳りを生みそうなモノであったが、本人が気にしている様子は無く、また俺からしても特別指摘してやる必要を感じなかった為に放置するが、確かに状況はあまり良くは無いだろう。
裂埼の『能力』である『爆裂』。
ソレは、文字に起こせば『自らの視界に入っている、掌に収まるモノを爆発させる』と言うモノ。
…………コレだけをみれば、射程は精々十数メートル程度であり、対象に出来るモノも石ころから野球ボール程度、となるかも知れない。
実際に、魔術で裂埼の『能力』を再現した場合、その程度が限界であったそうだ。
…………だが、当然の様に、その程度で収まるのであれば『能力』としての認定を受けてはいない。
早い話が、彼女は視界の中で掌に収まるモノ、であればなんでも爆破出来るのだ。
ソレが、個体や物体である必要性は無いし、何なら実際の大きさすらも関係無い。
皆も、一度はやった事があるのではないだろうか?
遠近感を利用して、遠くに見える人を摘んでみたり、誰かを掌に乗せた状態の写真を撮ったり、と言った事を。
…………そう、ここまで言えばもうお分かりだとは思うが、彼女はそうして自身の視点から『掌に乗っている、掌で掴めているモノ』を対象として、問答無用で爆破する事が出来るのだ。
当然、距離は関係無いし、また空気の様に個体では無いモノも対象とする事が出来る。
その為、こうして向かい合ってよ~いドン!で開始される決闘に於いて、彼女は極大のアドバンテージを持っている、と言えるだろう。
一応、以前彼女と決闘し、そして敗れているらしい炎上寺の『燃焼』も、同じ様な強力な『能力』ではあった。
が、双方共に強力過ぎるが故に、相手に直接『能力』をぶつける、なんて事をしてしまえば下手をしなくても致命傷になりかねない為に、両者共に相手に対しての所謂『掠り当り』を狙っての攻防となったのだそうだ。
しかし、『爆裂』の余波として衝撃波や爆音等でダメージを狙える裂埼とは異なり、『燃焼』では致命打にならないダメージソースを得るのが難しく。
結局、間近に間接的に炎を生み出す事で炙り焼きにする、みたいな事しか出来なかったらしく、最終的に敗れる結果となったのだとか。
と、ここまで聞けば無敵の『能力』に見えるかも知れないが、当然弱点は存在している。
強力である代償に彼女の『爆裂』は頗る燃費がよろしく無い。
ソレに加えて裂埼本人の魔力量はそこまで多い訳では無く、精々が平均よりも少し上、程度である為に、長期戦には向いていないし、乱発すると直ぐにガス欠を起こすのだ。
後、こちらの世界ではあまり現実的では無いが、巨大過ぎるモノにも『能力』を行使する事が出来ない。
あくまでも対象は『掌に収まるモノ』である為に、巨大なモノ、例えばビルの様な建築物を丸ごと爆破しようとすればそれだけ距離を離して『能力』を行使する必要があるし、逆にそれだけの距離が開いた状態では、人1人1人を個別に認識する事も出来ないので、それだけの距離を貫ける攻撃でカウンターされると弱い、とら言えるだろう。
まぁ尤も、ソレが出来る相手であれば、一方的に狙撃して暗殺すれば良い話なのだから、彼女との相性云々を言い出す必要性は無いのかも知れないけど。
と、そんな感じで彼女の『能力』に付いて色々と挙げたが、要するに普通に勝てると言う話だ。
今も、こうして油断してアレコレと口走りながら、大袈裟な態度で居るのが何よりの証拠。
戦いに於いて真っ先に死んで行くのは、弱い奴から、では無い。
油断して、自分は絶対に死なない、と思っている奴から真っ先に死んで行く。
そう内心で呟いた俺は、起き上がった姿勢から僅かに膝を曲げると、膝と腰のバネによって急速に前へと飛び出して行く。
すると、油断していた事もあり、俺の急な行動に虚を突かれたのか、驚愕した表情のままで中途半端な姿勢で裂埼は身を固くする。
そのまま、勝負を付けるつもりで後ろ手に回していた手に錬成した短剣を、首元目掛けて逆手で振り抜く!!
…………が、ここでまたしても僅かながらに殺気が漏れてしまっていたのか、裂埼の腰が真下へと落下した事で彼女の頭上を刃が通過する形となり、セミロングに伸ばされていた裂埼の後ろ毛を刈り取る形に終わってしまう。
その際に、またしても重力による自由落下にて裂埼の胸元が大きく弾み、元々短かったスカートが僅かながら勢いで浮き上がった事により、彼女目当てで押し掛けて来ていたギャラリーが、俄に沸き起こる。
俺はソレを気にする事無く、右足を蹴り上げ下がった頭を蹴り飛ばしてやろうとしたが、どうやらその騒ぎが気付けの一種になったらしく、ハッと気を取り直した様な表情になるや否や、転がる様にして慌てて回避行動に出た。
恥も外聞も無く、必死である事を隠せもしない回避。
引き攣る表情もそのままに、スカートもめくれ上がらせながら行ったソレは、ギリギリの所で俺の蹴り足を回避すると同時に、ある程度の距離を離す事に成功する。
僅か数メートル程度離れた所で、息を荒げる裂埼。
回避に失敗していれば、確実に意識を刈り取るだけの威力が直撃していた、と理解出来たのか、滝の様な汗を流しながら、肩で息をする。
幼馴染としての情だとか、異性に対するアレコレだとかが在るのであれば、ここで一旦待ってやり、息を整えたり態勢を立て直す時間をくれてやる所なのだろう。
最終的に勝つにしても、そうした方が後腐れ無く、禍根を残さない結末、として周囲にもアピール出来たハズだ。
…………だが、俺としては、どうしても、本当にどうしても『そうする』つもりが欠片も湧かなかった。
それこそ、殆ど朧気な記憶でしかないが、やらなくてはならない、と頭では理解しているハズの夏休みの宿題、と言うヤツを、最終日付近になるまで絶対に手を付けようとしない位には、そうしたくない、と思ってしまっていたのだ。
だから、と言う訳では無いが、俺は蹴りを繰り出したままの状態で掲げていた足を床へと振り下ろす。
そして、床を蹴り付けると同時に錬金術を発動させ、床を変形させて槍襖を生成すると、ソレを地面を隆起させる形で裂埼目掛けて走らせるのであった……。




