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バンッ!!!
凄まじい勢いにて、教室の扉が開かれる。
それによって発生した音により、教室内の視線はそちらに集中した。
一応、俺は気配で扉の前に誰か居るな、なんか荒ぶってるな、とは察知していた為に、特にソレにより驚く事は無かった。
が、俺の脳裏、かつて存在し、そして向こうの世界にて敢え無く消失する憂き目に遭ってしまった『ナニカ』が発する叫びにより、鋭く走った頭痛と嫌な予感により、コレは面倒臭そうな事になるか?との予感が否応無しに押し寄せて来た。
それでも、と騒音の元へと視線を向ければ、そこには怒りに顔を歪ませた様子の美少女が。
茶色い髪は肩程度の長さであり、座っていても辛うじて見えた頭頂部の様子から、恐らくは染めているのでは無く地毛か、もしくは何らかの魔術的な技術で根本的に色を変えているのだろう。
身長は、この年代の女子としては、それなりに高め。
だが、そのスタイルは見事の一言に尽き、必要な所には必要以上に曲線に富み、それでいて不必要な部分はまるで削り取った様に絞られている、と言う男女両方の観点から見ても垂涎のモノとなっていた。
それで微笑みの1つでも浮かべていれば、正に絶世の美少女、と言った所だったのだろう。
多少性格が悪かろうと、大概の事は周囲の男が許してしまうか、もしくはそのお零れに預かる目的で群がる女子がどうにかする、なんて構図が見えるようであった。
だが、現状でなそうはなっていない。
一応、彼女の取り巻きらしい野郎共が、開け放たれた扉からゾロゾロと入って来ていたが、その表情は彼女と同様に憤怒に染まって、と言う訳では無く、寧ろ困惑の色の方こそ濃い様子。
そんな風に周囲が驚愕し、混乱しながら固まっている最中、動きを見せる者が数名。
俺の周囲に固まり、何やら意味深な気遣う言葉を掛けてくれていた俺の友人達が、まるで俺を守る為の壁となるかの様に、俺と彼女達との間に立ち塞がって来たのだ。
「…………で?アンタ、一体何のよう?
朝っぱらから、そんなに手下ゾロゾロ引き連れて、随分なご挨拶ね?」
真っ先に口火を切ったのは、ある種意外な事に炎上寺。
小柄で細身な彼女が盾となる、だなんて一昔前では有り得ない光景であったのだろうが、現在では少し話が違って来る。
以前であれば、男であり上背もそれなりにある水連か、もしくは円山辺りが適任だったのだろう。
が、炎上寺は『能力』持ちであり、現在のヒエラルキーではトップカテゴリーに入る人材で、ソレは身分が学生であったとしても、変わらぬ効力を持つ。
その証拠に、取り巻き達は最初から無かった勢いを更に削がれ、どうにかしてさっさと退散出来ないか、と思案している様子であった。
…………しかし、その本丸たる彼女に関しては、寧ろその行動が火に油を注ぐ結果となった様子であり、それまで浮かべていた憤怒を更に深めると、その豊満な胸元で炎上寺の慎ましやかな胸元から首元に掛けてを突き飛ばして(?)来る。
「…………何、お前。
お前とウチとの格付けは、もうとっくに終わってるって忘れた訳?
ソレに、ウチの用事はお前には無いの。
ウチの用事は、自分でやらかして事の原因を作っておきながら、男の癖にお前みたいな貧相なチンチクリンの背後に隠れて震えてるソコのクズに在るの。
だから、さっさと退いて牛乳でも飲んでれば?」
「…………ぐっ、ぐぅぅぅぅっ…………!!」
ぐうの音も出ない、と言った様子で、炎上寺が後退る。
胸を抑えてはいるが、その瞳がまだ光を保っている以上、胸囲の格差によって圧倒され戦う前に敗北した、と言う訳では無さそうだが、それでも相手に対して強く出る事が出来なかった様子だ。
…………だが、ソレも仕方の無い事だろう。
今のやりとりを目撃して俺も思い出したのだが、炎上寺は以前彼女に『決闘』を挑んでおり、そして敗北している。
故に、彼女相手に強く出る事が出来ないのだろう。
この世界に於いて、『能力』持ち同士の『決闘』による格付けこそが、侵略組織に対抗する戦力を求める現在、唯一公的に許可されている『能力』持ち間での優劣を決める手段であったのだから。
同じ、ハイカテゴリに位置し、ヒエラルキーのトップに立っていたハズの2人。
しかし、片や取り巻きが付き纏い、片や彼氏持ちとは言え友人と駄弁って過ごす。
他にも『能力』持ちは幾人か在籍していたハズだが、ここまでハッキリと環境が別れる事は、基本無いだろう。
それこそ、本人達が好もうが、望もうが、関係なく、だ。
とは言え、当事者としてはこれ以上隠れてはいられない。
ソレに、こうして友人達が、自分達の立場を悪くする可能性を理解した上で庇い立ててくれていたのだ。
なら、それらを一手で逆転する手札を、そろそろ切ったとしてもバチは当たらないだろうさ。
後退った炎上寺を、水連が抱きとめ介抱している姿を尻目に、席を立つ。
そして、彼女に若干ながらも怯えつつ、取り巻きの野郎共に対して威嚇し、壁となってくれていた円山と木宮の肩を軽く叩いて2人の前へと出る。
「…………チッ!
