21
昨日の晩。
俺は、桜姫との会話にて2つの約束をしていた。
1つは、先の手合わせ。
『手加減せず、全力で戦って下さい』
その約束の通りに、開幕『金剛』で戦闘不能に追いやった。
そして、2つ目。
『必ず、2度は戦って下さい』
…………正直、何を思ってこんな約束を取り付けたのか、は分からない。
大方、1度目は何だかんだで手加減されて〜とか、惨敗するとは思っていないが惜敗を覆す為に〜とかの伏線のつもりだったのだろう。
だが、それも今となっては後の祭り。
アレだけの惨敗を晒した上で、まだ掛かってくる気概が残っているかは、正直分からない。
が、一応とは言え、交わした約束は約束である以上、俺は例のコートで桜姫が入ってくるのを待ち構えるのみであった。
視線を向けて探ってみれば、意外や意外、その足取りは確かなモノであり、顔色も悪くは無い。
流石に、先の一戦がトラウマとなっていたのであれば、もっと諸々に現れるハズなので、そうはなっていない様子。
と言うよりも寧ろ、コレは勝ちに来ている人間の顔だろうか?
先の一戦で、何処かしら、何かしらの攻略の糸口を掴んでいた、と言う事だろうか?
…………正直、一方的にボコっただけ。
寧ろ、ワンパンで沈めたから、分析する為の情報すら1つも渡して無いハズなんだけどなぁ……。
と首を傾げていると、素直にコートへと足を踏み入れた桜姫と、その合図で試合の開始を宣言する教官役の女性。
その際に、再びルールの説明がなされたが、内容自体も同じであった為に聞き流し、桜姫の事を注意深く観察する。
当然の様に、やはり開幕変身。
最早、そこまで定まっている上に、特に消耗する事も無いのであれば、開始前から変身しておけよ、と思う俺は多分無粋なのだろう。
どうせこの間は攻撃しても意味が無い為に、先んじて『金剛』を展開し、そのままでは先の二の舞いになるぞ?と無言の圧力を掛けておく。
そうして暫しの間。
お約束となっているバンクを流し見、再び桜姫が手にしたステッキをこちらへと向けて来る。
なので、俺の方も、先の焼き増しの様に一足で懐へと潜り込み、今度は先程よりも身体の中心線に近い場所へと狙いを付けて拳を繰り出した。
周囲へと広がる、轟音と白煙。
先の試合と、全く同じ流れ。
しかし、異なる点が2つ。
1つは、周囲の反応。
これは、前回の『無関心』とは大きく異なり、一度とは言え、俺と手合わせした事で強さへの関心が高まり、無意味に見逃す事を良しとしなくなったから、だろう。
もう1つは、結果。
周囲へと轟音と白煙とを振り撒いた俺の『金剛』は、今度は桜姫の身体へと直撃する事無く、その少し手前の空間にて、射出した杭の先端を止めていた。
これは、別段俺が距離を測り間違えた訳でも、少々エキセントリックな寸止めを披露する為に行った訳でも無い。
…………ただ単に、彼女の身体に命中する寸前で、展開された結界に阻まれた、と言うだけであった。
「…………なるほど、無策では無い、とは思っていたが、多少は考えた様だな?」
「…………えぇ、流石に、またアレを喰らいたくは無かったものですので、ね!」
言葉と共にステッキを振るい、桜姫が魔力の刃を飛ばして来る。
ソレを、至近距離、と言うアドバンテージに拘る事無く、アッサリ手離し後退する事で回避する。
そうする事で、彼女の全体像が視界に入る。
僅かに煌めき、そして身体全体を覆う真円の結界。
『金剛』の一撃を受け止めた事により、こちらから見て右側に無数の罅が入り、今にも決壊しそうにも見えるが、その損傷も急速に修復されており、今すぐに2発目を撃ち込まない事には、力ずくで破壊する、なんて芸当は難しいだろう。
が、チラリと視線を落とした先にある右腕の『金剛』は未だに白煙を上げた放熱中であり、再度の使用までは暫く時間が掛かる。
…………全く、上手い事『金剛』の弱点を突かれたモノだよ。
