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「…………おぅ、どうにか着いた……」
思わず独り言が俺の口から零れ出る。
視線の先には、見慣れた外観をした一軒家、即ち我らが主水家の家が聳え立っていた。
一応は都内に一軒家。
しかも、二階建てで庭付き。
向こうの世界に拉致される前は、どこもこんなモノでは?とすら思っていたが、今になって思えば割とこの家金持ちだったか?と思わんでも無い。
まぁ、両親の職が職だし、兄と妹も稼いでいるから、さもありなん、かも知れないが。
とは言え、とは言えだ。
微かになりつつあった記憶と、身体に染み付いた道程の記憶とを頼りに歩き、漸く辿り着いたこの実家。
主観では、幾重にも死線を潜り抜け、その上で安全?ナニソレ美味しいの?地で行く環境に数年も身を置かされた上で帰り着いた安全な家なのだから、多少感動したとしても仕方の無い事だと思って頂きたい。
誰に対する訴えでも無いにしても、何故か言い訳じみた思考を切り替え玄関へと向かう。
帰還した時から持っていたスクールバッグの中から鍵を探し出し、開くべく差し込もうとする。
が、何故か記憶の通りであれば普段この時間は閉ざされているハズの鍵は開いており、探れば人の気配もする。
兄はまだ大学か、もしくは『巡回中』のハズで帰宅はもっと遅くなるし、今の様な夕方には戻って来ないだろう。
妹に関しても、今の時間帯は基本的に『訓練』に充てていたハズだから、こちらも早引けして来ない限りはまだ居ない。
両親に関しては言わずもがな、だ。
はて、では誰だろうか?
と疑問に思うも、まぁ強盗の類いであったとしてもどうにでもなるか、とリビングへと向かう。
するとその先、ダイニングテーブルに腰掛けてコーヒーを優雅に傾ける銀髪のイケメンが視界へと飛び込んで来た。
「やぁ、おかえり公人」
「ただいま、父さん。
でも、今日は大分早くない?
普段は、もっと遅いよね?」
「まぁ、今日は偶々さ。
偶然、面倒な案件がほぼ無くて、今日の分のタスクが早く終わったからね。
残る理由もあんまり無かったから、さっさと帰って来たよ」
軽く手を上げて俺に答えるのは、俺の父である主水=アルフフェルニル・サルート。一応言っておくと、名前がサルートであり、並びは『姓』『姓』『名』の順番。
名前や外見の通りにこの国の人間では無い、寧ろ厳密に言えば人間でも無いしこの世界の生物ですら無いらしいし、本来やらかした事を鑑みればこんなギリギリとは言え一般家庭でコーヒー啜っているなんて論外で、下手をしなくても教科書に顔写真付きで載ってヒゲをイタズラ書きされているのが相応しい、らしい。
らしいって付くのは、特に今まで気にして功績やら何やらを調べて来なかったから。
一応、かつてやらかした事だとか、母親との馴れ初めやアレコレだとかは聞いているから、誰よりも特別で特殊な存在なのだ、とは知っている。
知っているが、ソレはあくまでも父特有のモノであり、再現性は欠片も無いであろう事は明白なので、他の面子とは異なりコンプレックスになる事もせず、調べる気が微塵も起きなかった、と言うだけに過ぎないのだが。
なんて事をつらつらと考えながら、自らが血を引いているのが不思議になる位に整っている顔を眺めていると、父も同じ様にこちらに視線を向けて来ている事に気が付く。
そして、それまで手にしていたカップを下ろすと、ヒゲの跡すら見えない顎に手をやりながら、なんて事は無い、と言った雰囲気と動作のままに問い掛けて来る。
「………………所で、君は誰だい?」
「…………………………はい?」
唐突過ぎる程に唐突に、父サルートからそんな言葉が飛び出して来た。
誰だ?と問われれば、俺だ、としか答えようは無いのだが、だからといって今問われているのはそう言う事では無い気がするが、ソレ以外に答えは無いのだし、と首を傾げる羽目になる。
が、そんな俺の様子は知った事では無い、と言わんばかりに、本当に血が繋がっているのか?と疑いたくなる程に長くスラリとした足を組みながら父が問いを重ねて来る。
