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両手に携えた短剣が翻り、対峙した少女の手首を切り裂く。
「あぎっ!?!?」
「はい、ここまで。
筋は良いけど、少し向こう見ず過ぎるな。
近接、しかも拳1本で、と言うなら、もう少し回避にも意識を割かないとこうなるからね?」
「…………は、はいっ!
ありがとうございました!!」
片手で構えていた円盾によるパリィにて得物を弾かれ、体勢を崩した少女の首筋を刃で撫でる。
「えっ?
ゴボッ!?!?」
「はい、終了。
自分の強みを理解しているのは、良い点だ。
だけど、君の場合は攻めっ気が強過ぎるね。
もう少し、手札を増やして慎重になる様に。
でないと、次は本当に死ぬ羽目になりかねないよ?」
「う、うぅ〜。
イケたと思ったのに〜」
振り下ろされた得物を、間合いで優るこちらの槍で捌き、跳ね上げた穂先で左胸を貫く。
「ガハッ!?!?」
「ほい、おしまい。
魔法だけじゃなくて、ちゃんと得物も扱える様になっているのは正直大したモノだと思うよ。
でも、それだけだ。
スイッチしてどちらかだけ、みたいな事しか出来ないなら、最初からどっちかに絞った方が良い」
「…………はい、考えてみます……」
放たれた魔法の弾幕を掻い潜り、『金剛』を装着した右拳を腹部に押し当てる。
「…………っ!?
ま、参りました……」
「うん、賢明な判断だよ。
それと、近付かれたくないから、と弾幕を張るのは確かに正解だ。
だけど、もっと弾幕を全体的に濃くするか、もしくは一発一発の命中精度を高めるかしないと効果は薄いかも知れないね。
いっその事、極限まで我慢して、懐に入られたら0距離からの全方位攻撃、みたいな感じで炸裂させたりとかどうだろうか?」
「あ、なんかそんな武器が昔あった、って何かで見たかも。
うん、ちょっと試してみる」
時に厳しく叩きのめし、時に改善点のアドバイスをする事暫しの間。
漸く、この訓練所に居た希望者達が、一周した事を確認してから一息吐く。
軽い気持ちで了承した訓練相手。
最初に話しかけて来たボーイッシュちゃんが、魔法で身体強化を掛けてから拳で殴るスタイルだった為に、半ば指導じみた様な事をしたのが始まりとなった。
一応、正式に何処其処の流派から教えを受けた、と言う訳では無く、ただ単に戦場流かつ自分がやられたら嫌な動き、と言う事を教え、指摘しつつ手合わせしただけだった。
それこそ、本当に5分10分の話であり、既にスタイルの出来上がっている彼女らからすれば、本当に余計なお世話、と言うヤツになりかねない様な、そんな程度でしか無かった。
…………無かったのだが、どうやらその手の実践的と言うか、本格的な訓練が珍しかったのか、続々と参加希望者が集まり始めた。
なんでも、元々『元魔法少女』な立場の少女達が教官役として付いていたのは事実だが、その指導はあまり専門的なモノでは無かったらしく、それなりに不満も溜まっていたのだとか。
まぁ、言われてみれば、当たり前の事ではある。
何せ、幾ら教官役と言われたとしても、彼女らとて元は指導を受ける魔法少女達と変わらない立場の女子であったのだから。
なれば、家の都合で幼少から武道を嗜んでいました、とか言う特殊な環境に無い限り、戦闘技術なんて持っている訳が無いのであって。
精々が部活動で得た程度のモノか、もしくは自らが戦いの中で培ったモノが精々だろう。
後、理由を付けるとしたら、やはり対保護者の云々だろうか?