コソコソ隠れていたと思ったら、何?
やっと出てきたけど、アンタみたいなクズが何様のつもりなワケ?」
「なら、お前さんの方は、そのコソコソ隠れるしか出来ないクズに、わざわざ何の用だ?裂埼」
ザワッ!と周囲が沸き立ち、取り巻き達が固まる。
俺が彼女に言い返した、と言う事も衝撃的であったのだろうが、何よりも俺が彼女を苗字で呼び捨てにしたと言うのが何よりもインパクトが強かった事だろう。
呼ばれた本人も面食らっているが、すぐに怒気を顕にして言い返して来るに違いない。
…………何故、そんな事が分かるのか?
それは、本の少し前に思い出した事なのだが、目の前の彼女、『裂埼 早苗』は俺の昔馴染みにして幼馴染であり、あの登校時に強烈に嫌な気配を発していた公園にて待ち合わせをしていた相手そのものであるから、だ。
とは言え、見て分かる通りに関係性は良好なモノ、とは口が裂けても言い難い。
先の会話でも分かる通りに、『無能』であった俺と『能力』を持ち周囲から持て囃されている彼女、と言う分かり易い構図は、かつて俺の庇護を買って出てくれた彼女の性根を容易く捻じ曲げ、最も身近な守護者から、最も身近な敵対者へとその性質を変貌させた。
その事実も、俺がかつて抱いていた『特別』への憧れの源泉の1つだった、と言う事だろう。
力の無い俺だったから、彼女は変質した。
だから、俺が力を得れば、手にする事が出来れば、かつての優しく頼れた彼女に戻ってくれるのでは……と期待していたのだろう、と今であれば分析も出来た。
────なんて風に思い出した記憶を回想していると、漸く裂埼が再起動を果たす。
憤怒に染めていた表情を、驚愕に変えてから再び憤怒に染める様はある種滑稽ですらあったが、自身よりも格下だと認識していた相手からの反撃は、余程頭に来た事だろう。
「…………テメェ、良くもまぁ、そんな口をウチに聞けるな!?
テメェ如きが偉そうに、ウチに指図してくれてんじゃねぇよ!!」
「どうした?いつものお面が剥がれているぞ?
それに、要件を尋ねただけでそこまでキレるとは、狭量さが透けて見えるぞ?」
一応はハイカーストとして通っている裂埼だけに、周囲の反応は困惑の色が強かった。
ソレを察知してか、流石に多少の外面を繕う必要性を思い出したらしく、舌打ちを1つ零してから、雰囲気を作り直すかの様に咳払いをして再び口を開く。
「…………狭量だなんだ、とは随分な言い草じゃないの?
ウチは、何時も来るハズの時間と場所に、アンタが来なかったから心配して来てやった、ってだけなんだけど?」
「あぁ、それは悪かったな。
どうしても、外せない用事があったモノでね。
まぁ、別段約束していた訳でも無いし、構わないだろう?」
「…………へぇ?アンタ、そんな事言って良いんだぁ?
ウチ、アンタの所のオバサンに可愛がられているの、知ってるでしょ?
なら、今回の事も報告して上げても良いんだけど?
約束した待ち合わせに来なくて、心配で泣かされる羽目になった、ってぇ?
それに、アンタに用事ぃ?
そんな御大層なモノ、いったい何処にあったって言うつもりなワケ?」
随分と冷静さを取り戻したらしく、嫌味ったらしい口調でネチネチと告げてくる裂埼。
大方、周囲に対しても『悪いのは主水』としての印象を根深いモノにしたかったのだろう。
…………が、ソッチがそのつもりであるのならば、おれは俺で利用させて貰うとしようか、と心に決めた俺は、懐から1枚の書類を取り出し、目の前に掲げて見せる。
「御大層な用事?
あぁ、確かに『大層』だったな。
何せ、ご覧の通りに『能力』認定試験を受けて、見事に合格する、って言う大事な大事な用事があったモノでな。
お前さんも知ってるだろう?
この国では、『能力』に覚醒したら申請しないと、最悪処分される、なんて事は、さぁ?」
そうして掲げて見せた書類には、俺が『能力』持ちである事を証明すると同時に、『能力』の詳細を『錬金』であると認める旨が書かれていたのであった……。