『金剛』は物理的な破壊力に特化しているが為に、魔力なんかで構築された障壁の類いには滅法弱い。
無論、今の桜姫の結界の状態を見れば分かるが、生半な強度のモノであれば、破壊しておしまいに出来るのだが、それでも最高硬度に近いモノだと、こうして貫けずに防がれてしまう事になるのだ。
まぁ、その為に、対魔力特化型の3本パイル『仁王』だとかも用意してあるのだが、流石に今回は使えない。
アレ、相手の魔力に直接干渉して、着弾と同時に体内魔力を掻き乱しながら俺の魔力を混入させ、体内の魔力に拒否反応を起こさせる。
すると、相手はその魔力を排出しようと、半ば無意識的に反射で魔力を使用する訳だ。
が、その混合魔力を相手が使用すると、体内を魔力が通る経絡だとか魔力線だとかと呼ばれるモノを、内側からズタズタに引き裂き、その上で過剰反応が起きて爆散する、って言う汚い花火の出来上がりになる訳だ。
なので、魔力主体の相手であれば、間違いなく対メタレベルでぶっ刺さるのだが、代わりに手加減が効かない。
オマケに、普通に即死するのでルール上でもアウトだし、何なら周囲の魔力にも無差別に干渉するので、この手の儀式場めいた場所を、破壊するならばともかくとして機能を維持したままで行使する、ってのはほぼほぼ不可能に近い。
更に言えば、魔力的な防備であれば問答無用で貫通出来るものの、物理的な頑強さにて防御されるとそのまま無効化する事も出来るので、基本的に魔術特化の相手にしか使えないのが悲しい所。
まぁ、その辺に関しては、自分で見極めて使えば良い話なのだけど。
それに、『金剛』『仁王』で駄目な相手で、かつそのまま消し飛ばしても大丈夫な存在なら、存在そのものの根本から崩壊させる2本パイル『修羅』や俺の世界に対する怨嗟と呪詛を直接流し込んで周囲の空間ごと消滅させる1本パイル『羅刹』もあるから、幾らでも相手には出来るのだけど。
なんて、取り留めもなく考えていると、桜姫から追撃の手が伸びて来る。
自身の周囲に結界を展開したまま、とは流石に行かない様子だが、それでも一度開いた距離は絶対に詰めさせない、と言う鉄の意志が感じられる弾幕であった。
それらの攻撃を、俺も手にした短剣で切り払い、足捌きで回避して行く。
が、普通なら既に魔力が切れるか、もしくは限界が近くなって息が上がって来るハズの数を放ってもなお、桜姫が放つ弾幕の濃度は下がる傾向を見せず、俺はジリジリとコートの端へと追いやられ始めていた。
「…………流石は、魔法少女様、と言った所か。
そこまでの魔力量、一体どうやって手に入れた?」
「貴方がソレを言いますか?
確かに、私は独自の修練によって魔力量を高め、ソレはここに居る者達の中でも随一だと自負しています。
…………が、その魔力量を、表面的な量だけで上回って見せている貴方が言っては、ただの皮肉にしかならないとは、理解頂けないでしょうか?」
「とは言え、コレも異世界間を召喚された、って事と、心臓の賢者の石で二重にブーストされてるからだぞ?
それに、俺は別段魔術は得意じゃないからな。
出来たとしても身体強化程度だし、そこまで良いモノでも無いぞ?」
「…………っ!!
だから、それは、持てる者のみが言える事だと、何故理解出来ないのですか!!
私は既に、鍛え上げた!鍛え上げてしまった!!
既に、私は全盛を迎えてしまっている!これ以上、既存の方法では鍛えても強くはなれない!!
でも、だとしても、もっと力が必要なのです!!
ソレを得る事が出来るのならば、方法があるのならば、私は!!!」
「…………はぁ、なら仕方無い、か。
良いだろう。
ならば、お前の言う所の、力を手に入れたヤツの戦い、ってモノを見せてやるよ」
そう言って俺は、自らの中でスイッチを切り替える。
目の前の存在を、一応とは言え血の繋がった相手、から、倒すべき敵、として認識を切り替え、持てる手段を行使して、打ち倒す為に前へと踏み出すのであった……。