魔法少女は必然的に魔力が高い少女達が選ばれて成る存在だ。
そして、中には例外も在るが、近年の環境的に鑑みると、高い魔力を持つ血筋は、必然的に良家のソレか、もしくはそれに連なる名前が挙げられる事が多くなっている。
これは、元々素養の高かった血筋に、外界からの魔力が流入した事で刺激を受けて覚醒し、半ば無意識的に整えられていた血統によって大きな魔力が顕現する、と思われる、らしい。
まぁ、確たる事はまだ分かっていない。
何せ、この世界の人類が『魔力』と言う不思議パワーを得て、或いは再び得てからまだ三十年も経っていないのだ。
あからさまに、その辺を考察するにしても、全貌を明らかにするにしても、あらゆるデータが足りていないのだから、今結論を出すと『良く分からん』としか言えなくなってしまうのだから。
…………とまぁ、そんな感じで、お家の関係とかで直接的な指導が出来る人間がほぼ居ない、と言うのが現状だとか。
要するに、訓練とかで怪我でもさせようモノなら、保護者共が『何ウチの娘傷物にしてくれやがってんだゴラァ!?』と怒鳴り込んで来かねないから、誰もやりたくない、と言う感じなのだ。
まぁ、その辺俺には関係無いけど。
何せ、今日、偶然この場に居合わせて、訓練される側から『教えてくれ』と頼まれた立場だし?
オマケに、現役の魔法少女の身内でも一応ある訳なのだから、文句付けられたとしても
『ならその大事な娘さんが骸になって帰って来たとしても良いんですね?』
と返してやるだけだ。
何せ、その良家とやらが、自分達の娘が魔法少女をやっているのを力ずくで止めず、許しているのはその子の商品価値を上げる為だ。
昔ならばいざ知らず、現在に於いて『能力を持っているかどうか』と比較される程度には、経歴に『魔法少女の経験』が有るかどうかは注目を集める事になる。
これは、魔法少女の役職(?)が世間的に知られ、その上で人気を博しているから、と言うだけでは無い。
そうして、魔法少女になる事が出来た、と言う事実が、彼女達の魔力の高さと血筋を証明し、より良い次代を産み出す肚としての能力の高さを証明しているのだから。
まぁ、アレだ。
いつの時代、いつの世界でも変わらない、人間の本能的な欲望。
自身の血脈をより強く、より長く残して行きたい、と望む権力者達にとって、優秀な次代が約束されている肚なんて、欲しくて欲しくて仕方の無いモノと言えるだろうさ。
現に、近年の調査では、母親が魔法少女を経験している家庭は、かなりの高確率、それこそ『そうでない家庭』と比較した場合、数倍以上の割合で魔法少女になる、との統計データも出ているらしいから、やはり確実性は高い、と言えるのだろう。
そんな、言い方は最悪の一言になるが、家の為の最高の道具、をわざわざ壊れない様に鍛えてやっているのだ。
感謝こそされども、攻撃されなきゃならない謂れは存在しないね。
まぁ、もっとも?
ソレを彼女達本人が自覚していない、って事が大前提となっている思想だろうけど。
例えば?
こうして訓練している最中だとかに?
アドバイスに紛れて各個人の現状を指摘したり?
手合わせの際に組み合った時に?
どうすれば現状を動かせるのか?と問われたり?
それに対して具体的に指定したとしても?
まぁ、訓練の最中なのだから、多少の接触は仕方無いよね?
多分その内、彼女達は一斉に考えを改めるんじゃないかな?
家の為、親の為に黙って道具として将来を決められるのでは無く、自らの足で道を歩いて行く事を。
そのついでに、そう遠くない未来では、一度でも魔法少女を経験した者は、生家の意向を無視出来る、とかの風潮か法案かが成立する事になるんじゃないか?
多分だけど、ね?
なんて事を胸中で呟きながら、目の前で複数の組に別れて試合をしている少女達にアドバイスを飛ばす。
先に俺と戦い、死の間際を経験した上で、自らの弱点と長所を把握した彼女らの動きは格段に良くなっていたが、それでもそれらはやはり付け焼き刃。
未だ彼女ら自身に馴染んではおらず、無意識的な行動によって理想とする動きからかけ離れてしまったり、逆に意識し過ぎる事で普段ならば無意識的に行える様になっていた動作にすら不自由する事にもなっていた。
なので、ソレを指摘して意図的に行える様に慣れさせる。
もしくは、無意識的に出来ていない所を指摘して、意識しない様に持って行く。
言うのは簡単だが、いざやるとなると難しい。
そんな動作を少女達に強制していると、救護棟から復活したらしい桜姫がこちらへと進んで来ていたので、俺は指導の手を一旦止めると、例のコートの方へと向かうのであった……。