「君が、何を思って私の息子に化けているのかは、正直分からない。
そして、どうやって化けているのか、に関しても、割と分かっていない。
確かに、外見だけならそっくりだ。今朝会った息子と寸分変わらない見た目をしている。
が、私の息子はそこまで濃厚に戦いの気配を身に纏ったりはしていないし、血の匂いも漂わせてはいない。
更に言えば、内包していた魔力量も再現出来ているのは褒めてやるが、あくまでもソレは『内包している魔力量』だ。
君の様に、表面にまで露出させてやる事は私には出来なくてね。彼が悩んでいた事は知っているが、ソレを解決して上げられなかったのは、親として歯痒い想いだったのだよ。
で、諸々説明して上げたけれど、最初の質問に戻ろうか。
君は誰で、何の目的で息子に化けていて、彼は何処に居るのかね?」
サルートが凄まじいプレッシャーを放ちながら、言葉を向けて来る。
思わず固まりかけながら、言われてみれば確かにそう見えるかぁ、と何処か他人事の様にも考える。
この世界、こちらの世界では、昔はいざ知らず現在に於いては魔力を持つ事は普遍的な事だ。
一昔前の小説みたいに、様々な事を実現させられる不思議パワーが魔力であり、中には保有する魔力量が多いからか、そう言う体質・血統なのかは置いておくとして、更に上位の力として『能力』に目覚める者も少なくは無い。
そんな世界に於いて、俺は珍しく全く魔力を持たずに産まれて来た。
普通は、ある程度年齢を重ねれば自然と発現するハズのソレを、俺は高校に入る年頃になってもなお発現させる事が出来ず、周囲から『無能』の烙印を押される事になっていたのだ。
まぁ、実際の所として、実体験並びに先の父の発言から察するに、恐らくは元々の内包量が大きかったせいで成長等に影響が出ない様に、と生来蓋がされた状態となっており、ソレが開く切っ掛けが無かった為に封じられた形となって現在(召喚前)にまで至る、と言う事なのだろう。多分。
それが唐突に解放された状態で目の前にお出しされたら、そりゃ別人判定も下されるし、何なら姿を偽ってまで接触して来た、って判定すら出る羽目にもなるってモノか。
…………しかし、どう説明したモノか。
別世界に拉致されて、その際に魔力が発現、能力にも目覚めました、と言えればそれまでだろう。
が、ソレを信じて貰えるかが分からない。
何せ、時間に齟齬が出る。
俺の主観では順調(?)に数年経っている訳だが、この世界では数時間から半日程度しか経過していないのだから、頭のおかしな輩の戯言、と判断されて処されかねん。
何せ、ウチの親父殿は元とは言え悪の組織の親玉だからな。人一人『消す』のなんて、最近は滅多にやらないながらも、倫理観的に殺らないとは限らないからな。
なんて考えている間にも、父の視線は俺へと突き刺さり続けて行く。
寧ろ、無言で居る事に対して反抗の意思有り、と判断を下したのか、無言のままで視線は鋭くなって来ているし、魔力も高まって来ている様に見える。
…………しかし、こうして魔力に覚醒してから改めて観て見ると、父サルートは凄まじいまでの魔力を秘めていたらしい。
魔力量だけで全てが決まった訳では無いが、向こうの世界で同等に近い魔力を持つ人間は見たことが無かったし、魔族の中でも最上位かソレに近しいレベルで無いと滅多に見ない程の量と質だ。
まぁ、ソレが見ただけで解る、って事は、ほぼ敵として見られている証拠であり、殆ど戦闘態勢に入りつつある、って事でもあるのだけど。
そう判断した俺は、徐ろに両手を肩の辺りで掲げて見せる。
所謂『降伏』を意味するその行いに父は眉を顰めるが、一応は俺に戦闘の意思が無い事を察してか高まらせていた魔力を引っ込めてくれる。
そうして、一旦は落ち着きを見せた父サルートに対して俺は、苦笑いと草臥れ笑いを浮かべながら口を開くのであった……。
「あ〜、悪い。
もしかしたらそうは見えないかも知れないけど、一応俺本人なんだ。
ただ、ちょっと別の世界に召喚されて、色々あったんでね。
その辺は説明するから、ちょいと聞いてくれると助かるんだけど?」